第4話「…ミクは、もう少しだけ大人になろうね」
「ちっ、あの野郎。ちょっと目を離したら、ユキに手を出しやがって」
「まぁまぁ。落ち着いてよ、ミク。それに今のは、手を出したとかそんなんじゃなくて…」
「甘い! 甘いよ、ユキ!」
ズビシッ、と指を突き立てられる。
「あいつは何をしたか、ユキだって忘れたわけじゃないでしょ! こういったケジメはちゃんとつけといたほうがいいのよ!」
どうやらミクの中では、まだ先月の騒動のことを許せていないらしい。
「まぁ、そうだろうけどさ。でも、ボク(・・)自身はもう気にしていないっていうか。だから、ミクもそんなに邪険にしないであげて」
「…ユキがそういうなら」
ふん、と口をへの字に曲げたまま、不機嫌そうに唸る。
すると、ベッドの向こう側に落ちた有栖が顔を見せた。床にでも打ったのか、頭を抱えて目には涙を浮かべている。
「…ふ、ふんだ。あなたのようなケダモノには、私たちの姉妹愛がわからないのです。ケダモノはケダモノらしく、むさ苦しい漁師達のダッチワイフにでもなっていればいいですの」
「あ? 何か言ったか、クソガキがぁ?」
有栖の文句に、逐一反応するミク。
鋭い目つきで幼女を睨みつけては、ドスの効いた声で凄む。
「テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ? ユキに守られているからって、あたしが何もしないと思うなよ。今度同じようなこと言ったら、その乳歯を一本ずつ、奥から順番に引き抜いてやるからな」
牽制、…というより完全な脅し。
さすがは元・不良。
暴力の発想が違う。
さすがに有栖も文句が言えないのか、黙り込んでしまい―
「…ぐすん」
―って、あれ?
有栖が俯いたまま、肩を小刻みに揺らしていた。
てか、泣いてない?
「…ぐすん。…ひっく、ひっく」
「おいおい、嘘泣きなんて芸がねぇな。見た目が小さくなったからって、そんな手が通用するわけないだろう。このアホ女」
有栖の様子に気がつかないミクが、次々と辛辣な言葉を並べていく。
それに対し、有栖は小さな嗚咽を漏らして、じっと耐えるようにサマードレスの裾をぎゅっと握り締める。
「はっ、いつまで嘘泣きしてんだよ。いい加減にウザイ、…って、あれ?」
よくやくミクも気がついたのか、有栖のことを見つめる。
「あんた、本当に泣いているの?」
「…ずびっ、…ないてなんか、…ないもん」
「いやいや、どうみたって目から悲しいものが―」
「ないてないもんっ!」
裾をつかんだ両手に力を込めて、涙声で叫ぶ。
…完全に泣きが入っていた。
「ちょ、ちょっと待って! なんで、あんたがそんなに泣くのよ!」
動揺したミクが柔らかい口調に変わる。
だが、涙をぼろぼろと零す有栖は、頑として譲らない。
「…ないて。…ひっく、ないもん」
有栖は俯いたまま、悔しそうに肩を揺らす。顔を上げないのは、泣き顔を見られたくないからか。
しばらくそうやって耐えてきた幼女だったが、ポツリと小さく呟いた。
「…ずびっ、…やるんだから」
「は? 今なんて―」
聞き返そうとしたミクに、有栖は大声で叫んだ。
「りょーたに、いいつけてやるんだからっっ!!!!」
小さな掌で涙を拭って、ミクを睨みつける。
涙のせいで目が真っ赤だ。
「りょーたに、りょーたにかかったら! …おまえなんて、…ずびっ、…イチコロなんだから!」
そう言うと、大声で泣き出してしまった。
びえーん、と泣きながら部屋の外へと歩いていく。
「…ひっく。…りょーた、…りょーた!」
よたよたと危なっかしい足取りで玄関にたどり着き、背を伸ばしてドアノブを掴む。
そして、有栖が玄関の外に出た。
その時だった。
「…」
寡黙そうな少年が、玄関前に立っていた。
氷のような無表情に、魔法使い風の格好。手には、いつも持ち歩いている大型の魔導杖を携えている。
彼の名前は、碓氷涼太。
有栖と一緒に合流した、ボクたちの仲間だ。
「りょーたっ!」
有栖は嬉しそうに叫ぶと、彼に抱きついた。
「りょーた! りょーたっ!」
少年と幼女の身長差で、有栖の頭は彼の腰辺りまでしかないが、それでも嬉朗にように体をすり寄せる。
「…」
碓氷涼太は何も言わない。
黙ったまま、有栖の頭を撫でていく。
「えへへ」
それだけで、目元を腫らした幼女の機嫌は秋空のように晴れわたる。
「あのね、きいて! あのケダモノが、ありすのことをイジめたの!」
必死になって先ほどの一件を伝えようとするその素振りは、まさに幼い子供そのもの。
身振り手振りと、ばーんとか、どかーんとか、派手な擬音語を挟んで話す有栖。
まるで、心まで幼児退行してしまったようだった。
その話を、碓氷涼太は黙って聞いている。
やがて気も晴れたのか、有栖は彼の後ろに隠れながら、こちらを睨みつけてきた。
「ふん! きょうはこれくらいで、かんべんしてあげるわ! こんどしたら、りょーたにしかえししてもらうんだから! べーっだ!」
幼女が必死になって『あっかんべー』する姿は。
それはそれで、可愛かった。
「あん? 何か言ったか?」
ミクが凄みを効かせて言い返すと、有栖は脅えるように彼の後ろに隠れた。
…がるるる。
…びくびく。
獅子と子兎のにらみ合いに、碓氷涼太が終止符を打つ。
無言のまま、ボクとミクに頭を下げると、そのまま玄関前から離れていく。
有栖の手を引きながら。
「…ねぇねぇ、りょーた。あさごはんはー?」
「…」
「そっか。わたくしのぶんも、よういしてくれたんだね」
「…」
「またまた。そんなこといわなくてもいいよー。おむかえ、ありがとーね」
遠ざかる2人の背中を見て、ボクはしきりに感心していた。
…碓氷君は何も喋ってないのに、よく会話が成立するなぁ。
神無月有栖と碓氷涼太。
お互いの欠点を補うように寄り添う2人は、ゆくゆくは恋人以上の存在になるのだろうか。
「ったく! 朝から、イライラさせやがって!」
「…ミクはもう少しだけ大人になろうね」
いつまでも根に持つ彼女に、ボクは静かに苦言を呈すのだった。




