第31話「氷の魔導砲台」
「…」
碓氷涼太は何も言わない。
自分の手でゲンジを手にかけておきながら、心が凍っているかのように無言だった。
「…ちっ、初っ端から戦闘かよ」
「あー、面倒くさい! なんで碓氷の奴、こっちに攻撃してくるのよ!」
ジンとミクが忌々しく呟く。
だが、そんなことなど関係なく。
碓氷は次の攻撃へと移ろうとしていた。
「…」
聞こえないほどの小声で魔法の詠唱を紡ぐ。
足元には、青白い魔方陣が展開し、周囲の氷塵が舞い上がっていく。
「げっ、次の攻撃がくるそ」
「ちょっと、作戦参謀! なにかないの!?」
「では、こういう作戦はどうでしょうか。あそこで凍っている源次郎を、敵に向けて放り投げる。というのは」
「真面目に考えなさい!」
ちゃんと考えているのか怪しい態度の言い方に、ミクは思わず語彙を荒らげる。
そんなやりとりとしている最中に、碓氷の魔法詠唱は完了する。
魔法陣が一段と強く輝いて、杖の先端を僅かに上げた。
「…」
そこにあったのは、大きな氷柱だった。
氷属性の魔法。【氷結の槍】。
魔法のランクとしては中級クラスで、元の世界でも安定したダメージが期待できると人気の魔法だった。
だが、あくまで中級クラス。大型のボスモンスターや、フィールドボスが相手だと虫に刺された程度の効果しかない。歴戦の猛者である『十人委員会』のメンバーには、ほとんど意味がない攻撃魔法だ。
…それが単発であればの話だが。
「おいおいおいおいおい!」
「碓氷の奴、本気じゃないの!?」
巨大な魔導杖の先端。
宙に漂っている氷の槍の数は、およそ100本。
あまりの圧倒的な数に、ジンたちも言葉を失う。
「…さすが、『氷の魔導砲台』といったところでしょうか」
誠士郎がありのままの感想を口にする。
『氷の魔導砲台』
碓氷涼太がそう呼ばれるのは、彼が保有しているスキルが関係している。
それは、固有スキル【無限詠唱】である。
【無限詠唱】は2つの希少スキルから構成されている。それが【多重詠唱】と【並列詠唱】だ。
多重詠唱とは、1度の詠唱で同じ魔法を多重に行使できるスキル。先ほど碓氷がやって見せたように、1つの詠唱で同時に100の魔法を多重詠唱することができる。
並列詠唱とは、魔法の詠唱中に、別の魔法の詠唱ができるスキル。MP消費が激しいが、これにより絶え間ない魔法攻撃が可能となる。
これら多重詠唱と並列詠唱を同時に使いこなすのが、【無限詠唱】。
簡単に言ってしまえば、100の魔法攻撃を放ちながら、100の魔法を詠唱することができる。
元の世界でも、このスキルを使えるのは10人といないだろう。『氷の魔導砲台』と呼ばれる所以だ。
「…、…」
碓氷は何も言わない。
ただ無言のまま、100本の氷塊の槍を射出する。
ズガガッガガッガガッ!
すさまじい轟音を立てて、100の敵意が着弾していく。
床が抉れ、石柱が削られる。
その度に氷の破片が砕け散り、頭上に降り注ぐ。
耳を覆いたくなるような炸裂音に、ミクが声を荒らげる。
「おい、誠士郎! どうするんだよ、これ!」
頭を抱えているアーニャを庇うように、石柱の影で身を縮こませる。
だが、この状況においても、誠士郎は動揺を微塵も感じさせない。
「そうですね。やはり、あそこで凍っている源次郎を盾にして、前進していくのが―」
「お前、ゲンジ先輩に恨みでもあるのかっ!?」
「冗談ですよ。これくらいは想定内だったので、少しふざけてみただけです」
くいっ、と眼鏡を上げる。
想定外のことには、すぐパニックになるくせに。とミクは心の中で呟く。
「…まぁ、ここは。…僕が『前』に出るのが一番でしょう」
「は?」
「僕が攻撃を引きつけます。御櫛笥さんたちは隙を見て、上の階段へと向かってください」
「…お、おい」
ミクの静止する声など無視をして、誠士郎は石柱から姿を晒す。腰に携えた2本の細剣を揺らしながら、氷塊の槍が降り注ぐ場所へと歩み出る。
一気に勢いを増す魔法の猛攻。
もはや数え切れないほどの氷刃が、誠士郎へと射出される。
「っ!」
固唾を呑むミク。
最初の一柱が、誠士郎の鼻先に届く。
その瞬間。
ピキンッ…
氷の槍が。
跡形もなく砕け散っていた。
「え?」
その光景に、ミクは目を丸くさせる。
なおも降り注ぐ氷の槍。
それらを見て、誠士郎は薄く笑った。
「…生温い、ですよ」
左右の手に持った、2つの細剣。
右手に持つのは、太陽の紋様が描かれた長剣『アポロン』。左手に持つのは、月の紋様が描かれた細剣『アルテミス』。決して強靭な剣ではなく、言ってしまえば男が使うには華奢ともいえる二対の剣を、緩やかに構える。
「…この程度の攻撃で、僕を抜こうと? 舐められたものですね」
氷の槍が突き刺さる、その直前に。
誠士郎の持つ『アポロン』が軽やかに薙いだ。
その長剣の切っ先が触れた瞬間から、氷塊は砕け散っていく。
無数に降り注ぐ、氷槍の群集。
それら一つ一つを確実に捌いていく。二対の剣が躍るたびに、粉砕された氷が綺麗に舞っていく。
丁寧に。
正確で。
精密な剣捌きだった―




