第38話「病院の栄養食がお前を待っているぜ!」
拳を構え、腰を落とす。
体の力は抜いて、自然体に。
余計なことは考えない。
ただ1つ。
あの女をブチのめすことだけに集中しろ。
「ふふっ、相変わらず野蛮ですわね。殴って蹴るだけが、あなたの取り得ですわね」
「はっ。これが結構、便利なんだぜ」
じりっ、と地面を強く踏みつける。
「なんたって。気にいらねぇ奴を、直接ぶっ飛ばせるからな!」
言葉が終わらないうちに、地面を蹴りだした。
同時に、スキルを発動。【瞬動】の勢いに乗り、その速さは神速へと昇華される。
神無月まで、たったの数メートル。
一瞬だ。
「うふふ。だから、あなたはケダモノなのですよ」
神無月が妖しく笑う。
その瞬間、体が後ろへと引っ張られた。
「うおっ!」
体制を崩し、床に膝を立てる。
妙に体が重い。
それに、なんか後ろから縛られているような感じもする。あたしは自分の身に何が起こったのか、辺りを確認する。そして、…それを見た。
「あ? なんだこりゃ?」
足元に展開されている黒い魔法陣。
黒い蔦のようなものが、あたしの脚や腰に絡みついていた。
「うわっ、キモ…」
「ふふ。どうですか? その呪術はあなたの行動を束縛し、動きを封じますのよ」
ギシィ…。
確かに、あたしが無理やり解こうとしても、緩む気配すらない。
「私はあなたみたいな野蛮な方法は嫌いですの。ですから、気を失うまでその蔦で縛りつけてあげますわ」
陰湿な笑い声をあげる神無月。
あたしは足元の魔法陣を見て、ある答えに達していた。
「…テメェ、『神官』じゃねぇな」
回復専門の職業が、こんな行動抑制の魔法を使えるわけがない。
ユキを誑かしたり、意のままに操ったり。この女の正体は『神官』とは別にある。
「うふふ。さすがにわかりましたか。…えぇ、そうです。《カナル・グランデ》における私の職業は『神官』ではありません。…『幻術士』なのです」
「げんじゅつし? 聞いたことねぇな」
「ふふっ、無知なあなたは知らないかもしれませんね。ですが、どうでもいいことです。あなたはここで、数時間に渡って縛り上げられるのですから!」
神無月が魔法陣に手をかざす。
すると、絡み付いていた蔦の力が、急に強くなった。
「…ぐっ」
「ふふふ、苦しいでしょう? 痛いでしょう? それも全て、あなた自身のせいです」
「あん?」
「あなたが悪いのです。ユキに暴力を振るったあなたには、それ相応の体罰を与えましょう」
ギギギィ…
黒い蔦は、体に少しずつ這い登っていく。
「…ちっ」
「さぁ、あなたの苦しむ声を聞かせてください!」
神無月が勝利を確信したように高笑いをあげる。
似たような光景を、あたしは何度も見てきた。
獲物の前で舌なめずりをする、雑魚共を。
「…なぁ、神無月先輩よぉ」
「むふ、なんでしょうか? 命乞いなら、その場でどげざ―」
両足に力を込める。
拳に気合いを込める。
「歯ぁ、食いしばれよ」
ズンッ!
最大の脚力をもって、床を踏みしめる。
震脚。建物全体が揺れるほどの踏み込みに、神無月の表情がわずかに翳る。
だが。
それよりも疾く。
神速の【瞬動】が、その女の懐へと運んでいた。
「…は?」
理解できないといわんばかりのアホ面だ。
そんな顔を見てしまい、あたしは凶悪な笑みを浮かべてしまった。
右ストレートでぶっ飛ばす。
まっすぐいってぶっ飛ばす。
腰を捻り、体重をのせて、微塵も容赦なく。
うっとおしい黒い蔦なんて力ずくに捻じ切って。
…打ち抜く!
「オラァァ! 病院の栄養食がお前を待っているぜ!」




