第12話「長男、散るッ! 人のいない公衆トイレが呼んでいるぜ」
「トスルゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
長男が泣き叫びながら、次男の名前を口にする。
「おのれ! ガルマだけでなく、トスルまで! なんという卑劣な奴らだ!」
両手を握り締めて、石畳を何度も叩きつける。
思い返せば、自分はいつだって弟たちに救われてきた。作戦は考えはするものの、実行するのは健気な弟たち。危険なことを押し付けて、自分はいつだって安全な場所から見ているだけ。
果たして自分は、2人の弟に何かしてやれただろうか?
「くそうっ! こうなったら、私が引導を渡してやろう!」
見ていてくれ、2人とも。
兄は、逃げない!
「我が家宝である魔法石、『太陽の光束』の力を思い知るがよい!」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
我が忠勇なる弟たちよ。
今や、我が兄弟たちは、奴ら『十人委員会』によって姿を消した。決定的打撃を受けた我々に、いかほどの戦力が残っていようと、それは既に形骸である。
「あえて言おう、カスであると!」
魔法石を握り締めた右手を天へと突き立てる。
もはや作戦などない。
散っていった弟達のために、最後の特攻をかける。
それだけだ。
「この『太陽の光束』の輝きをもって、我らの正義を叩きつけてやる!」
手に持った山吹色の魔法石。
封じ込められた強大な魔法が、掌から滲み出ているようだ。
「ふはは、この魔力。圧倒的ではないか!」
冷笑を強める長男は、水路を行く舟へと視線を移す。
そこには目標である黒髪の少女が座っていた。
昼下がりのヴィクトリアは、日陰になる場所が多い。それが水路の上であれば、誰かに見られることなど皆無である。
「見よ、これぞ正義の証である! 『太陽の光束』、発射スタンバイ!」
魔法石を突き出して、舟に乗っている少女に狙いを定める。魔力が開放され、山吹色の魔法石が淡く光りだす。光が強くなり、封じられていた魔力が解き放たれようとしている。
まさに、その時だった。
「やめて、兄さん!」
突如、茶髪の少女が長男にしがみついたのだ。
「もう、やめて! これ以上、誰かを傷つけないで!」
「お、お前は! 我が妹!」
少女の顔を見て、長男に動揺が走る。
「我が妹よ。なぜここに!?」
「兄さんを止めるために決まってるじゃない! 兄さん、お願いだからもうやめて!」
涙ぐむ妹の懇願に、長男の冷笑に影がかかる。
「くっ、我が妹よ。この仕事はどうしても成功させなければならないのだ。わかってくれ」
「やめて! 私、知っているのよ。兄さん達が悪いことに手を染めているのは、全部私の学費のためだって!」
長男に衝撃が走る。
「な、なぜそのことを!」
「随分前から気がついていたわ。でも、どうしても言い出せなかった。学校で勉強したいし、兄さん達の期待を裏切りたくない。…でもね! やっぱり、ダメなのよ! こんな悪いことをして稼いだお金じゃ、学校なんていけない!」
妹が悔しそうに唇を噛む。
「…お前、そこまで」
「さぁ、兄さん! その石から手を離して!」
妹の切実な想いは、長男の心を激しく揺るがした。
これまで犯した罪の数々を思い出して、魔法石を持った手に迷いが生じる。
さっきまで、あれほど輝いていたのに。今は元々の山吹色の宝石に戻っていた。
「…そうだな。これからは真っ当な仕事を探そう。大丈夫さ。お前1人の面倒くらい、我ら兄弟が見てみせる」
そう言って、魔法石を石畳に放り投げる。
小さな光を反射させながら、妹の足元へと転がっていく。
「さぁ、帰ろうか。狭いけど暖かい我が家が待っている」
「そうね。…ふふ」
妹は微笑みながら、足元の魔法石を拾い上げる。
そして、躊躇なく長男へと突きつけた。
「なっ! どういうことだ、我が妹よ!」
魔法石は再び輝きを取り戻し、臨界点へと加速していく。
焦る長男。
だが、魔法石を持つ妹は笑みを崩さない。
「ふふ、兄さんも甘いですね」
「じょ、冗談はよせ!」
長男は冷や汗を噴出しながら顔を引きつらせる。
「な、なぜ? なぜこんなことを?」
「なぜって?」
妹は笑みを崩す。
そして、その奥に隠れた感情を剥き出しにする。
「当たり前でしょ、このクソ兄貴! ユキ様を狙う輩なんか、兄であっても死刑よ!」
「はあ!?」
「あぁ、愛しのユキ様! 貴女の親衛隊になれるなんて、こんなにも嬉しいことはありません! 今すぐ、この蚤虫野郎を始末してみせます!」
「し、親衛隊? 何を言っているんだ?」
「あぁ、兄さんは気にしないでください。こっちの話ですので。兄さんたちがやろうとしていることも、ユキ様の偽情報を教えたのも。全て、私がやったこと」
にっこりと微笑む。
妹の持つ魔法石が、急速に輝きだしていく。
「兄さん。せめてもの手向けです。あの世で愚兄たちと仲良くしててね」
「き、キシリ―」
瞬間。
長男の体が、光に包まれた。
魔法石から射出された『太陽の光束』が、その体を焼き尽くしていく。
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!」
焦げ臭い匂いが辺りを漂う。
後に残ったのは。
全身黒焦げになってピクピク痙攣している、哀れな兄の姿だった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「おうおう、すげー威力だな。刺客の男が丸焦げだぜ」
路地の影から1人の男が姿を現した。
銀色の鬣に、狼のような顔つき。『十人委員会』に所属する、銀郎族のジンであった。
ジンが黒焦げになった男を軽く蹴とばす。
「さて、と。俺はこいつから色々と聞かなくちゃな。…おい、聞こえてるんだろ?」
「う、うぅ…」
男の口からかすかな呻き声が漏れる。
「さぁ、話してもらうぜ。お前らに仕事を依頼した奴は誰だ?」
「…い、言うと思うか?」
「いんや。だから、これから尋問室へ連れて行くことにする」
「…ふふ、無駄なことを。この私が口を割るとでも―」
その時。
男は見てしまった。
ジンの後ろに立つ、赤い髪の少女の存在を。そして、そんな少女が従えている、…黒光りする筋肉の塊たちを。
『うほっ! いい男…』
『やらないか』
『俺はノンケでも構わず食っちまう男なんだぜ』
薄笑いを浮かべた男達が美味しそうに見つめている。
「ひぃぃっ!」
「それじゃ、後はよろしく。尋問室へ連れて行ってくれ」
そう言って指差す方向にあるのは。
人気のない公衆トイレであった。
出入り口には血の気を失った美青年が1人。お尻をむき出しにされたまま、虚空を見つめている。…末弟のカルマだった。
「は、話す! 全て話すから、やめてくれ!」
「ん? 却下だな。これまで犯罪を犯していた人間が、何の罰もなく無罪放免ってのは。…甘いよなぁ?」
にやり、とジンが同意を得るように笑う
そして数秒後。
この世で、最も悲痛な叫びが響き渡った。
「「ア、アーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」




