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第24話「それでも、コトリはあたしたちの仲間だ」

「傷害事件?」


「あぁ。小学生だった小鳥遊は、クラスメイトを階段から突き落としたんだ。それも力いっぱいに思いっきりな」


「…本当に?」


「本当さ。しかもその動機が、お気に入りのキーホルダーを壊されたからだとか。…まぁ、その突き落とされた奴が小鳥遊を苛めていたこともあったし、担任の教師がそのことを見て見ぬふりをしていてな。学校側の責任のほうが問題になったんだ」


「…」


 ミクは静かに黙っている。


「だが、あいつの両親は酷く心を痛めてな。どうして自分の子が、こんなに酷いことをしたのか。自分たちの育て方に問題があったのか。そんなことばかり考えて、自分たちのことを責めたそうだ。…だが、問題があったのは小鳥遊のほうだ。あいつはそれだけのことをしておきながら、わずかな罪悪感を感じていなかったんだ」


 凛が視線を険しくさせる。


「考えられるか? いくらイジメられていたからといって、人間を階段から突き落としたんだ。罪悪感も生まれるだろうし、後悔もするだろう。だが、あいつは何食わぬ顔でこう言ったそうだ。…『壊れなかったから、次はもっと強く突き落とす』。完全に頭がおかしいんだよ」


「…」


 凛の言葉に、ミクは静かに耳を傾ける。

 その表情は驚いているというよりも、ありのままの事実を受け入れようとしているものだった。


「そして、ある日。小鳥遊はまた事件を起こそうとしていた。高校に入学してからだ。あいつは、またイジメられそうになっていた。体操着のジャージを隠されて、カッターでズタボロに切り裂かれていた。その報復なのか知らないが、今度はそいつを駅のホームから突き落とそうとしたんだ。…朝の通勤時間の、電車が来ている瞬間を狙ってな」


「っ!」


 それまで黙っていたミクも、さすがに驚きを隠せない。

 それでも凛は言葉を続けた。


「だが、その時に小鳥遊の凶行を止めた奴がいた。誰だかわかるか?」


「…いや」


 ミクは正直に首を振る。


「…陣ノ内だよ。あいつが小鳥遊を止めた」


「ジンが?」


 意外そうな声を漏らす。

 だが、すぐに納得したような表情になった。


「あぁ。でも、ジンなら分かる気がする」


 ミクが安堵した表情になったの見て、凛が続ける。


「そうだな。それこそが小鳥遊の幸運だ。陣ノ内はあいつを警察に突き出すことをせず、とにかく話を聞いたそうだ。今まで話したことも、陣ノ内から聞いたことがほとんどだ」


 ふぅ、と凛が溜息をつく。

 そんな彼女に、ミクが訊いた。


「…でも。あたしと知り合ってから、コトリが危ないことをするような素振りなんて一度もなかった」


「それはそうさ。陣ノ内が傍にいたからな」


「え?」


 ミクが首を傾げる。


「小鳥遊ゆみ子は異常な人間だ。普通の人間には理解することができない。…だが、陣ノ内は彼女を理解してしまった。…理解することでできた。なぜなら陣ノ内もまた、異常な人間関係の中で育ってきたから」


「…それは聞いたことがある。ジンの母親は突然いなくなって、父親はアルコール中毒で入院しているって」


「厳密にいえば、交通事故で入院中だがな。…まぁ、そんなこともあって小鳥遊に理解者ができた。両親でさえ理解してやれなかった彼女を、陣ノ内だけは普通に接することができた。たぶん世界中で奴だけだろうな」


 そこまで言って、凛がわずかに微笑む。


「ははっ、陣ノ内が小鳥遊の家に行ったときの話を聞かせてやりたいね。それはもう大騒ぎだったそうだ。彼女の両親は小鳥遊のことを愛していたからな。我が子を理解してくれる人間が嬉しく仕方なかったのだろう。…それも男だし。本人を前にして、娘のことを頼む。とまで言われたそうだ」


「…それは、知らなかったな」


 むすっ、とミクが不機嫌な顔になる。

 すると凛がなだめるように言った。


「それは仕方ないさ。陣ノ内からも内緒にしてくれと言われていたしな。ちょっと恥ずかしかったんだろう」


 わずかに笑い合ったあと、凛が真剣な表情になった。


「…問題はここからだ。突然、今まで傍にいた陣ノ内が消えた。小鳥遊は唯一の理解者を失った。もう、あいつの凶行を止められる奴はいない」


「っ! そんなことはないだろう! あたしたちが傍にいれば―」


「いいや、無理だ。小鳥遊は異常な人間だ。私たちには理解できない」


 凛が断言する。

 そんな彼女のことを、ミクが激しく睨んだ。


「…なぁ、会長。あんたはそう言うが、あたしはそうは思わない。理解できるとか、理解できないとか、そんな問題じゃないんだ。大切なのは一緒にいること。そして、支え合うこと」 


 ミクが静かに告げる。


「ジンがいなくなって暴走しているなら、あたしたちが傍にいて支えてやればいい!」


 その言葉に、凛が口を閉じる。

 そして、しばらく考えたあとに言った。


「…そうだな。それができれば良い。だが、陣ノ内がいなくなった彼女に、私たちの声が届くかな?」


「届かせるさ。声でダメなら、…これ・・がある」


 そう言って、ミクが拳を握る。


「コトリは仲間だ。誰かが異常な人間だと言っても、あたしたちは傍にいる。傍にいてやりたいと思うんだ」


 ミクは自分の真っ赤な髪をかきわけて、にっこりと笑った。

 彼女もまた、孤独を知っている人間だった。そして、仲間に助けられた。今度は自分が助ける番だ。ミクは静かに心に炎を灯らせた。

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