第39話「あんた、本当は怖いんだろう?」
轟音を上げる拳。
それは神無月の目の前にまで迫って。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
…悲鳴と共に、紙一重でかわされた。
「え?」
予想外の出来事に、虚を突かれてしまう。
まさか、この速度の攻撃を避けるとは。だとしたら、すぐさまカウンターが飛んでくる。あたしならそうする。必殺の一撃ほど隙が大きいものはない。
「っ!」
慌てて迎撃体制をとる。
拳を構え、警戒するように意識を辺りにまわす。…だが。
「…あれ?」
何もこない。
…というか。
…神無月の姿が見えない。
「…ひっ、ひやぁ」
足元から女の声がした。
酷く脅えた感じだった。
「あん?」
あたしは足元へと視線を降ろした。
そして、そこにいた神無月を見て、…少し困惑する。
「…ひぅ、ひぅっ」
脅えていた。
外見は大人と変わりない女性が、頭を抱えて震えている。
なんてことはない。
あたしの右ストレートにビビって、転がり落ちただけだったのだ。
もしかしたら、腰を抜かしているのかも。
「なぁ、神無月先輩よぉ」
「…ひぅ」
「あんた、本当は怖いんだろう?」
ビクンッ!
神無月の肩が激しく揺れた。
「こんな世界に来ちまって、ずっと1人でいて。怖かったんだろ?」
「…ひっ、な、何を言っているのです!?」
撫子の髪をかき分けて、こちらを見上げる。
その表情は、明らかに無理をしていた。
「だ、だ、誰が怖いなど…」
「わかるよ。あたしも怖かったから。1人でいることが怖くてたまらなかった」
脳裏に過ぎる、中学時代の苦々しい思い出。
「まっ、あんたの悩みまで聞いてやるつもりはないけどな。さっきも言ったが、あたしは不器用なんだ。拳以外に語れるものがねぇんだよ」
ビシッ、と拳が空を切る。
そんなあたしを見て、神無月が目を細める。
…あ、これは。
…敵意の視線だ。
「馬鹿にしないでいただけるかしら。この私が怖いですって? ふん、片腹痛いですわ」
額に冷や汗をかきながら、優雅な振る舞いで立ち上がる。
「私は神無月有栖。あなたのようなケダモノとは、生きている価値が違うのですよ」
「ははっ、言うじゃねぇか」
にじり、と地面を踏みしめる。
…どうやら。一発ぶん殴られないとわからないらしい。
あたしが悠然と構えている間に、神無月も元の調子を取り戻しつつあった。
「う、うふふ。先ほどは、少しばかり油断しただけですわ。私が思っていた以上に、あなたがケダモノだっただけのこと。…次はありません!」
両手をかざし、魔法の詠唱に入る。
魔法を使うものは誰でもそうだが、詠唱中だけは完全に無防備になる。碓氷涼太のような特殊スキルでもない限り、接近戦に持ち込まれた魔法使い職に勝ち目はない。
「ふん! 隙だらけ、…って、うわぁ!」
あたしが言い終わらないうちに、黒い魔法陣が展開。慌ててその場から回避しようとするが、一瞬早く左足に絡みつかれてしまう。
…ちっ、予想以上に速いな!
「ってか、マジでキモいんだけど! 触手とか、本当に勘弁してよね!」
体制を崩されたあたしは、その場に膝をつく。
そして、その次の瞬間には両足を絡みつかれてしまった。
「ふふっ。まだまだ、これからですわ」
神無月が不敵な笑みを浮かべる。
両手を大きく広げて、舞台の歌手のように詠唱を紡ぐ。
「…汝の自由は我にあり。手には枷を、脚には鉄球を。無限の掌にて、自由を束縛せん―」
同時に、新たに展開される魔法陣。
あたしを囲うように、5つの黒い円形の紋様が床に描かれていく。
「ってか、これって【多重詠唱】じゃねぇか!」
一度の詠唱で、複数の魔法を行使する超高等スキル【多重詠唱】。碓氷以外にも、使える奴がいたとは。
「ふふっ、さすがにご存知ですわね。碓氷涼太のように【無限詠唱】ができるわけではありませんが、あなた相手なら【多重詠唱】で十分ですわ」
神無月は妖しく微笑みながら、広げていた両腕をあたしに向けて突き出す。
すると、周囲に蠢いていた魔法陣から数え切れないほどの黒い蔦が飛び出してきた。
「…げ」
反射的に、いつくかの蔦を弾き飛ばす。
だが、すぐさま黒い蔦の餌食になってしまう。両腕に巻き付いて、頭の上で縛られる。無防備になった脇からは、もぞもぞと触手が這いずっていく。
服の下から、触手が蠢いているのがわかった。
「うふ、うふふ! さぁ、あなたの可愛らしい声を聞かせてくださいな!」
「だから、趣味悪すぎるだろうが!」




