第14話「『…スペードのAは二度刺す』と、その男は30秒前まで格好つけていた」
さらに、次戦。
重い沈黙と共に開始される。
チップ2000枚をかけた最後の大勝負。黒服がカードを配り、パンドラが手札を確認する。
このときのパンドラには勝負師として大切なことを忘れかけていた。身の丈以上の掛け金に、正気とは思えない快司の行動。自分の手札を見ながらも、そんな恐怖が離れない。…勝負をすることができない。
「ヒッ、ヒヒヒィ…!」
ポーカーフェイスが崩れ、いやらしい笑みを浮かべるパンドラ。もはや、イカサマをすることに何の呵責もない。己の勝ちを追求して、勝利の悦楽に酔いしれる。
勝利…!
勝利ッ…!!
勝利への執念が、パンドラの平常心を焦がしていく。
冷静でなくなる。
考えることをやめる。
自分が負けたときのことを想定しなくなる。その結果、未曾有の刺客に背中を狙われることになるのだ。快司という、もの言わぬ死神に。
「クク、…まるで幼児だな、パンドラ」
「…あ?」
「掴みどころのない相手に恐怖して、自分が勝てると思ったら油断して。それじゃ、おもちゃの剣をもった子供と同じだ。母親に守られていることに気づかない、無防備な子供」
快司が冷笑を浮かべる。
「そんなことで、この博打に勝てるものか…!」
冷たいナイフのような視線。
テーブルを越えて、静かな殺意が這い寄ってくる。
「…ぐっ!」
一瞬にして、パンドラの表情が変わる。
まるで、本当のことを言われて怒る子供のように、激しく怒鳴り散らした。
「黙れっ! 貴様の命など、風前の灯火! さっさと手札交換をして勝負を―」
そこまで言って、パンドラはようやく気がついた。
快司の目の前に配られたカードに、まったく手を触れていないことを。
「…な、何をしている。早く手札を確認して―」
「必要ねぇな」
静かに。
快司は告げた。
「交換の必要ない。オレはこの5枚で、配られたこの手札で勝負する」
「…は」
一瞬、パンドラの思考が真っ白となった。
裏返しに並べられている5枚のカード。それで勝負すると言っているのだ。
「…ひ、ヒヒィ! とうとう頭もおかしくなったか、この狂人が! 手札交換もせず、まして中身も確認せず、この2000枚の勝負をするというのか!?」
快司は何も言わない。
ただ、静かに冷笑を浮かべているだけ。
「ヒヒヒィ! まぁ、いいさ。これで俺の勝ちだな!」
パンドラは黒服の言葉を待たずに、自分の手札をテーブルに叩きつけた。
「ヒヒィ、見ろっ! 『ストレートフラシュ』だ!」
その開示された手札に、他の客たちもわずかにどよめく。賭博師としての誇りを捨てた、イカサマをして作られた手役だ。
「ヒッ、ヒヒヒィ! 勝てるわけあるまい! 貴様が何を考えているかは知らんが、どう足掻いてもこの役には勝てまい!」
高笑いをするパンドラ。
黒服も、周囲の客も、誰もが同じことを思った。だから、快司の手札を公開する前に、そのチップの山に手を伸ばしたことに何も言わなかった。
…だが―
「クク、…まだ勝負は決まってないだろう」
快司が静かに笑う。
「その手を伸ばすのは、オレの手札を見てからだ。…パンドラ、お前が開けるんだ」
「…ヒィ?」
「お前がオレの手札を確認しろ。オレも、他の誰も触っていない。この5枚のカードをな」
…ざわ
…ざわ
目を見開くパンドラ。
他の客たちも、唖然として何も言えなくなる。
「ククッ、…その5枚は、いわばオレの運気の塊。賭博師としての器だ。…イカサマなんてしなくても、オレの運気がお前を破滅させる」
「…っ!」
逆上。
賭博師として最もかけ離れた感情に、パンドラは抗えない。
「そんなに死に急ぎたいなら!」
そして、開いてしまう。
快司の、その手札を。
「この俺が引導を渡して―」
瞬間。
パンドラの顔から表情が消えた。他の客たちも何事かと、快司の手札を確認する。そして、…発狂していく!
「な、な、な、なんだこりゃーーーーーッ!!」
ガタン、と崩れ落ちるパンドラ。
他の客も同じく、快司の手札を見たものから次々に正気をなくしていく。あるものは呆然と自我喪失として。あるものはパンドラと同じように、地面へと倒れこんだ。その手札とは―
『スペード10』
『スペードJ』
『スペードQ』
『スペードK』
そして―
…『スペードA』!
そこから成る役は『ロイヤル・ストレートフラッシュ』…! パンドラの大物手を破る、まさに怪物手…! 悪魔的奇手…! 常人の遥か高みに立つ、神さえも殺す悪魔…!
「クク、…『スペードのAは二度刺す』」
悠然と笑う快司。
そんな様子を見て、パンドラは激しく怒鳴り散らす。
「ありえん! こんなこと、あってたまるか!」
床に這いつくばったまま、地面に爪を立てる。
「これはイカサマだ! このガキが何か仕込んだに違いない! もしくは、ディーラーと共同して、この俺を嵌めようと―」
「クク、…何を言ってる。問題はそこじゃないだろう」
快司は静かに語る。
「その5枚には、誰も手をつけていない。そして、この黒服が平等なのは、あんたが一番理解しているはずだ。だが問題はそこじゃない。問題は―」
無表情の視線が、パンドラを突き刺す。
「まだ勝負は終わっていない、ということだ」
「…は」
意味がわからないというように、パンドラは顔を上げる。
「最初に決めただろう。オレとお前のサシ勝負、お互いが勝負を降りない限り終わらない」
快司は静かに告げる。
「勝負は続行。今の勝利金額、2人のチップ4000枚。それを次の勝負に賭ける。…倍プッシュだ!」
…ざわ
…ざわ
「…な、なにを、…いって」
「聞こえなかったか。勝負は続行だ」
「…ば、ばかをいうな。…そんな金額、払えるわけ」
「だったら勝てばいい。ルールは先ほどと同じ。手札交換は自由。さらに加えて、…次戦も俺は手札に触れない」
「…ヒッ!」
パンドラの顔色から血の気がなくなっていく。
勝てるわけがない…!
こんな悪魔じみた奴に、誰が勝てるというのか…!
「クク、…もっと言えば、その手癖の悪い手品も好きなだけ使うがいいさ、『ポーカーの王』よ」
快司の言葉ひとつひとつが、パンドラの心を刈取っていく。死神はすでに、その大鎌を突き立てていたのだ…!
「…ゆ、許してくれ。もう勘弁してくれ!」
パンドラは額を床に擦りつけながら拝み倒す。
それは、命乞い。自らの余命が風前の灯火だと、そう理解したときに行う最後の抵抗。
だが、悪魔や死神に命乞いは通じない。
「断る。倍プッシュだ…!」
快司が告げる。
「まだ終わらせない。地獄の淵が見えるまで、限界いっぱいまでいく。どちらかが完全に倒れるまで。勝負の後は骨も残さない…!」
「ヒィィッ!?」
快司の無感情な瞳が、パンドラへと降り注ぐ。
人は神に対して無礼になれても、悪魔を邪険にはできない。悪魔の機嫌を損ねれば、そこにあるのは破滅。…破滅のみ!
「ククッ。…『賭け事なら神様だって負かせてみせる』。それが俺の持つ固有スキル『絶頂を続ける幸運の星』の能力―」
悪魔のように無感情な快司。
恐れを生み出すほどの展開に、誰もが静まりかえっているカジノ。黒服も、他の客も。誰一人として身動きひとつ取れない。
「クク、…面白い。狂気の沙汰ほどおもしろ―」
だが、その時。
思いもしない人物が、快司の後ろに立っていた。
「なぁ~にしとるんだ、このたわけぇ~」
「…?」
冷笑を浮かべながら後ろを振り向く快司。
そこにいたのは、大柄な男だった。赤褐色の肌に、額にある短い角。この国の警備隊の制服に身を包んだオーガ族。
十人委員会の『No.3』。
郷田源次郎が、ごみ屑でも見るような視線を送っていた。
「…あ、あんたは―」
口を開く快司。
だが、次の瞬間。鬼のような豪腕が、彼を天井へと吹き飛ばしていた。
「何してたか、訊いとるんじゃーーーッ!」
「ぴぎゃーーーっ!」
ズドゴーーーンッ!
凶悪なまでのアッパーカットが炸裂し、快司を天井に突き刺した。首から下がブラブラと力なく揺れている。そんな快司の足をゲンジは掴み、今度はポーカーをしていたテーブルへと叩きつける。
「ぎゃぱぁぁ!?」
ズゴーーーン!
砕け散るテーブル。その残骸の上には、無様に意識を失っている快司の姿があった。
「あー、遅かったか」
そこに、もう1人の人物が合流する。
はぁはぁ、と可愛らしく息を切らしている黒髪の美少女。
慌ててゲンジのことを追いかけてきたのか、額には珠のような汗が浮かんでいる。十人委員会の代表、銃舞姫のユキだった。
「…んあ?」
ユキとゲンジ。
2人の十人委員会のメンバーが見下ろす中、快司は意識を取り戻す。
そして、その2人の姿を見て―
「おーっ、ユキ先輩にゲンジ先輩じゃないッスかーっ! 久しぶりッスね! ちすちぃ~ッス!」
まるで別人のように、人懐っこい満面の笑みを浮かべるのだった。




