第21話「コトリの異変」
「え?」
「ジン?」
「いや、まだ来ておらぬが」
メンバーたちが顔を見合わせていると、ユキが不安そうな顔を浮かべた。
「…そう、なんだ」
「ちょっと、ジンがどうしたっていうの?」
「えーと、その。…ジンの姿が見えないから、どうしたのかなって」
ユキがたどたどしく答えると、ミクが呆れたように溜息をついた。
「はぁ、何かと思ったら。そんなに深刻そうにならなくても」
「で、でも! 昨日から姿が見えないし、今日も家に行ったけどいなかったんだよ!」
「考えすぎだって。そのうち、ふらっと顔を出すにきまって―」
「そういって、快司君も見うからないじゃない!」
ミクの言葉を遮って、ユキの声、会議室に響く。
そのあまりにも不安な声が、メンバーたちの注意を集めた。
「ご、ごめん。叫んじゃって」
「いや、別にいいけど。本当にどうしたの?」
「…え、えーとね」
もじもじと両手を重ねながら、言葉を重ねる。
その表情から、不安の色が消えない。
「…快司君がいなくなって。次に、ジンがいなくなって。…なんか、不安になっちゃったんだ。私の傍から、次々に仲間が離れていくんじゃないかって」
「なんだ、そんなこと?」
ミクが優しい口調で言う。
「大丈夫だから、あまり気にするなって。快司が何を考えているかサッパリだけど、ジンが何も言わず消えるわけがないでしょ?」
「そ、そうだけど」
「それに、誰もユキの傍からいなくなったりしないって。私たちは仲間なんだからさ」
「…うん、そうだよね」
ユキがかすかに笑みを浮かべる。
ミクの言っていることに何の根拠もないことはわかっていたが、それでも彼女の優しさが身に染みた。
ユキは他のメンバーに促されて、会議室の円卓についた。
これで7人。
メンバー全員からは程遠いが、それでも十人委員会の会議は始まった。この国をより良いものにするために、国から依頼された案件をこなしていく。その多くが、住民の苦情であったり、周辺のモンスター退治だったり。まるで、ゲームだった頃のお使いクエストのようだった。
やがて、時間が過ぎて。
正午になった。
宮殿の近くにある時計塔から、12時を知らせる鐘が鳴りだした。
カラン、カラン。
その鐘の音に合わせて、ユキたちは会議を中断させる。それまで張りつめていた緊張感が、ぷつりと途切れる。ミクは大きく伸びをして、誠士郎が小さな溜息をつく。
…彼女が現れたのは、そんな空気が弛緩したときだった。
「あれ? コトリ?」
ミクが会議室の扉の前にいる彼女を見つける。
コトリは小柄な狐人で、頭には狐耳、お尻には狐の尻尾が生えている。それらが彼女の愛らしい容姿と相成って、より可憐に見えるのだが。この時の彼女は、いつもと様子が違った。
「…どうしたの、その恰好?」
ミクが不思議に思うのは仕方なかった。
いつもはちゃんと女の子らしい恰好をしているのに、今日は随分と乱雑な服装であった。冬が近いにも関わらず夏物のワンピースを着て、その上から男物と思われる上着を羽織っている。その上から、水色のマフラーが乱暴に巻かれている。まるで、目についた服を着ただけと思うような服装だった。
「…」
コトリは無言のまま、会議室を一瞥する。
そして、目当ての人が見つからなかったのか、とたんに興味をなくしたような顔になった。
その行動に、メンバー内の何人かは違和感を覚えた。
ゲンジは警戒するように目を細めて。
誠士郎はいつでも行動できるように腰を上げた。
「ねぇ、コトリもこっちに座ったら?」
ユキが声をかけるが、まるで返事もしない。
しばらく、そうやって扉の前に立っていると、時計塔の鐘が止まった。
時刻は正午。
それは、つまり。
王女アーニャが昼食を誘うために、会議室に来る時間でもあった。
「やっほー、皆。お疲れ様」
たたたっ、と廊下を走る音がしたと思ったら、小柄な少女が入ってきた。綺麗な蜂蜜色の髪をもつ、ヴィクトリアの王女。アーニャだった。
「お腹空いたねー。ユキ、ご飯に行こう?」
アーニャがいつものようにユキを昼食に誘う。その様子を見ていたコトリは、目つきを鋭いものに変えた。それは獲物を狩る猛禽類のように、ぞっとするほど冷たいものだった。
「…コトリ?」
彼女の異様な雰囲気に気がついて、ミクが声をかけた。
だが、コトリは何も言わず、目の前を通り過ぎるアーニャをじっと見ていた。
やがて、アーニャがコトリに背を向けた、その瞬間―
…彼女が行動を起こした。
「…っ」
コトリの足元が輝く。
それは極彩色で描かれた魔法陣だった。
幾何学的な紋様に、解読不明の文字の羅列。最上級職の『召喚士』である彼女が使える、唯一の魔法『召喚魔法』。異界の幻獣や魔物を呼び出す召喚魔法は、メンバーたちが何度も目にしてきたものだった。
ただ1つ、これまでと違うのは。
召喚魔法に使うための魔法陣が、かつてないほど巨大なものであることだった。
最初はコトリの足元だけだったのが、瞬く間に大きくなって、ついには会議室を覆う大きさになっていた。
十人委員会のメンバーに緊張が走る。
「……、…壊せ」
聞こえたのは、それだけだった。
そして、次の瞬間には。
宮殿の屋根が、巨大な古龍によって破壊されていた。




