第6話「鋼鉄のハーメルン」
蜂蜜色の髪。
誰もが振り返るような可憐な風貌。
礼式を思われるドレスのような正装に、頭に乗せた可愛らしい王冠。この国の王女であるアリーシア・ビクトリアが、…子供のように泣いていた。
「もう嫌だよ~。王族マナーの強化合宿なんて耐えられないっ!」
ボロボロと涙を零しながら、ボクに擦り寄ってくる。
「帰りたいよ~。ユキと一緒にイチャイチャしてたいの! 朝までベッドの上でしっぽりムフフなことしてたいのよぉ!」
…大声で何をいってるの、アーニャ?
ボクは呆れながら、この国の王女を愛称で呼ぶ。
この数日間。
アーニャは宮殿の王室に泊り込んでいた。そもそも王族なのだから、それがあたりまえなのだが、アーニャがボクの家から通うことを頑として譲らなかった。
アーニャには王族としてもマナーが壊滅的にできないのだ。幼いころに宮殿から追われて、スラム街で育ったことも大いに影響しているだろう。
そのことに危機感を募らせていたのが、内務大臣のハーメルン氏だ。
テーブルマナーひとつとっても満足できないアーニャに嘆息し、今回の強化合宿を実施することになったのだ。一通りこなせれば帰れるはずだったが、この様子ではうまくいってなさそうだ。
「…こんなとこにいると、ハーメルンさんに怒られるよ?」
「あの鋼鉄大臣の話はしないで! あれは人間じゃないのよ。鉄と油できた心のない機械人間よ!」
言葉を荒らげるアーニャ。
その意見には、ボクも同意するところがある。内務大臣のハーメルンには、人の心を感じないときがある。どこまでも合理的で、物事を判断するのに私情を完全に排除する。
とにかく容赦がない。
似たような経験を数ヶ月前にしているために、ボクは人知れず同情してしまう。
「…じゃあ、…ちょっとだけだよ」
「うん! あと、5時間くらいしたら、ここからから出て行くよ!」
アーニャは嬉々として合いの手を打つ。
…その時だった。
キィィ、と軋むような音がして扉が開いた。
「っ!」
その光景を見て、ゾッと背筋が凍りつく。
色素の少ない砂色の瞳。
まるで血が通っていない人形のような目が、扉のわずかな隙間からこちらを覗いていた。
いや、覗いていたんじゃない。
…監視していた。
「ひぃっ!」
悲鳴を上げたのは、アーニャだった。
扉の向こうにいる人物が誰なのかいち早く気づき、脅えるように円卓の下に潜り込んでしまった。
「…」
その人物は、何も言わない。
鉄と油でできたような鉄面皮。外見は山羊の獣人だが、草食なんて生易しいものではない。人の心を毟り取る悪魔。…内務大臣のハーメルン氏が、そこにいた。
「こ、こんにちは。…いい天気ですね、あはは」
ボクは引きつった笑みを浮かべながら、なんとか挨拶する。
だが、ハーメルン氏は何も答えない。じっとアーニャの隠れた円卓を見つめている。アーニャが逃げ出したことが、よほど苛立たしいのだろう。
そんな彼に、ボクはなけなしの勇気を振り絞る。
「あ、あの。アーニャにはよく言って聞かせますので、ちょっとだけでも休憩させてあげられませんか?」
円卓の下を覗き込むと、頭を抱えたアーニャがお尻をふりふりさせている。これはこれで可愛いかった。
「…10分だけ、ですよ」
それだけ言うと、ハーメルン氏は音もなく扉を閉めた。
その瞬間、どっと安堵のため息が会議室に広がった。どうやら緊張していたのは、ボクだけではないらしい。
「…あ~、びっくりした」
「ハーメルン氏も、もうちょっと柔らかくなってほしいですね」
「うむ。あの鋼鉄っぷりには、我も気を抜くことができん」
誠士郎先輩とゲンジ先輩が、次々に口を開く。
ちなみに初めて顔を合わせた時に、キツイ忠告を受けた有栖は、ずっと碓氷君の後ろに隠れていた。今も、ぐずったように涙を拭っている。
「…だってよ。アーニャ、出ておいで」
「…うん」
沈んだ声で返事をしながら、お尻から出てくる。
そして、ぴょこりと顔を出しては、不機嫌そうに唇を尖らせる。
「…ぶぅ~。あの人、私に厳しすぎない?」
「それだけ期待されてるんだよ」
「そんなの、全然嬉しくないよ~」
円卓に両手を突き出して、疲れたように倒れこむ。
「あ~、遊びたいよ~。仕事もしないで、一日中ゴロゴロしてたいよ~」
「王女様の発言とは思えないよね」
ボクが少し呆れていると、斜め向かいにいたゲンジ先輩が口を開いた。
「アーニャ殿も疲れているようだし、ここは少し息抜きをしたらどうだ?」
そう言って、ゲンジ先輩は四角い箱を取り出す。蓋を開けると、中からカードのようなものがいっぱい出てきた。




