第17話「変えられていく、自分の中の■■」
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「…ふわぁ」
「おいおい、ユキ。ずいぶんと眠そうだな」
「うん。最近、寝ても寝ても疲れがとれなくてね」
時刻は昼の2時過ぎ。
ボクとジンは、いつもの軽食店で遅めの昼食をとっていた。
「寝ても疲れがとれない? そりゃアレだ。夜更かしに体が慣れて、しっかりと休むことのできない―」
「そんな話じゃないよ」
ボクは早々に、ジンの妄言を断ち切る。呆れた視線を送るが、彼は気にも留めない。
「そういうジンはどうなのさ?」
「あ? 何がだ?」
「…コトリと、…同棲してるんでしょ?」
ボクは恥ずかしくなりながら、小声で問いかける。
すると、ジンは店のカウンターに肘をついて、遠くを見つめだした。
「あ~。まぁ、なんと言うかな…」
珍しく歯切れの悪い回答。
しばらく待っていると、ジンはおもむろに口を開いた。
「クマノミと磯巾着の話、って知っているか?」
「クマノミ? 熱帯魚の?」
「あぁ。クマノミは外敵から身を守るために、磯巾着の中に隠れる。磯巾着の奴はクマノミがいるおかげで豊かな生活を送ることができる。つまりは、『共生』だ」
「はあ? それが?」
ジンは遠くを見たまま、こちらを見ようとはしない。
そっと目を細めて、ここにはないどこか遠くを見ているようだった。
「俺とコトリの関係が、まさに『共生』だ。共依存とも違う。お互いに独立しているんだよ。たまたま同じところに住んでいるだけで」
「…コトリが、そう言ったの?」
「いや。これは俺とコトリの間にある、ちょっとした約束みたいなものだ。あんま気にすんな」
そう言って、目の前のピザを丸めると、一口で胃袋に収めてしまう。
…気にすんな。
ジンがそう言うのであれば、必要以上に気にする必要はないのだろう。だけど。そのジンがあえて言葉にしたのは、彼なりの考えがあるはずだ。ボクは深くは追求せず、心の奥に仕舞っておくことにした。
「そういえば、学園祭の喫茶店は面白かったよねぇ!」
話題を変えるために、あえて明るい声を出す。
「はぁ? 突然、どうした?」
「だから学園祭だって。去年、皆で喫茶店をしたじゃない。あれは面白かったなぁ」
元の世界の楽しかった思い出で、会話に華を咲かせよう。
ボクは意気揚々と口にするも、ジンは怪訝な表情のままだった。
「…お前、何を言っているんだ?」
「だから、喫茶店―」
次のジンの言葉に、ボクは目を見開くことになる。
「俺ら、喫茶店なんてしてねぇだろ?」
「え?」
思わぬ回答に、頭が真っ白になる。
「俺は軽音楽部のライブで忙しかったし、クラスのほうも人数が集まらないからって、何もしなかっただろうが。覚えてないのか?」
「…」
言葉が、でなかった。
「それに学園祭なんて呼び方してなかったぞ。皆、普通に文化祭って呼んでたし、お前自身もそう言っていたじゃねぇか」
「…そ、そうだっけ」
喉から声を絞り出す。
平然を装うとするけど、心の焦りは治まりそうにない。
…ボクは、何を勘違いしていたんだ?
この世界で女の子になってから、元の世界のことは過去になりつつある。
それでも、ここまで酷い勘違いはしたことがない。記憶や思い出までも、別人のように変わってしまうのか。そんな恐怖が、ぞわりと忍び寄る。
「あ、あはは。ごめん。ちょっと勘違いしてた」
わざとらしく頭をかきながら、誘い笑いを浮かべる。
だが、ジンは真剣な目をして、こちらを見つめる。
「…なぁ、ユキ」
「な、なに?」
「…最近、誰かと会わなかったか?」
「え?」
ジンの問いかけに、その意味を図りかねる。
「誰かと会わなかったか、と聞いているんだ」
「誰かって。例えば?」
「例えば、…神無月先輩とか」
神無月先輩?
どうして、先輩の名前が出てくるんだ?
「…いや、会ってないよ」
「…そうか」
ジンはそれっきり黙りこんでしまう。
最近、ボクに限らず『十人委員会』や国の重鎮が襲われる、という事件が多発しているらしい。もしかして、その事件と神無月先輩が関係しているのか?
「…本当に、心当たりはないんだな?」
念を押すような問いに、ボクはしっかりと頷く。
「うん。神無月先輩とは会っていないし、怪しい出来事も1つもないよ」
嘘偽りなく、心の底から答えた。
それが、致命的な結果になるとも知らずに―




