第29話「作戦は、奇襲です。…と作戦参謀は冷静に言い放つ」
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「この屋敷で間違いないのだな?」
「あぁ。上空からハッキリ見えた。ここが神無月有栖の隠れ場だ」
ゲンジの問いに、ジンが答える。
夕暮れ時。
太陽が西へ沈み、遥かなアドリア海に残光の灯火を刻んでいる。
細い路地が入り組んだヴィクトリアでは、もはや夜と変わらない。薄暗い視界の中、あちこちに建てられた街灯だけが仄かに揺れる。
「ここにユキがいるってわけね?」
「さぁ、早くユキを助けないと!」
「待ってください、御櫛笥さん、アーニャさん。今回の相手は、僕たち『十人委員会』のメンバーです。ちゃんと作戦を立てないと」
S字状に流れる『大運河』の畔。
豪華な屋敷の前に、6人の人影があった。
鈍色の大剣を担いだオーガ族。細身の刀剣を2つ携えた眼鏡の青年。銀色の鬣を揺らす銀狼族。その人狼の肩に乗っている小柄な妖弧の少女。
そして、赤い髪の勝気な少女と、蜂蜜色の髪をした活発な少女である。
「それにしても。…どこから見ても、普通の屋敷に見えますが」
「中に入ってみりゃわかるさ。上空から見た感じだと、視覚迷彩か索敵妨害のような魔法で守られてたぞ。なぁ、コトリ?」
「…うん」
ジンの問いに、肩に乗っているコトリがこくりと頷く。
その隣では、ゲンジが腕を組んで屋敷を仰ぎ見ている。
「ここは確か、…『ダリオ宮』と言ったか?」
「えぇ。持ち主が次々と不幸なことが起こるという、呪われた屋敷ですよ」
「なるほど。神無月が気に入りそうな場所だな」
ゲンジは素直な感想を述べると、誠士郎へと首を向ける。
「それで。作戦はあるのか、作戦参謀?」
「はい。今回の『ユキりん救出作戦』、…失礼。ユキ君を救出する作戦ですが、神無月さんと碓氷君との戦闘が予想されます。特に『高位魔術師』の碓氷君には注意を払うべきでしょう」
眼鏡を上げながら目を細める。
「作戦は単純に、…奇襲です。前衛職である源次郎と陣ノ内君が、相手に気づかれる前に一撃必殺。神無月さんは回復職の『神官』なので、苦戦することはないと思われます」
「それだけどさ。神無月先輩って、本当に『神官』なのか?」
突然、ミクが口を開いた。
「ユキを誑かしたのもそうだし。この屋敷の結界だって、どう考えても『神官』の【魔法】や【スキル】じゃないでしょ?」
「…たしかに」
誠士郎が眼鏡に上げる。
その目を、考えるように細くさせる。
「…神無月さんが『神官』なのは間違いないはず。…いや、高レベルで構成されている『十人委員会』なら、自然と回復のタイミングは限られてくる。…僕たちを欺くことも可能なのか?」
ぶつぶつと呟きながら、思考を巡らせる。
こんなときに冷静に分析できる誠士郎は、やはり優秀だった。
「…現状では判断がつかない。だけど、無駄な時間も使ってられないか。ここは、このまま進むのが最善でしょう」
ユキに残された時間が少ないことなど知るはずもない誠士郎だったが、状況を思慮深く観察し、最善の選択肢へと皆を導いていく。『十人委員会』の作戦参謀はダテではない。
「皆さん、このまま屋敷へ奇襲をかけましょう。神無月さんのことは、不明な点が多いので十分に注意すること。いいですね?」
「うむ。上手くことが運べれば、戦闘にすらならんしな」
ゲンジが深々と頷く。
「…しかし、アーニャ殿はここで待っていたほうがよいのでは?」
「嫌よ! 嫁の貞操がピンチなのに、指をくわえて待ってられないわ!」
蜂蜜色の髪を逆立たせながら、アーニャは声を荒立てる。
そんな彼女にミクが助け舟を出す。
「大丈夫じゃない? 危なくなったら、あたしが助けるしさ」
「ほう、珍しいな。御櫛笥がアーニャ殿を庇うなど」
「そう?」
ミクが桜柄の浴衣を靡かせる。
すると、アーニャがおぶさるように後ろから抱きついた。
「うぅ~、足手まといになってゴメンね、ミク」
「はいはい、まかせなさい」
抱きつかれているミクも、別段に嫌がる素振りをみせない。
そっと自然な動作でアーニャの頭を撫でている。
「…ふむ」
そんな2人を見ながら、ゲンジは呟く。
「…2人は仲が良いのだな。あれか? 『今日もユキも一緒に、3人でキャッハ、ウフフッ!』、みたいな感じなのか?」
「なっ!?」
空気を読まないゲンジの問いに、ミクが絶句する。
そんな無思慮な男に対して、誠士郎が注意するように声を荒らげた。
「源次郎! 今は作戦会議中なんですよ!」
くいっ、と眼鏡を押し上げる。
その顔は、どこまでも真面目だった。
「まったく。これから敵地に進むというのに緊張感が足りませんよ。…えーと、どこまで話しましたっけ? …そうです、3Pのときのユキりんの体位ですね。やはりここは、総受けが鉄板だと思うわけですが。両脇から美少女に責められるユキりんを妄想するだけで、ご飯が何杯も―」
「んな話、誰もしてねぇよ!」
ジンが珍しく苛立ちながら口を開いた。
「…なるほど。わかったぞ、誠士郎!」
突然、ゲンジが叫ぶ。
「次回のユキの美少女フィギュア製作は、『百合たちの秘密の園』にするべきだ! ユキを中心に、モブの美少女たちを並べてだな…」
「何を言っているのですか、まだ作戦の途中なのですよ。…なので、今すぐ宮殿の秘密工房に引き返して、設計図の着手をするべきかと」
「うむ、賛成だ! まずは、この国一番の造形師を呼ぶとして…」
「いいですね、いいですね! これは今日も徹夜で―」
「ユキーッ! 頼むから帰ってきてくれーッ! 俺じゃ、この馬鹿たちを止められねぇ!」
熱く語りだすゲンジと誠士郎を前に、銀色の人狼は屋敷に向かって雄叫びを上げた。
そんな光景を見て、ミクは溜息をつきながら。
準備運動するように、ぐるぐると肩を回していた―




