第30話「No.9:碓氷涼太(うすいりょうた)」
「…では、行くぞ」
「…えぇ。用心してください」
『ダリオ宮』の玄関の前で、ゲンジと誠士郎が神妙に頷く。その顔には、ミクに殴られた拳の痕がはっきりと浮かんでいた。
重厚な木の扉をゆっくりと開けていく。
薄暗い屋敷の玄関を、ゲンジを先頭に歩みだす。
「…」
「…誰も、いないようですね」
誠士郎が辺りを見渡しながら呟く。
屋敷の内装は、外観と同じく豪華な造りとなっていた。
開けた玄関に、背の高い天井。
細かい刺繍のされた絨毯が、2階へと続く階段へと伸びている。
左右には太い石柱が立っていて、絨毯の脇を並び立っている。
上からは、絢爛なシャンデリアが吊るされているが、灯りはついていない。
室内の全域を、多色の大理石で細工さており、薄暗い中でも目を惹かれずにはいられなかった。
「ふむ。別段、変わったところはないようだが」
ゲンジがおもむろに感想を口にして、歩を進めた。
その瞬間。
…雪崩のような白塵に、襲われた。
ゴォォォォォッ!
地響きのような轟音が耳を貫き、凄まじい勢いで白塵が迫ってくる。
「ぬおっ!」
「やべ、逃げろ!」
ジンの怒声に突き動かされて、他のメンバーは各々に身を隠す。
ミクはアーニャを庇いながら近くの石柱へと避難する。誠士郎も傍にあった石柱に隠れ、ジンはコトリを担いで天井へと駆け上っていた。ミクたちがいるのとは反対方向の石柱に剛爪を食い込ませて、天井付近から辺りを俯瞰する。
「おい、大丈夫かっ!」
視界を覆われて、何も見えない。
肌につくひんやりとした空気に、雨氷のような小さな結晶。
…これは、氷属性の最上級魔法。【氷結の楽園】か!?
「こっちは大丈夫! てか、何にも見えないんだけど!」
「あたしも。寒いこと以外、問題なし」
声はすれど姿は見えず。
白一色となった視界に、ジンが声を張り上げる。
「誠士郎も大丈夫だよな!?」
「えぇ、僕も支障ありません。…ただ」
すちゃり、と眼鏡を押し上げる音がする。
「…源次郎がやられました」
誠士郎が淡々と報告する。
そうこうしているうちに、氷の白塵が少しずつ薄れていった。
氷の棺にいるような寒さのなか、ジンは目をこらしてゲンジの姿を探す。
そして、部屋のど真ん中にいる巨大な氷像を見つけた。
「…おいおい、マジかよ」
あまりの光景に、思わず呆れてしまう。
玄関から見て正面。
メンバーの先頭を立っていたゲンジは。
…完全に氷付けにされていた。
「ちょっ! ゲンジ社長っ!」
その変わり果ててしまった姿に、アーニャが石柱から飛び出そうとする。
だが、すぐにミクが手を掴んで胸の内に引き寄せた。
「危ないって! 気をつけなさい!」
「でも、社長が!」
「大丈夫だって。ゲンジ先輩は頑丈だから」
そう諭しながら、アーニャを優しく抱きしめる。
「ちょっと、誠士郎! これはどういうことよ!」
「うーん、そうですね…」
ミクの怒声に、誠士郎が腕を組む。
「やはり、我々の行動が読まれていた。ということでしょうか?」
「でしょうか、じゃねぇよ! どうすんだよ! ゲンジ先輩がどっかの雪祭りみたいになってんぞ!」
ジンがコトリを肩に乗せながら、噛み付かんばかりに声を荒らげる。
だが、誠士郎はいたって冷静に答えた。
「問題ありません。あの程度で、源次郎が死ぬはずがないでしょう。…それに向こう側もやる気みたいですしね」
氷塵で曇った眼鏡を拭きながら、2階へと続く階段のほうを見つめる。
わずかに白く濁る視界の先には、1つの人影が見えた。
「…え」
「…あいつは」
ジンとミクが目を細める。
そこにいたのは、1人の少年だった。
体の線が細く、身長も男にしてはやや低め。
端正な顔立ちだが、氷のように表情が希薄だ。
魔法使いのような長いローブを着込んできて、手には自身の身長ほどもある巨大な魔導杖を携えている。その杖の先端に組み込まれている青白い宝石からは、絶えず氷華のような結晶が湧き上がっていた。
『十人委員会』の『No.9』。
『氷の魔導砲台』と呼ばれた上級魔導師。
メンバー内でただ1人、攻撃魔法を使いこなす氷魔法の専門家。
碓氷涼太、であった。




