第35話「何もない場所から、――真っ白な廊下が続いていた」
「おっ?」
快司が小さな声を上げる。
そして、後ろを振り向いてジンや凛たちに笑いかけた。
「…当たり、みたいッスよ」
「何か見つけたのか?」
凛が小走りで駆け寄る。
そこには、わずかに震えながら交差する鉄くずと、満面の笑みを浮かべている快司の姿があった。…だが。
「おいおい、快司。これはどういうことだ?」
開口一番、凛が疑問の声を上げた。
どうしたのかとジンたちも後ろから覗くが、やはり凛と同じように首を傾げてしまう。岩崎快司の持っている『L』字の鉄くずが差している場所は。
…ただの壁だった。
「おい、快司。ちゃんと真面目にしろ」
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいっスよ!」
ジンのため息まじりの言葉に、快司は焦ったように早口になる。
「オレっちは、マジで真面目ッスよ! オレっちの固有スキル、『絶頂を続ける幸運の星』が、ここに何かあるって告げているッス!」
「…とは言ってもなぁ。ただの壁だぞ?」
凛も腕を組んでは、うーん、と唸り声を上げる。
ヴィクトリア宮殿の3階。
南側に面した廊下の壁で、窓からは美しいアドリア海が一望できる。有栖が窓から顔を出して外壁を見るが、特に変わったところはない。
「壁の向こう側も外だから、隠し扉があるわけでもないし。…それに、この廊下は俺も何度か通ったが、その時だって何もなかったぞ?」
納得できない、といわんばかりにジンが白い壁に触れていく。大理石で設えた石壁には、切れ目どころかヒビすら入っていない。
「絶対に、何かあるはずッス! もっとよく探して―」
とん、と快司が壁に手を触れる。
その時だった。
「…ん? なんだ?」
「…あれ、耳鳴りが―」
ずぅぅぅんと、重低音の耳鳴りがメンバーを襲う。
そして。
次の瞬間。
―視界に、亀裂が走った。
「うわっ!」
ガラスが砕けるような鋭い音が頭の中に響く。
それと同時に、視界いっぱいに蜘蛛の巣状にヒビが入った。まるで、眼球が砕けたような。そんな衝撃だった。
「…目が痛ぇ」
「目がぁ! 目がぁ!!」
両手で顔を覆いながら叫ぶ快司を放っておいて、ジンは冷静に自分の身に起きたことを確認する。
…目は見える。
視界良好。一瞬だけ見えたあの奇妙なヒビも消えている。
「おい、皆。大丈夫か?」
少しだけ残響のある耳鳴りに顔をしかめながら、他のメンバーに声をかける。
「…大丈夫ですわ」
「…」
有栖と碓氷も目を擦りながら、何が起こったのか困惑しているようだった。そのままギルドマスターである、天羽凛へと視線を向ける。
「おい、会長。お前もだいじょうぶ―」
「わっ、わっ! ちょっ、こっち見ないで!」
ジンが凛のほうに振り向くと、彼女は背を向けてその場にしゃがみこんでいた。両手で頭を抱えていて、ぶるぶると体を震わせている。
「…会長? おい、大丈夫か?」
「だから、見ないでよ! ちょっと驚いただけだから! 少し休んだら、元に戻るから!」
ギルドマスターである彼女が、震える声で告げる。
その様子はまるで、雷を怖がる小さな女の子のようだった。
「…はぁ」
「…なによ。何か言いたいことでもあるの!? 私だって驚いたりするもん! ただ緊張の糸が切れちゃうと、気持ちを持ち直すのに時間が掛かちゃうっていうか!」
「…まだ何も言ってねぇよ」
丸くなってぶるぶる震える凛を放置して、周囲の確認を始める。
視界は良い。体の調子も元通りだし、耳鳴りも消えている。意外と打たれ弱い凛を除けば、メンバーたちも問題ないようだ。窓の外に視線を向けても、いつもの風景があるだけ。青く輝くアドリア海に、悠然と飛ぶ海鳥たち。宮殿の玄関には、この国の住人である多種多様な人たちで溢れかえっている。
「…いったい、さっきのは何だったんだ?」
視線を先ほどの壁と廊下に向けて、その向こうにいる快司を捕らえる。
その時だった。
…異様な違和感に襲われた。
「は?」
「ちょっ! なんッスか、これ!?」
「…っ」
ジンと同様に、メンバーたちがその違和感に気がつく。
全員の視線が白壁へと注がれていた。
そして、何もないはずの。
その場所から。
――真っ白な廊下が続いていた。




