第13話「裏切り者のメンバー…」
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「あの兄弟が失敗したらしいな」
「ふむ、どうでもよいことだ。所詮は、使い捨ての駒に過ぎん」
「我ら『元老院』の名前を言わなければ問題はない」
「奴らとて、我らを敵にしたらどうなるか、わからんでもあるまい」
薄暗い豪華な部屋。
お互いの顔が見えないほど明かりを落とした会談場所で、『元老院』と呼ばれていた老人たちが、暗闇の中で密談を交わしている。
「さて、次はどのような手を打つべきか」
「やはり、王女の命を狙ったほうが得策ではないか?」
「くっ、忌まわしき小娘め。奴が戻ってきてから、ロクなことがなかったぞ」
「決まりであるな。次の標的は王女アリーシアである」
老人達はお互いの顔も見えないまま、納得したように頷きあう。
その時、異論を唱えるものがいた。
「…だけど、『十人委員会』の報復があったらどうするんだ?」
その問いに、老人たちは嘲笑する。
「何を今さら」
「我らに立てつく者など、いるわけがなかろう」
「以前も話した通り、我らには勝利の女神がついている」
「…女神?」
その人物は暗がりの中、首を傾げる。
「…その女神ってのは、誰だ?」
「何を言っているのだ。あの方に決まっておるだろう」
「ふはは、キュロス候も耄碌したか」
「むむっ。ワシはここにいるぞ? モラン殿であろう?」
「はあ? 私はこっちだ。てっきり、グラハム氏であると」
「え? 某はこちらだ。オルダム伯であろう、こんな白痴めいたことを言うのは」
「オルダム伯って、…去年、死んだよな」
老人達が言葉を失う。
お互いがよく見えない暗がりで、誰かが呟いた。
「っていうか、…1人多くね?」
瞬間。
部屋のカーテンが一気に開いた。
外からの光が差し込んで、老人たちを白日の下に晒す。
「ぐおっ! 眩しい!」
「目が! 目がーーーーっ!」
老人達がうろたえている中、その人物はゆっくりと部屋の真ん中へと歩いていく。
人狼族の男が、銀色の鬣を揺らして。
「さぁ、全て話してもらおうか。『元老院』のジジイども」
「ひぃ!」
「お、お前は『十人委員会』の!?」
悠然とテーブルに腰掛ける狼男に、老人達は焦り困惑する。
そんな元老院の歴々を見て、ジンは凶暴な笑みを浮かべる。
「俺は面倒が嫌いなんだ。単刀直入に聞くぜ。…お前らの言っている、女神って誰だ?」
威嚇するように、ギラッと鋭い牙が反射する。
「お前ら『元老院』は、王族にも匹敵する力を持っているはずだ。そんな奴らが後ろ盾にしているなんて、只者じゃねぇ。そうだろ?」
「…ぐっ」
「…この青二才が」
老人たちが苦虫を噛んだような表情になる。
中には、辺りをキョロキョロと見渡して、逃げ出そうとしている者もいた。
「悪いが、妙なことは考えないほうがいい。俺は現実主義者で、無駄が嫌いなタチだ。それに、ユキや姫さんと違って、優しくもない」
そう言って、近くにあった花瓶をそっと撫でる。
すると、まるで刃物で切られたかのように、花瓶が真っ二つになった。カランッ、と小さな音を立てて倒れる。
「言っている意味、わかるよな?」
ぞくっ!
老人達の背筋が凍りつく。
長生きした人間特有の臆病風が、その場を支配する。
…その時だった。
「…ふふ。相変わらず、仲間以外には手厳しいのですね」
豪華な部屋の奥。
大きなソファが置かれている場所から、その声が聞こえてきた。
若い女性の声だった。
「…そんな生き方では苦労も多いでしょうに。難儀な人ですね」
「…苦労かどうか決めるのは、あんたじゃない。この俺だ」
ジンは立ち上がると、ゆっくりと女性の方へ近づく。
「…久しぶりだな。神無月先輩」
「…ふふ」
ソファで横になっていた女性が、そっとジンを見つめる。
撫子色の長い髪。
エルフ族特有の尖った耳。
透き通るほどの薄いケープの下に、艶かしいほどの女性的な体。
弾けんばかりの胸の膨らみに、ほっそりとくびれた腰つき。
人を超えた美しさがそこにはあった。
「…久しぶりですね、陣ノ内君。3ヶ月ぶりかしら?」
妖艶な笑みを浮かべつつ、その女性は答えた。
『十人委員会』の『No.5』。
ギルド内の唯一の回復職『神官』にして、仲間達を後ろからサポートしてきた存在。
その名前は、神無月有栖。
《カナル・グランデ》では、『アリス』と名乗っていた。
「…ふふ、感動の再会だと言うのに、貴方はどうして敵意をむき出しにしているのです?」
「はっ! それはテメェの胸に聞いてな」
ジンが腰を落とし、戦闘態勢に入る。
「この世界で、好き勝手やるのは構わねぇ。だがな、仲間達に手を出そうってのは、どういうつもりだ?」
「…ふふ、そうですね」
ジンの問いに、アリスが答える。
「…欲しいものができた、とでも言いましょうか」
「は?」
「元の世界では、決して手に入らなかったものが、ここでは目の前にあるのです。もう私は、我慢できないんですよ」
「お前、何を言って―」
「わからないのですか? 私が欲しいのは、ただひとつ。…あの美しい、宝石のように輝く『彼女』だけ」
光悦な笑みを浮かべながら、アリスは自分の身体を抱きしめる。
「あぁ、早く傍に置いて、たっぷりと可愛がりたい。元の世界では逃がしましたが、この世界では必ず、私のものにしてみせますわ」
「…お前、まさかユキを」
舌打ちを鳴らして目を細める。
「じゃあ、なおさら逃がすわけにいかねぇな。仲間に危害を加える奴を放っておけねぇ」
「あら? 私は仲間でなくて?」
「仲間だよ。でもよ、…だからと言って、このまま見過ごせるか!」
ガッ!
ジンが動いた。
怒涛な地鳴りを響かせて、瞬時にアリスに迫った。
その姿は、まさに雷鳴の如し。
残光が尾を引いて、銀郎族の剛爪がアリスの柔肌を貫く。
…かのように見えた。
「なっ?」
戸惑いの声はジンのものだった。
突き出された右手が、硬く透明なものに弾かれたのだ。
ガンッ!
弾かれたときに飛び散ったのは、削られた氷の破片。
これは、氷の壁だ。
「…防御魔法、『氷陣の結界』か。…ってことは」
ジンが忌々しそうに、後ろを振り向く。
そこにいたのは、魔法使い風の男だった。地面に着くほどの長いローブを身に纏い、氷のような表情を浮かべている。
「…お前も一緒だったのか。碓氷」
ジンの問いかけに男は答えない。
手に持った大型の魔導杖からは、絶えず氷の結晶が湧き出ている。
『十人委員会』の『No.9』。
職業は『高位魔導師』で、主に氷魔法を得意としている。アリスと同じ後方からのサポートを担っている。
名前は、碓氷涼太。
《カナル・グランデ》では、『ウスイ』と呼んでいた。
「…」
碓氷涼太は言葉を話さない。
喋れないのではなく、喋ろうとしない。
無口で無愛想なコミュニティー障害。なぜか、アリスの傍にいることが多いのだが、ジンにはその心当たりがあった。
「ははっ、この世界でもパシリかよ。報われない片思いは切ないねぇ」
「…」
やはり何も言わない。
アリスを守るように展開された氷の壁が、彼の唯一の意思表示である。
「ふふ、そういうことですの」
氷の結界に守られたアリスが口を開く。
「悪いですが、ここは退かせて頂きます。いくら陣ノ内君とはいえ、『氷の魔導砲台』と呼ばれた碓氷涼太と戦う気はないでしょう?」
「…ちっ」
ジンが悔しそうに舌打ちをする。
碓氷には、《カナル・グランデ》での異名を持っていた。
それが、『氷の魔導砲台』。
氷属性の魔法に特化したステータスと、力尽きるまで魔法を唱え続ける戦闘スタイル。『継承システム』を繰り返してきた『十人委員会』だけあって、その瞬間火力は計り知れない。『固有職種』の高ステータスを持つジンでさえ、短期決戦での勝利は望めないほどに。
「…ふふ、それでは。いずれ近いうちに」
「…」
そう言って、アリスと碓氷は部屋から姿を消した。
後に残ったのは、苦虫を噛んだような表情を浮かべるジンと、部屋の片隅で震えている老人たちだけだったー




