第11話「vs カジノ四天王のイカサマ 」
パンドラは内心を思惑を悟られないように、静かに頷いた。それを見た黒服は、手に持っていたトランプを握り直す。
「…そ、それでは、勝負は続行ということで」
黒服は震える手でカードを配っていく。
無理もない。目の前には、自分が一生働いても稼げない金額が積まれていて、たった一勝負で持ち主を変えてしまうのだ。常人では、圧倒されてしまう境地。黒服のディーラーは、これ以上。この場が波乱にみまれないことを祈るばかりだった。
「…では、手札の確認を」
先に配られたカードに手を取ったのはパンドラだった。
手中の5枚のカードを観客からも見えないように、器用に開いていく。
「(…クソッ! 完全なクズ手ではないか!)」
自分の手札を見て、激しく憤る。
パンドラは悟ってしまう。今の自分には勢いがないことを。先ほどの勝負で、僅かに見せてしまった隙を突かれて、大量のチップとともに勢いまで削がれてしまっていた。それでは…
「(…目の前のガキに遅れを取ってしまう)」
先ほどの勝負もそうだった。
パンドラの手札は『スリーカード』。それまで『ツーペア』以上を出してこない快司に、完全に油断してしまっていた。
それゆえの敗北。
快司は息を潜めていたかのように、高額のチップを賭けて勝負に出てきた。その手札は『ストレート』。油断さえしなければ、勝てたかもしれない勝負。または、相手の手札を読めば勝負そのものが危険だと判断できたはず。
…油断。失態。敗北。
ものの数分で、これまでパンドラが積み上げてきた栄光に傷をつけてしまった。周囲の観客たちからも、この勝負の行方を注視する始末。あの『四天王のパンドラ』が負けるかもしれない。そんな予感。
「(…ふざけるな! 俺様が、こんなガキに負けていいはずがない! もう油断などしない。自分の手札。場に放たれたカード。残った山札の量。そこから奴の手を推察する。そして―)」)」
彼は内包する焦りを押さえながら、再び手札に視線を落とす。
そして袖に隠した、イカサマ用のカードを感覚を確かめる。
「(…圧倒的な勝利を掴む! もう二度と、こんな無様な姿を晒すものか!)」
パンドラは汗ばむ手で手札を握り直す。
やがて、快司のほうも自分の手札を確認したところで、黒服のディーラーが口を開いた。
「そ、それではカードの交換を」
その言葉に、パンドラは少し間を作った。そして、あたかも悩んだフリをしながら3枚のカードを場に放った。手札に『役』を残しつつ、カード交換で更に上の役を狙う。…だが、パンドラの狙いは別にあった。
「(…さぁ、来い)」
黒服から新しいカードを3枚配られて、周囲の客に見られないようにそっと確認する。その新しいカードによって『A』の『スリーカード』が完成。先ほどの勝負で惨敗した、パンドラにとっては不吉な役であるに違いない。だが―
「(…これだ。この手札を待っていた!)」
パンドラは表情に出さないようにほくそ笑む。
やがて、カード交換は快司の番となる。黒服のディーラーの視線も、周囲の客の注意も、その全てがパンドラから離される。その時、…彼は動いた。
「…ふぅ」
肩の力を抜くように、ごく自然な動きでテーブルに両肘をのせる。瞬間。パンドラの手札の1枚が左肘へと滑り込み、反対の右肘から別のカードを引き抜いていた。
わずか1秒にも満たない早業。
衆人の下で堂々と行われる、カードのすり替えという、…イカサマ。淀みない動作に、誰もパンドラのイカサマに気がつかない。そして、新たに引き入れたカードを見て、パンドラは僅かに唇を緩ませた。
その手札はー
通常の勝負では滅多に見る事のできない、『A』の『フォウカード』という大物役へと姿を変えていた。
「(…フフ、どうだ。この役には勝てるわけがあるまい)」
手のうちにある『フォウカード』を見て、パンドラは勝利を確信する。
だが、その時。
1人の視線がパンドラへと向けられていた。
「(…なにっ!?)」
岩崎快司が、じっと見つめていたのだ。
交換したカードには目もくれず、無感情な視線だけをパンドラへと差し向けていた―
「(…このガキ。まさか、気づいたのか? 俺のイカサマに!?)」
緊張するパンドラ。
この場でイカサマの告発をされたら、さすがのパンドラも立場が苦しい。黒服のディーラーが持つ山札には、まだ『スペードA』が入っている。今、この瞬間。ディーラーの山札を確認されたら、彼に逃げ場はない。
だが、パンドラの心配は杞憂に終わった。快司は何事もなかったように、その無感情な視線を手札へと向ける。その様子に、イカサマを告発するような動きは見られない。
「(…へへっ。脅かしやがって)」
額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、パンドラは安堵する。
「(…当たり前だ。この俺が『カジノ四天王』に登りつめたのは、このイカサマがあってのこと。何年も、何十年も、誰にも気づかれずに勝ち続けてきたんだ。それが、こんなガキに見破れるものか)」
快司のカード交換が終わったことで、勝負は次の段階へと進む。掛け金のベッドだ。通常、自分の手札に自信があれば、多額のチップを勝負に賭ける。それにより、自信のない相手を勝負から降ろすこともでき、さらに勝負にかった時の見返りが大きいものとなる。パンドラは自分の手元にあるチップを一瞥する。
「(…さて。何枚を賭けるかだが、この勝負に俺の負けはない。ここは攻めさせてもらうぜ)」
にやり、と余裕の笑みが零れる。
「(…チップの数は20枚。…いや、30枚だ)」
チップ30枚というのは、金貨にして300枚。
普通の人間が、一年間働いてようやく手にできる金額だ。前戦で大敗しているとはいえ、このチップの量は異常である。周囲の客からは、パンドラの高額勝負にどよめきが沸く。…だが。
「ベッド。オレはここで勝負に出る」
快司が勝負に賭けたチップ。その量は―
100枚!
100枚ッ!!
なんと、パンドラ3倍という! チップ100枚、という暴挙!
「なにっ!?」
その驚愕の数字に、パンドラも驚きを隠せない。
周りの観客も、あまりの展開に言葉さえでなくなっていた。誰もが青ざめた顔で、ことの成り行きを見守っている。
…ざわ
…ざわ
「フフ、…せこい勝負など、眼中になし」
快司は無感情な眼差しでパンドラを見据える。
…異常、無謀、驚愕。
その生気がないような瞳から感じられる、あらゆる感情。そんなものが音もなく、静かにパンドラへと歩み寄っていく。まるで大鎌を携えた死神が、ゆっくりと命を刈取るように―




