第43話「…十人委員会の『No.6』を甘く見すぎたな」
「な、なにを―」
「はっ、テメェは知らないのか? この【陸奥守吉行】をよ】」
あたしは思わず笑ってしまう。
「こいつを使うのは、これで4回目なんだぜ。使い勝手のいい【正宗】の次に多い回数だ。なんたって、…こいつは敵の魔法を斬れるからな!」
「っ! 魔法を斬るですって!?」
「どうやらテメェは後方支援とか言いながら、ろくに戦闘に参加していなかったな? こいつがいなかったら、『十人委員会』は3回は全滅してたんだぜ」
ゲームだった頃の激戦を思い出す。
『魔王・ハデス』、『死霊使い・ファウスト博士』、『黄泉の貴族・ロード=ベルゼブブ』。彼らとの死闘を語るときに、【陸奥守吉行】の存在はかかせない。差し迫る即死魔法に対し、白刃1つで渡り合った伝説の殺戮人形と、その主である人形使い『一騎当千のミク』。
「まぁ、テメェのプレイスタイルにまで口にはしないさ。だけど、今日ばっかりは、そのツケが回ってきたな」
じゃり、じゃり。
ゆっくりと一歩ずつ、神無月へ向かっていく。
「テメェを殴る。泣いても殴る。謝っても殴る。自分のやったことを後悔しながら、大人しくブッ飛ばされるんだな」
「ひゃう!」
ビクリ、と恐怖に震える神無月。
なけなしの勇気を振り絞って、幻術で攻撃してくるが、…無駄だった。
ザンッ、ザザンッ!
―サンッ。
生み出された魔法陣は片っ端から【陸奥守吉行】に切り落とされ、運良く魔法が起動しても【虎徹】によって打ち砕かれる。空を斬る白刃と、黒い幻影の斬撃を纏って、あたしは悠然と歩く。
…『十人委員会』の『No.6』を甘く見すぎたな。
「ひっ、来ないで。…来ないで!」
逃げるように後ずさりをして、部屋の隅にまで追い込まれる。
絶え間ない魔法の乱撃も、2体の『式神』に打ち払われていく。
「来ないでよっ!」
「…黙れ」
がしっ、と神無月の胸座を掴む。
薄い絹のようなケープは、それだけで千切れそうになる。
「や、やめて…」
「ダメだな。テメェはやりすぎた。…自分が何をしたのか、わかっているんだろう?」
あたしは神無月の目を睨みつけながら問いかける。
…だが、その撫子の目に揺らぎはない。
「わ、わかりません! 私のしたことの、何が悪いのですか!?」
それは悲鳴というより、心からの叫びだった。
「私はただ、愛してくれる人が欲しかった! それだけではないですか! ユキが私を愛してくれる世界を手に入れたかった! それの何が悪いのですか!」
そのまっすぐな目に、かえってあたしは動揺する。
それと同時に、いろいろと納得がいった。
「はぁ、なるほど。確かにテメェは悪くねぇ。悪いのは、ちゃんと叱ってこなかった大人たちだな」
「そ、そうなのです! 私は悪く―」
「ただ、まぁ。…あたしには関係ないんだけどな」
両手で胸座を掴み、逃げられないように締め上げる。
体を反らして、全ての勢いを一点に集中させる。
…額という凶器に。
「ひっ、いや―」
「もういい。お前は寝てろ」
ガツンッ!
振り下ろされる渾身の頭突き。
あまりの勢いに、部屋中の空気が一瞬だけ振動した。
「がっ、…が、が」
神無月は意味不明な言葉を吐いて、…その場に崩れ落ちていく。
美しく、妖しい色香を放つエルフも。
涎を垂らしながら、眼球を上天させている姿には、目も当てられなかった。
「…テメェには、ちゃんと叱ってやれる奴が必要なんだ」
ざぁ、と神無月を見下ろしながら嘯くように呟いた。
…そんな偉そうなことを言える立場じゃないんだけどな。
消失する魔法陣。
それと同時に、ピシッと空間が軋んだ。
魔力の残滓が消え去り、神無月の幻術が解かれていく。
それは部屋中に散った鎖の破片だけではなく、この屋敷全体に及んだ。
豪華に装飾されていた内装が、次第に本当の姿を見せ始める。
塗装が剥がれた壁。
朽ちた肖像画。
傷だらけのテーブル。
人が住んでいた名残が残っているだけの、廃れた屋敷。
この屋敷、ダリオ宮は神無月の幻術によって姿を変えられていたのだ。
「…ゲンジ先輩が言ってたかな。ここは、…孤独な屋敷だって」
誰にも手入れされず、恐れられ、見放されてきた。所有者が次々と不運に見舞われる呪われた屋敷。人が来るのを焦がれていた、孤独な廃墟。
「…なるほど。たしかに神無月にはピッタリだな」
あたしは埃のたまった絨毯を踏みつけて、アーニャとユキのところへと歩いていった。
ユキの髪も、少しずつ元の黒髪に戻りつつあった。




