第18話「■■■■先輩…」
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「う、うん?」
目を開くと、そこに広がっているのは夕暮れの校庭だった。
赤い夕陽。
黄昏の空。
校舎も黄金色に染まり、放課後の緩やかな時間が流れている。
下校する人。
教室に残って話に華を咲かせる人。
図書室で黙々と勉強をする人。
遠くから響く吹奏楽の演奏が、少しだけ寂しげに聞こえてくる。
グラウンドには、部活に精を出している人で溢れていた。陸上部が外周を走っていると思えば、サッカー部が念入りにストレッチをしている。隣の野球グラウンドでは、坊主頭の野球部が声を出して練習に励んでいた。
…あれ? ウチの高校に野球グラウンドなんてあったっけ?
「あら、御影さんも帰るとこ?」
「よかったら、一緒に帰りませんか?」
頭を過ぎった疑問が、一瞬にして飛ばされる。
声をしたほうを振り返ると、クラスメイトの女の子が手を振っていた。
…えーと、名前は何ていうんだっけ?
「あー、御影さん。また、ボーとしてるよ」
「最近、多いよね」
「まぁまぁ。年頃の女の子は憂鬱になることがたくさんあってよ」
背の高いクラスメイトが皆を嗜めると。
今度はこちらを向いて、やんわりと微笑む。
「でも、悩んでしまうのもわかります。なんて、あの方の目に留まったのですから」
「…え」
…この人は。
…何のことを言っているんだ?
「あーあ。いいなぁ。私もあの方と、お近づきになりたいなぁ」
「無理無理。私達とは住む世界が違うって」
「そうね。せめて御影さんくらい可愛かったらね」
…可愛い。
…『私』が、可愛い?
「えっと、ごめんなさい。皆は何のことを言っているの?」
私はクラスメイトに尋ねると、彼女達はおかしそうに笑い出した。
「またまたぁ~」
「何を惚けてるの?」
「御影さんって、意外に天然系かな?」
気がついたら、女の子達に囲まれている。
前からも、横からも、後ろからも。
彼女達の声が響いてくる。
…頭が、くらくらする。
…意識が、朦朧としてくる。
「お昼に、あの方から誘いを受けていたではありませんか。放課後に、校舎裏に来て欲しいと」
「そう、だっけ?」
頭を軽く押さえながら必死に思い出そうとする。
そう言われてみれば、そうだったかもしれない。
「そうですよ。さぁ、あの方が待ってますよ」
「校舎裏だよ。早く行ってあげて」
「自分の足で行くことが大事なんだから。ちゃんと迎えに行くんですよ」
クラスメイトの背中を押されて、私は歩き出す。
…頭が、ボーとする。
…考えがまとまらない。それなのに、体が勝手に私を運んでいく。
…校舎裏。
…迎えに行く。
…あの方。
…それって、…ダレのこと?
いくつもの疑問に答えを出せないまま、私はただ歩き続ける。
そして、目的の校舎裏へとたどり着いた。
「ふふっ、待っていました」
ドキッ。
その声に、胸の鼓動が跳ね上がる。
「来てくれないのかと、心配になりましたよ」
校舎裏に佇む、1人の女性。
まるで絵画から抜け出したかのような美しさに、自然と目が奪われる。
大人びた立ち姿。
背が高く、すらりとした腰周り。
脚も長くて、豊満な胸が窮屈そうに制服を押し上げている。
そして、ピンク色に近い、撫子の髪。
風が吹くたびに、その髪は妖しい魅力を放っている。
…そうだ。
…私は、この人と出会うためにここに来たんだ。
「ご、ごめんなさい! 先輩を待たせちゃって!」
彼女の儚い表情を見て、慌てて言い訳をする。
「わ、私! 先輩に声をかけてられて、その、舞い上がっちゃったとかいうか! 本当は夢なんじゃなかなって! そんなことばかり考えて―」
考えるよりも早く、口から言葉が出る。
自分はどうしてこんなことを言っているのか?
そんなことすら、考えられなくなっていた。
「ふふっ、いい子ね。優紀は」
先輩は長い撫子色の髪をかき分けて、優しく微笑む。
その笑顔に、心が解けていく。
顔がどんどん熱くなり、胸の鼓動がいっそう早くなる。
どうして?
女の子同士、なのに?
どうして、こんなにもドキドキするの?
「…先輩ぃ。…わ、私。…私!」
「ふふっ。いいのよ、無理に言葉にしなくても」
先輩の細い指が、私に顎に触れた。
その瞬間。
体の力が抜けていった。
私の全てを、この先輩に委ねてしまいたい。
そんな欲望が、お腹の奥で疼き始める。
「ここに誘ったのは、私なのですから。優紀は力を抜いて、私の言葉だけ聴いていればいいの」
「…あぁ、先輩」
足元がおぼつかなくなる。
ふらふらになりながら、先輩の体にしがみつく。
そのとき、先輩から百合の花の香りがした。その香りを吸うたびに、思考が朦朧としていき、…自分を失っていく。
それが、異常なことだと気づくこともなく。
「…先輩。…あぁ、神無月先輩ぃ」
愛しいものを呼ぶような声は。
私の耳にさえ届かない…




