第13話「私の嫁に…」
「…すみません。ちょっといいですか?」
「えっ!?」
突然、声をかけられた。
ボクは少しだけ驚きながら、声のするほうを見る。そこにいたのは、喫茶店の制服を着た男性店員だった。眼鏡をかけていて、真面目な好青年といった雰囲気だ。
男性店員なんていたかな、と少しだけ変に思ったけど。別におかしくないことに気がついて、深くは考えることはなかった。
「…なんでしょう」
ボクは少しだけ警戒しながら返事をする。すると店員も申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。先ほど、お連れの人から伝言を預かったのですが」
「アーニャから?」
「はい、そうです。『アーニャ様』からです」
店員はほっとした笑顔を見せながら、言葉を続けた。
「この店の路地裏に来てほしい、と伝えてほしいと言われましたもので」
ボクは思わず首を傾げる。
どうして、アーニャはそんなことを言うのだろうか。
「…本当に、アーニャがそう言ったの?」
「はい。確かに、『アーニャ様』からの伝言です。どうしてか、急いでいられたように見えましたが…」
店員はアーニャの名前を、何度も言いながら頷く。
どうしたのだろう?
何かあったのか?
「…わかったよ。この店の裏だよね」
「はい。私がご案内しますよ。さぁ、こちらへ」
店員の男性はボクに手を差し出すと、そのままエスコートするように路地裏へ案内をした。
この国の路地裏はどこもそうだが、薄暗く道も狭い。建物と建物の間に作られているため、太陽の光が届かない。昼間なのに、夜のように薄暗い。
「あちらです。そこを突き当たって右に曲がったところに、店の裏口があります」
店員に案内されるまま、ボクは路地裏を進んだ。真っ直ぐ突き当たりまで進んで、路地裏を右に曲がる。
「えっ?」
ボクは思わず困惑してしまった。
そこには何もなく、ただの行き止まりになっていた。
「…あの、これは」
ボクは後ろにいる店員に振り向いた。
その瞬間、冷たい何かが首筋に触れた。
「声を出さないでください」
店員はにこやかに笑っていた。
人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら、右手に持ったナイフを首に突きつけていた。
「ひっ、これって…」
わけがわからず混乱してしまう。
どうして、店員がボクにナイフを突きつけるのか?
「まだわからないのですか? 本当に金持ちたちはお気楽ですね。そのメイドも同じということですか」
「な、なにを言って」
「あなたはね、騙されたんですよ。私はあなたのお連れさまから伝言なんて受けていないし、そもそもこの店の店員ですらありません」
「で、でも制服が…」
「この店には、女性店員しかいませんよ」
店員のふりをしていた男は、余裕のある笑みを崩さない。
「もう一度だけ言いますが、声を出さないでください。そうすれば、命までは取りません」
男はナイフを首筋に当てたまま、全身を舐めるようにボクのことを見ていく。その様子に、言いようのない不安が生まれる。
「いい子ですね。じっとしていれば、何も怖くありませんよ」
「ひっ!」
小さな声を上げて顔を背けた。
体が男に触れられるのを拒絶してた。
「おやおや、いけませんよ。抵抗なんかしては」
…抵抗。
その言葉を聞いて、ボクは思い出した。
メイド服のスカートに隠してある暗器を。
『白虎』
二連発式の暗器銃。もし、この男に気づかれないように太ももに手を伸ばせたのなら、逃げ出せるかもしれない。
それにまだ試していないが、この世界にスキルや魔法があるのなら魔法銃士として習得した、ありとあらゆるスキルが使えるはず。それらのスキルを発動さえできれば、こんな男なんて一瞬で蹴散らせれる。
「…ん」
ボクは男から顔を背けながら、ゆっくりと太ももにある銃に手を伸ばす。スカートに触れて、そのまま少ずつ裾を持ち上げる。
「さぁ。いい子ですから。大人しくしてください」
男の手が体に触れた。
ぞわり、とした感覚が体中を駆け巡る。
「ひっ!」
言葉にならない嫌悪感に、反射的に男から体を背ける。
「いけませんよ、逃げては」
男は気づいていない。
白虎を引き抜いて、男に突きつければいい。
「むふふ。実に言い触り心地だ」
「んっ! い、いや!」
「嫌ではありません。こんな短いスカートを穿いていて、男を誘惑しているとしか思えません。あなたはいやらしい女なのです」
「ち、違う! そんなんじゃ!」
「むふふ。諦めなさい。こんな路地裏に助けなど―」
男が余裕ぶった笑みを浮かべる。
だが、次の瞬間。
突然の乱入者による膝蹴りで、男の笑顔がコメディ映画みたいに、…すごい形に歪んでいた。
「私の嫁に、ナニしてくれとんじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
男の体が宙に舞う。
そして、ボクの視界の端では。アーニャの蜂蜜色の髪が綺麗になびいていた。




