第19話「疑惑。… あの姫さんは怪しいッス」
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夕刻。
皆が帰った会議室に、1つの人影があった。
銀色の鬣に、狼のように尖った牙。
…ジンの姿だった。
「…」
ジンは窓際に立って、夕陽が差す街並みを眺めている。
立ち並ぶ建物は朱に染まり、遥かな大海もきらきらと橙色に輝く。
綺麗な景色だ、と心の中でそう思う。
そんな時、がちゃりと会議室の扉が開いた。
「ちぃーす、ジン先輩。おつかれッス」
頭をボリボリかきながら入ってきたのは、合流したばかりの岩崎快司だった。
快司は窓際で夕陽を浴びているジンを見て、軽口を叩く。
「いやー、イケメンは何をしても絵になるッスね。夕陽にたそがれているジン先輩を見たら、女の子なんてイチコロッスね」
「…本気で言っているのか?」
「いんや、毛ほどにも思ってないッスよ」
快司は悪びれる様子もなく、ジンの隣に立つ。
沈む太陽。
赤焼けの空。
海鳥の声は遠く、海の波音も聞こえない。
「…で、首尾はどうだった?」
「真っ先に、それッスか。…まぁ、無駄が嫌いなジン先輩らしいッスけど」
呆れるように肩をすくめる快司。
彼は外の風景になど興味がないと言うように、天井を見上げながら口を開いた。
「…収穫はゼロ。この国のどこを探しても『リラの通行手柄』なんてものは存在しなかった、…ッスよ」
とってつけたように、語尾に砕けた敬語をつける。
「危険を承知で裏社会に顔を出してみたけど、何の手がかりもなし。カジノの客、マフィアの連中、街角の不良者。誰に聞いても『リラの通行手形』を知っている人はいなかった、…ッス」
「…そうか」
快司のその報告に、ジンが目を細める。
『リラの通行手形』
この世界に来ることになった、正体不明のアイテム。
十人委員会のメンバーは、あのアイテムを使うことでこの異世界に来るはめになった。
全ての事の発端は、『リラの通行手形』だ。
「天羽会長は何て?」
「…とにかく、あの謎のアイテムについて調べろ、とだけだ」
「ははっ。ジン先輩は、よほど信頼されているんッスね」
快司が朗らかな笑みを浮かべる。
「細かく指示を出さなくても、現状を打開する手段を探すだろうと。…言っちゃえば、元の世界に戻るために方法を見つけるだろう。天羽会長はそう思っている、…ッスね」
「…単に面倒なだけだろう」
ジンは無表情のまま答える。
「…この世界にはタイムリミットがある。会長が言うには、あと数ヶ月で。この世界が丸ごと消滅してしまうらしい。それよりも早く、このふざけた世界から脱出しないと」
「できれば、ユキ先輩たちに気づかれないように?」
快司の言葉に、ジンがさらに目を細める。
「いやぁー、ジン先輩は仲間想いだなー。自分から汚れ仕事をして、皆には気苦労すら負わせないなんて。本気で尊敬するな~、…ッスよ」
「…見え透いた嘘を並べるのは止めろ。反吐が出る」
「ははっ、オレは嫌われ者だな、…ッスね」
わざとらしく語尾に砕けた敬語をつける快司に、ジンは苛立つように声を荒らげた。
「…岩崎快司。俺はお前が嫌いだ。仲間に対しても平然と嘘をつく貴様を、俺は信じることができない」
刃物のような言葉の棘。
相手を傷つける言い方にも、快司の表情は崩れない。
「ははっ、それでいいッスよ。オレを信じないほうがいい。疑ってかかったほうが賢明だ。…まっ、オレは皆のことが大好きなんだけどね」
にやり、とどこか影のある笑みを浮かべる。
ジンと快司。
2人はこの世界に来た、その日から。協力して元の世界に戻る方法を探してきた。
ジンは他のメンバーと共に、『表』側から。
快司は1人で裏社会に身を投じて『裏』側から。
互いに反りの合わない2人だったが、両者の目的だけは常に一致していた。
…仲間を元の世界に戻す。
そのために協力し合い、時に利用して、情報をかき集めてきた。
「…で、ジン先輩は何か新情報はないッスか?」
快司の問いに、ジンは静かに答えた。
「ないな。いくつか奇妙な事があるが、まだ断定はできない」
「へぇ、是非とも聞きたいものだ、…ッスね」
快司が興味深そうに訊いてくる。
だが、ジンは外の景色を眺めたまま答えようとはしない。
「じゃ、しょうがないッスね。…ここはオレから話しましょう」
「…なんだ? なにか分ったのか?」
「ええ、とびっきり面白いことが」
ニヤリと、影のある笑みを浮かべる快司。
彼はポケットに手を入れると、そこにあるものを取り出した。
「ジン先輩、覚えていますよね。昼間にやった、銀貨の運勝負を」
じゃらじゃらと鳴らしながら、手のひらに10枚の銀貨をのせる。
「あの時、オレは10枚の銀貨を投げて、全部『表』にしてみせた。その時に使っていた銀貨ッスよ」
「…」
快司はそういって、ジンに銀貨を手渡す。
さほど興味もないように見ていたジンだったが、あることに気づいて眉をひそめた。
「なんだこりゃ? この銀貨、両面とも『表』じゃねぇか」
1枚、1枚。
ジンは銀貨を手にとっては、『表』と『裏』を確認していく。
…だが、それらに刻まれているのは王室の紋章である『表』の模様だけ。『裏』の模様が1つも刻まれていないのだ。
「ええ、その通り。それはイカサマで使われる両面表の銀貨。闇賭博で使われていたのを拝借したもの、…ッス」
「…つまり、お前が10枚全部を『表』にしたのは」
「はい。スキルなんて関係ない。ただのイカサマって奴ッスよ」
わずかに口端を上げる快司。
「まぁ、こんな偽銀貨を使わなくても、オレのスキルなら普通に全部『表』にできたでしょうけど。…で、問題はここからッスよ」
快司が声を小さくさせる。
「あの時。誰かさんは、この『両面表』の銀貨を使っているにも関わらず、奇妙な結果を残してしまった。『表』が9枚、『裏』が1枚。…そう。『裏』を出しちゃったことッスよ」
「…」
ジンは言葉を失う。
何か考えるように遠くを見つめながら、あの時に何が起こったのか考える。
…でも。
…それって。
「ははっ。ジン先輩が考えていることは、たぶんオレと同じでしょう。ありもしない『裏』を出してしまったあの人は、間違いないく。この世界では異質の存在」
…ありえるのか?
…彼女が関わっているなんて、考えられるのか?
ジンが考えているなが、快司が端的に答えを導き出した。
「ジン先輩。あの姫さんは怪しいッス。今回の騒動、…つまりこの世界に何かしら関係を持っている。もしかしたらその起源に関係しているかも」
蜂蜜色の髪を靡かせて、満面の笑顔を浮かべる王女のことを思い浮かべる。
王女アーニャ。本名、アリーシア・マリ・ドージェ・ヴィクトリア。
…彼女は、…何者なんだ?




