第34「さぁ、壊れてしまいなさい。と神無月は愉悦に顔を歪める」
「…私が姉を亡くしたのは、2年前。…学校の帰り道でした」
ぽつり、ぽつり。
ユキは誰にも話したことのない心の奥底を独白していく。
「…その時、私は中学生で。たまたま帰り道で一緒になった姉と姉の友人の、3人で歩いていました」
苦痛の表情を浮かべるユキ。
そんなユキを見て、神無月は心の底から愉しんでいる。
「普通の道路です。車道があって、歩道があって。車の行き来が激しいわけでも、急な曲がり角があるわけでもありません。…でも」
苦痛に耐えるように、両手を強く握り締める。
「そのトラックは、まっすぐ私に向かってきたんです。道路の縁石を乗り越えて、私達のいる歩道にまで! 私は頭が真っ白になって! 姉と姉の友人に守られてなかったら、…私は死んでいました」
「…そう。お姉さんはその時に?」
「…はい」
ユキは両手を胸に当て、哀しみに耐え切れず目を閉じる。
「…姉さんは、私を庇ってトラックに轢かれて。…その後、すぐに姉さんの友人が救急車を呼んだんですが、到着した時には、…もう」
「…辛かったですね」
神無月は心にもない言葉を口にする。
だが、ユキにはそんなことはわからない。
「…はい。ありがとうございます。気をつかって頂いて」
そう言って、薄幸の微笑を浮かべた。
「そうね。だったら…」
言葉は暴力にもなる。
神無月はそれを知っていて、あえて致命的となる一言を告げる。
「だったら、あなたのせいで。お姉さんは亡くなったのね?」
「…え」
思いも寄らない問いかけに、ユキは言葉を失くす。
「だって、そうでしょう。あなたがちゃんと逃げていたら、お姉さんは轢かれずにすんだのでしょう?」
「…それは」
「あぁ、可哀想なお姉さんね。さぞかし、無念だったことでしょう」
「…やめて、ください」
「それで? お姉さんがトラックに轢かれて、あなたは何をしていたの? 救急車さえ呼ぶこともできす、だた黙って見ていたの?」
「…やめて」
「黙って、自分の姉が死んでいくのを、見ていることしかできなかったの?」
「やめてっ!」
ユキが悲痛な叫びをあげる。
「もう、やめて! お姉さま、お願いします。そんな酷いこと、もう言わないでください」
涙ぐましい懇願。
だが。
神無月の歪んだ愛は止まらない。
「うふふ。あなただって気づいているのでしょう? 自分さえいなかったら、お姉さんは生きていたんじゃないかって」
「…っ!」
ユキの体の震えが止まった。
愕然とした表情で、自分の『主』である神無月を見つめる。
その目は、酷く虚ろで、困惑に揺れている。
「ふふっ」
…さぁ。
…壊れなさい。
…私の目の前で、その本心を曝け出して。
神無月の歪んだ願いが、ユキを狂わせて行く。
「…お姉さ、ま?」
ぐらり、と体が傾く。
虚ろな目を彷徨わせ、心が音を立てて崩れていく。
「…わたしは、…わたしは」
「…ふふっ」
神無月が微笑む先で、ユキの瞳から光が消えた。
言葉を失くし、声を枯らして。
力なく、倒れていく。
…あぁ、これよ。
…一度、壊れてしまいなさい。
…そこから、私との愛が溢れる人生が始まるの。
…もう、ユキの心を縛る邪魔者はいない。
…この子の心に巣食う、姉の存在が。
「ふふっ。あはは、あははははっ」
神無月は愉しむように笑みを浮かべる。
…その時だった。
「っ!」
カタン、と何かか切り替わるような音がした。
時計の秒針のような、小さな音だった
何の音かと神無月が視線を送ったところで、…その笑みが凍りついた。
「…ど、どうして」
神無月が動揺したような声を漏らす。
「…」
彼女の視線の先。
相向かいに座っている少女が。
力強い目つきで神無月のことを見ていた。
先ほどまでの虚ろな目とは違う。
まるで、…別人のような輝きを放っていた。
「…やれやれ。ホントに世話がやけるなぁ」
そして。
その少女はおもむろに口を開く。
「…あまり虐めないでくれないか? これでも、ウチのたった1人の家族なんだ」
にっこりと笑う少女。
それに対して、神無月は動揺して言葉も出ない。見た目は何も変わらない。撫子色に髪を染められた可憐な少女、ユキである。
だが、この言葉遣いは。
…ユキではない!?
「あ、あなた! 誰なの!?」
「え? ウチかい? なんでそんなことを訊くのさ?」
きょとんと首を傾げながら、ユキではない少女が神無月に問いかける。
「だって、キミは知っているでしょ。ウチの名前を」
「…え」
その言葉に、神無月は言葉を失くす。
脳裏にとある人物が頭に思い浮かんでいた。
気さくな笑い声。
女性なのに、どこか中性的な話し方をする。
あの先輩のことを。
「…そんな」
…まさか。
…ありえない。
…だって先輩は、2年前に―
あからさまに動揺する神無月。
そんな彼女を見て、少女は面白がるように笑った。
「ははっ。ウチの名前はね、…御影優奈。2年前に死んでしまった、優紀の姉だよ」




