第11話「次弟、散るッ!」
「「カルマァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」」
長男と次男が、末弟の本名を叫ぶ。
遠くから見守ることしかできなかった2人は、悔しそうに拳を地面に叩きつける。
「くそうっ! 何て卑劣なことを!」
「あんなの人間の死に方ではないぞ!」
普段は冷静な長男でさえ、言葉を荒らげる。
「兄貴! このままでは俺の腹が治まらねぇ! 次は俺に行かせてくれ!」
「落ち着くのだ。このままお前がやられたのであれば、ガルマの死は無駄死にだぞ」
アゴに傷のある次男を、冷笑を浮かべる長男が諭す。
「大丈夫だ! 俺にだって策はある」
そう言って、大柄な次男があるものを取り出した。掌サイズの人形で、見てくれは二足歩行する緑色の人型人形だった。
「魔法石駆動の暗殺人形だ。こいつで食事に下剤を盛ってやるぜ」
「おぉ、これが」
感嘆する長男に、次男は自慢げに言った。
「戦いは、頭だよ。兄貴」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
太陽が高い。
時刻は正午。真夏の日照りが、ヴィクトリアの石畳を直に焼いていく。視界の遠くには陽炎が立ちこめて、人々は日陰を求め彷徨う。
「ふはは、いいぞ。夏はこうでなくてはなっ!」
顎に傷のある大柄な男が、路地の真ん中をのっそのっそと歩く。他の人が屋根や庇の下を選んで歩くので、路地の真ん中には誰もいない。直射日光をもろに浴びながら、汗を周囲に撒き散らす。
「さて、目標の小娘はどこにいった?」
ごつごつした大きな手をかざして、周囲を見渡す。末弟の情報によれば、この近くにいるはずなのだが…
「それじゃ、ユキ。あたしは寄るとこがあるから」
「うん。じゃあね、ミク」
細い路地の日陰から、黒髪の少女が手を振っていた。
どうやら友人と別れたところらしい。その友人のほうを見てみると、見覚えのある赤髪が目に入る。…弟の命運を散らした少女だった。
「ふはは、これは好都合だ」
あの赤髪の少女がいたのでは、目標の小娘に近づくことはできない。
…というか近づきたくない。あれは絶対に関わってはいけないタイプの人間だ。耳の奥では、今も弟の悲鳴が響いている。
大柄な次男はこそこそ隠れようとせず、そのまま堂々と目標の後を追った。のっしのっしと、誰もいない道の真ん中を歩いていく。
「むっ、あの店に入ったな」
次男は別段と急ぐ様子もなく、堂々とその店の前まで闊歩する。
店の窓から中を窺おうとするが、カーテンが掛かっていて見ることはできない。
どうしたものかと考えていると、店の横にある細い路地が目に入った。
「むむっ。服屋のようだな。……お、あそこから店の裏口へと行けるのか」
次男はその巨体を揺らしながら、路地へと体を滑らせる。なんとか前に進んで、水路に突き当たったところに、目的のものを見つけた。
「見つけたぞ。裏口だ」
男は迷うことなく裏口を開けようとするが、鍵が掛かっているのか扉は開かなかった。
どうしたらいいのか、と悩んでいると店の中から声が聞こえてきた。どうやら、カーテンのかかっている窓がわずかに開いているようだ。
「…さすが、ユキさん。何を着ても似合いますね」
「…もう。調子のいいことばっかり言わないでくださいよ」
「…そんなことありませんよ。あぁ、私はユキさんくらい肌が綺麗だったらなぁ。皆さんが『十人委員会』の銃舞姫って呼ぶ理由がわかります。…本当に、お姫様みたい」
中から聞こえたのは、年頃の少女の会話。目標の小娘と、店の店員に違いあるまい。
少女達の会話を聞きながら、次男は含み笑いを浮かべる。
「ふはは。姫とはいい御身分だな。だが、その栄光もこれまでよっ!」
男はポケットに手を入れると、緑色の暗殺人形を取り出す。
「行けっ! あの小娘を命を奪うのだ!」
掌サイズの人形は、次男の声とともに命が吹き込まれる。そして、窓の隙間から放り入れると、緑色の人形はそそくさと物陰に隠れていった。
「ふふは。こいつには下剤や睡眠薬の他にも、あらゆるものが仕込まれているのだ。もはや、死角はない」
男はにやりと笑った。
そっと壁に耳を当てて、中の様子を窺う」
「…これなんかどうです?」
「…えー、ちょっと派手じゃない?」
「…そんなことありませんよ! とっても可愛いですぅ!」
少女たちの声はすれど、カーテンのせいでどこにいるかわからない。
仕方ない。一度、手元に戻すか。次男の指示どおりに、二足歩行の人形はカーテンを少しずつ開けていく。
…ふん。何が『十人委員会』の姫だ。馬鹿馬鹿しい。
悪態をつきなががら、カーテンが開かれるのを待つ。
そして、店内の光景を見た。その瞬間―
「んなっ!?」
次男の目が飛び出ていた。
「可愛い! 絶対に似合ってますって、その下着!」
「そ、そう?」
「えぇ、もちろん! 雪のように白い肌が、より強調されていますよ!」
男の目に映ったのは。
黒髪の少女の下着姿だった。
黒い下着に抱えられて、魅惑的な刺激を放っている。透き通るほどの白い肌に、幼い顔には似合わない豊かな双丘。とても、年端のいかない娘とは思えない育ちの良さだった。
「…し、白い悪魔だ」
男は腰をもじもじさせながら呟く。
外から見ているものがいるとは知らず、黒髪の少女は言われるがまま様々なポーズを取る。その度に、柔らかそうな膨らみが形を変えていく。
ぷるんっ。
ぷるるん。
揺れるたびに、男は悶え苦しむ。
「…なっ! ええいっ、『十人委員会』の姫は化け物か!」
次男は、目を血走らせながら食い入るように見つめる。
女っ気がなく、手さえつないだ事のない次男にとって刺激が強すぎた。
「…ぐっ。こんな卑怯な手に、俺は屈したりせんぞ!」
男は視線をそらさない。
汗まみれの大男が、窓にかぶりついて少女の下着姿をガン見していた。
鼻息が荒い。
飛び出した眼球は血走り、口からは涎が垂れ始める。部屋の隅では、緑色の暗殺人形が無言のまま転がっていた。
「…ねぇ、なんて声がしなかった?」
「はっ!」
我に返った男は、急いで窓から離れる。
…危なかった。
このままでは依頼を完遂させるどころか、奴の巧妙な罠に貶められるところであった。
よし、見つかるまえに脱出しよう。
次男はその巨体を揺らしながら、ゆっくりと後ずさりする。
その時である。
「…ん?」
何かが、背中に当たった。
そして振り向いた瞬間。
男の顔が真っ青となる。
「さて。…下着専門店の裏口で、この男は何をしていると思いますか。源次郎?」
「ふむ。店内にユキがいるのは偶然ではないだろうな。誠士郎よ」
次男の後ろに立っていたのは。
この国の警備隊隊長のオーガ族と、『十人委員会』の代表補佐の青年であった。悪党たちの間でも、戦っても絶対に勝てない相手だと。とくに評判の悪い、凄腕の戦士たちだ。
「ひっ! お前らは『十人委員会』の!」
次男の巨体から、冷や汗が滲み出す。
「おや? 僕たちのことを知っているようですよ」
「我らの顔も知られてきたわけだな。そうなると、今回のように危険なことも増えてくるというわけだな、誠士郎よ?」
「その通りです。僕たちがユキりんの後をつけていて正解でしたね。決して、彼女の美少女フィギュアを作るために正確な3サイズが知りたくて、後を追っていたわけではありません!」
「そうだな! ユキの下着姿を覗くためにこの路地裏に来たわけでは、断じてない!」
腕を組んで見下ろしている2人組み。
…どうしてか、この2人からは自分と同じ匂いがした。犯罪者の匂いだった。
「さて、それではこの覗き魔に正義の鉄槌を食らわしましょう」
「うむ。こんな漢の風上にも置けない奴、成敗してくれるわっ!」
いきり立つ2人の男。
男は激しく混乱しながらも、なんとか逃げ出す方法を考える。
そして、思いついた。
「…はっ、そうだ。店の中にある暗殺人形を使えば!」
次男は素早く身を翻し、店の窓に手をかける。
バンッ、と力ずくで窓を全開にされて、カーテンを引きちぎった。
…が、その時だ。
「え?」
戸惑いの声は、店の中から聞こえた。
可愛らしい少女の声だった。
「な、なななな!」
長い黒髪に、漆黒の下着。
それ以外には何もつけていない。
恥ずかしさに顔を真っ赤にさせて、言葉にならない声を出している。必死に両手で胸を隠して、体を固まらせている。そんな半裸姿の美少女が、男達を見て目を丸くさせていた。
「おっ、ユキ。ちょうど良い。この不埒者が、お前の下着姿を覗いていたぞ」
「よかったですね。ほら、この通り。僕たちがしっかりと確保しましたから」
オーガ族の男と、眼鏡をかけた男が自信満々に胸を張る。
「そういうわけだから、お前は気にせず買い物を続けるといい」
「お礼なんかは要りませんよ。でも、よかったら3サイズを教えていただけると嬉いので―」
カチン、という音が黒髪の少女から聞こえた。
そして、その刹那の間に。
3人の男は、大運河の底へと沈められていた。
「…ごぼごぼごぼ、…なぜ?」
「…ごぼごぼごぼ、…解せぬ」
「…」
顎に傷のある大男は、何も言わなかった。
死人のように体の力を失い、白目をむいたまま、水面をぷかぷかと浮いている。
そして、そのまま。
母なる大海へと還っていくのだった―




