第8話「まぁ、友達のよしみで愛人枠くらいは許してあげるわ!」
「はいっ!?」
ガタンッ!
ボクは思わず、イスから転げ落ちてしまいそうになる。すぐさま円卓に乗り出して、大声を上げた。
「な、なにを言っているんですか!」
「む? 不服か?」
「不服も何も! ボクに何一ついいことがないじゃないですか!」
円卓に両手をつきながらの猛抗議。
だけど、ゲンジ先輩は涼しい顔のままだった。
「まぁ、そういうな。これは遊びだぞ?」
「ボクにとっては一大事です!」
「ほっぺが嫌なら、額でもいいぞ?」
「変わっていません! なんでボクが、…その、…チューをしなくちゃ」
恥ずかしくなって、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。その時だ。ザッァァという不吉な音が聞こえた。
殺気と殺気が擦れあう。
…修羅の音だった。
「…なん、だって」
「…ユキ姉さまの、…チューですって?」
「…これは、…負けられない」
アーニャと有栖とミクが、真剣な目つきで睨んでいた。
その眼差しは、獲物を狙う猛禽類に近い。先ほどの弛緩した空気など一切ない。完全な、臨戦態勢だ!
「ふむ。彼女達はやる気のようだが?」
「…そんな」
ゲンジ先輩の問いかけに言葉を失う。
あの状態の3人を止められるわけがない。無理やりにでも中止にしたら、後で何を言われるか。
「ふふふっ、ご安心ください。姉さまの純潔は、妹であるこの私が守って差し上げますわ」
「あら? 有栖ちゃん、何を言っているの? ユキの体は、頭の先からつま先まで、未来の伴侶である私のものなのよ」
「あ? おい、アーニャ。抜け駆けすんなよ。ユキとの付き合いが一番長いのは、あたしなんだよ。そのあたしに断りもないってのは、スジが通らねぇな」
アーニャが目をギラつかせると、ミクが額に青筋を立てる。一触即発の空気に、ボクは何も言い出せなってしまう。
…というか、ボクの周りには肉食系の女子が多すぎる!
「さぁ、ゲンジ社長。早くカードを配って。ユキの正妻が誰なのか、この際にハッキリさせてあげるわ!」
「上等だ、コラァ! 返り討ちにしてやるよ!」
「ふふっ、姉さまの妹である私に盾突くとは。逆立ちしても不可能なのですよ!」
圧倒されるほどの威圧感。
女と女の仁義なき戦いが、幕を上げた。円卓の上で火花を散らす、アーニャとミクと有栖。三つ巴の戦い。そうなると誰もが思っていた。
…だが、事のなりゆきは。
思いがけない方向へと進んでいく。
「ほら、私は『ストレート』よ。誰か勝てるの?」
アーニャが自信満々に手札を開くと、ミクと有栖が悔しそうに顔を歪める。
「…ぐっ、『ワンペア』」
「…私もですわ」
2人は自分の手札を睨みつけては、アーニャの持つカードを交互に見る。ミクなんて、悔しさのあまりにカードを投げつけてしまうほど。
「あー、もう! 腹立つ!」
「ぐぬぬ。…や、やりますわね」
女たちの仁義泣き戦い、…ボクからの『ほっぺにチュー』を賭けた真剣勝負は、アーニャの圧勝という形で進んでいた。
勝負が始まって、まだ15分ほど。
この戦いに不参加のメンバーは会議室にあるソファーに座っている。そして、なぜか参加しようとしたゲンジ先輩と誠士郎先輩は、猛者である彼女達に袋叩きにされていた。部屋の隅っこでボロ雑巾のように朽ち果てている姿が、あまりに哀れだ。
「はっはっは、どうやら私の勝ちみたいね」
アーニャが腰に手を当てて、平らな胸を張る。
蜂蜜色の髪をなびかせながら、負け続けているミクと有栖を悠然と見下す。
「これでわかった? あなたたち小姑が、正妻である私に勝てるわけはないのよ。まぁ、友達のよしみで愛人枠くらいは許してあげるわ」
おーほっほ、という悪女の高笑いを上げる。
「…この、能天気のおバカ姫が」
調子にのっているアーニャを見て、有栖が静かに毒づく。そして、聞き取れないような小声で何かを呟く。
有栖の足元に小さな黒い光が出現していた。
円形の紋様に、解読不明の文字羅列。それは魔法を使用するために必要な魔法陣。
「…貴女なんか、夢の中で悶えていればいいですの」
にやり、と有栖が不気味な笑みを浮かべる。その様子を見ていたボクは、静かに彼女に言った。
「有栖。その魔法を使ったらダメだよ」
「はうっ!」
カシャンと音を立てて、有栖が床へと崩れ落ちる。彼女の首と両腕には、先ほどまではなかった黒い茨の刺青が刻まれていた。
『隷属魔法』。
幻術士である有栖の固有魔法。
ボクと有栖の間には主従の関係が結ばれていて、こんな一言でも彼女を思い通りにすることができる。
「う、うぅ~。姉さま、あんまりですぅ~」
涙目で訴えてくる義妹。
その手首に刻まれた茨の刺青が妖しく蠢いていて、彼女の詠唱を強制停止させていた。
「有栖の魔法は、本当に必要なときしか使っちゃいけないの。それが先月に、君が引き起こした事件の罰でしょ」
「う~、そうですけど~」
不満そうに唇を尖らせた幼女は、渋々とイスに座りなおす。
そんな彼女をため息まじりに眺めながら、ボクはトランプを束ねてシャッフルしていく。ディーラーだったゲンジ先輩が再起不能になってしまったので、不本意ながらもボクが代わりをすることになっていた。
「…で、この勝負って、いつまで続くの?」
「そりゃ、ミクと有栖ちゃんが諦めるまでよ。つまり私の完全勝利が確定したときね」
終始ご機嫌のアーニャが笑顔で答える。
「ふふーん。私がこんなにも賭け事に強いなんて知らなかったなー。こんなことなら、ヴィクトリアの『カジノ』に行っておくんだったなー」
「え?」
アーニャの言葉に、ボクは思わず聞き返していた…




