第18話「裏は1枚だけ。」
この国の銀貨には。
『表』にヴィクトリア王室の紋章である有翼の獅子。『裏』には先代の国王の彫刻が刻まれている。
…快司君は、そんな普通の銀貨を。
じゃらじゃらと手の中で鳴らす。
「ここに10枚の銀貨があるッス。これをテーブルに投げたら、一体何枚くらいが表になると思うッスか?」
「え? たぶん、5枚とか6枚くらいじゃないの?」
快司君の問いに答えるアーニャ。
「普通はそうッスね。コインの『表』と『裏』は、確率的に1/2。どんなに運が良くても7~8枚くらいッス。…でも、オレっちが投げたら」
ひょい、と円卓へと銀貨を軽く投げる。ジャララと音をたてる10枚の銀貨は、どこかに転がっていくこともなくその場でくるくると回っている。
そして、最後の一枚が倒れたとき。
アーニャから驚いた声がした。
「わぁ! すごい!」
円卓に放られた10枚の銀貨。
その全てが『表』を示していた。
「これがオレっちの固有スキル『絶頂を続ける幸運の星』。ただ運がよくなる、しょーもないスキルッスよ」
快司君は肩をすくめながらアーニャへと説明していく。
彼女は感心したような、何度も頷いていた。
…それにしても。
…どうして彼は、そんな言い方をするんだろう? このスキルは、本来こういう使い方ではないのに。
「だから、お金に困ったらいつでも相談してくださいッス。この国のカジノで、バカみたいに勝ってきますから」
ゲラゲラと笑う博徒少年。
そんな彼の将来が少しだけ心配だ。
「ふーん。カイジ君が『カジノ四天王』を倒したのも、そのスキルがあったからなのね」
「そッスね。まぁ、2枚目の『スペードA』が来たときは、さすがに笑いそうになったッスよ」
感心するアーニャと、高笑いをする快司君。
そんな2人だったが、ふとアーニャが挑戦するような目つきになる。
「じゃあ、もし私がカイジ君に運勝負で勝てたら、…私も皆の仲間に入れてくれる?」
「え?」
ボクは思わず目を丸くさせた。
「…私も皆と一緒に、『十人委員会』として頑張りたいの。この国の王女ってだけじゃなく、大好きな仲間と一緒に生きていたい」
そんなアーニャの告白に、ボクは何も言えなくなる。
…そんなことを考えていたんだ。予想外だったのはボクだけじゃないらしく、他のメンバーも驚いた表情を浮かべている。
ただ1人を除いては。
「ぶわっはっは、いいッスね! 姫さんも十人委員会に入るッスか!」
快司君だけは空気に流されず爆笑している。
「いいッスよ。オレっちと運勝負をして、勝てたら十人委員会の仲間ってことで―」
「おい、快司! 末席のお前が決めていいことではないだろう!」
声を荒らげるゲンジ先輩。
そんな彼を前にしても、快司君の笑みは崩れない。
「あー、そッスね。じゃあ、生徒会長が合流したら判断してもらうってことで。とりあえず、運試しだけでもしましょうか」
そう言うと、快司君は円卓に撒かれた銀貨を集めていく。
そして、そのままアーニャへと手渡した。
「ルールは単純。この10枚の銀貨を投げて、9枚以上を『表』にできれば姫さんの勝ちッス」
「…9枚って、ちょっと無理じゃない?」
むっ、と不機嫌そうな顔をするアーニャ。
だが快司君の表情は変わらない。
「まぁまぁ、遊びだと思って。『裏』が1枚あってもOKなんッスよ。オレっちと張り合うには、これくらいしないと」
「むむむ」
アーニャは手にした銀貨を何度も握り締める。
普通に考えて、9枚を『表』になるというのはかなり厳しい。快司君みたいな幸運のスキルがあるならともかく、この世界の住人であるアーニャにはほぼ無理だろう。
…9枚表、9枚表。
念じるように呟くアーニャ。
真剣な表情で、握った銀貨を睨みつける。そんな彼女を見ていると、本当にボクたちの仲間になりたいんだなと強く感じた。
「…裏は1枚だけ、裏は1枚だけ、裏は1枚だけ裏は1枚だけ、裏は1枚だけ!」
ばっ、と放られる10枚の銀貨。
わずかに甲高い音を立てて、円卓にくるくると回っている。
カタン。
カタン。
1枚ずつ、倒れていく銀貨たち。
それらをじっと凝視するアーニャ。
…カタン。
やがて、最後の一枚が倒れたとき、アーニャが歓喜を声を上げた。
「やったーーーっ! 『表』が9枚だよ!」
彼女の言うとおり。
円卓に鎮座している10枚の銀貨うち、9枚が『表』を示しており、『裏』は1枚だけだった。
「うわっ、すごいね!」
ボクも驚きながら、円卓の銀貨を見渡していく。快司君に及ばないとしても、9枚が『表』だなんて、やっぱりアーニャは幸運の持ち主なのかもしれない。
「ふっふーん、どうよ。皆と『ポーカー』しているときも思っていたのよ。もしかしたら、私って幸運の女神がついてるんじゃないかって!」
アーニャは上機嫌に鼻歌を歌いだす。
快司君も感心するように、パチパチと手を叩く。
「いやー、凄いッスね! もしかしたら、姫さん自身が幸運の女神なんじゃないッスか?」
「またまたー、褒めても何も出ないよ」
快司君の手放しの賞賛に、アーニャは満面の笑みを浮かべる。
「よし、これで私も皆の仲間に…」
「え? 姫さん、聞いてなかったッスか?」
円卓の銀貨をポケットに戻しながら、快司君が言う。
「十人委員会のメンバーに入れるかは、生徒会長に聞いてみないと。オレっちだけじゃ決められないッス」
「えっ!? だって、一番偉いのはユキでしょ。ユキが許可してくれれば、それでいいんじゃあ…」
「ユキ先輩は、あくまでギルドマスター代理ッス。ユキ先輩が良いって言っても、結局は生徒会長に許可を取らないと」
それに…、と快司君が続ける。
「生徒会長の機嫌は損ねないほうがいいッスよ。十人委員会の『No.1』。破壊神の異名をとるあの人がブチキレると、…この国が消滅するッス」
快司君の言葉に、アーニャが渇いた笑みを浮かべる。
「…ま、まさか~。いくらなんでも、そこまでは―」
確認するように、アーニャはメンバーの顔を見ていく。
だが、誰一人として彼女と目を合わせようとしない。
当然ながら、ボクも。
「…嘘、でしょ」
ボクたちは何も言わない。
沈黙をもって肯定することしかできない。
「…そ、そんな~」
「ぶわっはっは。まぁ、仲間になるかどうかは、生徒会長と合流してからってことで。もうすぐ帰ってくるみたいだし」
落胆するアーニャに、快司君が慰めの言葉をかける。
「あっ、ちなみに国が消滅するっていうのは、戦いに負けるという意味じゃないッスよ。文字通り、地図上から消えることを意味しているッス」
…そして、最後にはとどめの一撃を忘れなかった。




