第10話「闇の仕事人の末弟、散るッ!」
…作戦は完璧だ。
美男子の末弟は物陰に隠れながら時計を見る。
現在9時55分。
情報によれば、目標である『十人委員会』の姫は。10時ちょうどに、この路地を出て雑貨屋に立ち寄ることになっている。
狙うのは、その瞬間。
目標が店内に入ろうとした時に、背後から襲う。ナイフをちらつかせ動きを封じている間に、兄上達が目標を誘拐する。まさに非の打ち所のない、完璧な作戦だ。
「…落ち着け。落ち着くんだ」
額に汗を滲ませながら、手に持ったナイフを握り直す。
…焦ってはダメだ。
…作戦は完璧なんだ。
…10時になったら、この路地を出て右に曲がる。
時計の秒針がゆっくりと回っていく。
そして、頂上にたどり着き、10時を指した瞬間。
「うぉぉぉぉ!」
細い路地を駆け抜けて、明るい場所へと飛び出す。
唸る筋肉。
迸る汗。
手にナイフを握り締め、男は高らかに叫ぶ。
「『十人委員会』の姫よ! 覚悟しろっ!」
まっすぐ雑貨屋へと突き進む。
その古風な玄関が目の前に迫った、その時。
男は、…立ち止まった。
「…あれ?」
困惑するような独り言。
目の前にある雑貨屋の玄関にあったのは。
本日休業、の看板だけであった。
「…休み、…だと」
男の背筋が、さぁと凍りつく。
…ば、バカな!
…完璧だと思っていた作戦に、こんな落とし穴があったなんて。
男は混乱する。
全身から冷や汗を噴出しながら、どうしたらいいのかと悩み出す、そんな時だ。
彼女たちの声が、聞こえてきた。
「あ~、残念だったなぁ~。まさか、お店が休みだったなんて」
「ユキってば、そんなに落ち込まなくてもいいじゃん。また来ればさ」
「む~。ミクはそう言うけどさ。売り切れちゃうかもしれないし、なんか落ち着かないよ~」
男の背後に、目標である黒髪の少女たちが近づいてきていた。
「(う、後ろだとぉぉぉ!)」
その表情に深刻さが増していく。
顔中、汗まみれになりながら、眼球がぐるぐる回っている。
…まさか、情報が間違っていたというのか! この私を謀るために流されたデマだというのか!? このままでは、不味い! なんとしても離脱しなければ!
男は平然を装いながら、そっとナイフを服の下に隠す。
そして、通行人に成りすますために口笛を吹く。
引きつった笑みを浮かべながら、怪しい足取りで離脱しようとする。口笛を吹いて、スキップすれば。それはもう、立派な通行人だろう。そうだろう?!
「ねぇ、見てよ。あの人」
「笑いながら口笛吹いてスキップしてる。…なんか、キモいんだけど」
黒髪の少女と、赤髪の少女が、白い視線向けて指をさす。
…なぜだ!
…なぜ、注目を集めてしまう!
男の冷や汗は止まらない。
そして、その瞬間が来てしまった。
「あっ…」
カラン、と小さな音がした。
汗ばんだ指の隙間からで、ナイフが無情にも零れ落ちた。
…やってしまった!
…吹けもしない口笛に夢中で、ナイフを隠していることを忘れていた!
「ん? あのナイフって…」
「あいつの服の下から出てきたよな?」
少女達が不審な顔を浮かべる。
…。
……。
……こうなったら。
男は覚悟を決めた。
体を180度反転させて、目標へと姿勢を向ける。
そして、地面に落ちたナイフを手に取ると、…彼女たちに向かって走りだしたのだ。
「う、うぉぉぉ!」
両手にナイフを握り締め、目標の黒髪の少女へと迫る。
反射する刃。
男は必死の形相を浮かべながら叫び続ける。こうなったら、もはや自爆特攻しか残されていなかった。
「私とて、闇の仕事人の末弟だ! 無駄死にはしない! 『十人委員会』の姫よ、かくご―」
ナイフの刃が黒髪の少女に届こうかという寸前。
ドコッ、という鈍い音がして。
男の体が、…宙を舞った。
「ぐはっ!?」
真上に蹴り上げられた男が嗚咽をはく。
視界をぐるぐる回しながら、長い滞空時間を挟んで、地面へと落ちていく。
「がっ! …いったい、なにが」
男は顔を歪めながら辺りを見渡す。
その時に見えたものは、…風になびく真っ赤な髪の少女だった。
「えーと、勢いで蹴っちゃったけど。あんたはユキを狙う輩ってことでいいんだよね」
「…な、なんのことだ」
「ふぅん、しらばくれるんだ。こんなナイフなんか持っててさ」
赤髪の少女が、地面に落ちたナイフを手に取る。
「まぁ。話すつもりがないなら、体に直接聞くことになるけど?」
「ふん、拷問か。やれるものならやってみるがいい。私とて、闇の仕事人。そんな脅しには屈するものか!」
男は勇ましく言い放つ。
そんな男を前に、赤髪の少女が面倒そうに口を開く。
「あっ、そう。それじゃ遠慮なく」
少女が懐に手を入れる。
そして、紙片を2、3枚掴むと、宙へ放り投げる。
「…式神召喚。【男喰い・参式】」
極短文の詠唱式。
そして、『人形魔法』特有の『式紙』からの召喚技法。
わずかな白塵から姿を現したのは、…ガチムチの男だった。
人数は3人。
真っ黒に焼けた肌に、光り輝くスキンヘッド。上半身の服を脱ぎ捨てて、呼吸するたびに筋肉がピクピクと震える。
その不気味な笑顔の上に、人形魔法で使用した『式紙』が貼られている。
右から順に―
『ウホッ! いい男…』
『やらないか』
『俺はノンケでも構わず食っちまう男なんだぜ』
…と書いてあった。
「じゃあ遠慮なく、体に聞いてあげるわ。…てめぇの肛門括約筋になっ!」
「ひぃっ!」
…ぞわっ。
男の尻の穴が一瞬にして凍りつく。
これからナニをされるのか、…考えただけでも頭がおかしくなりそうだった。
「や、やめろ…」
「もう遅い。さぁ、誰もいない公衆トイレがあんたを呼んでいるわ」
「やめてくれ! 行きたくない、行きたくないよ!」
懇願する美男子の末弟。
だが、黒光りする男達は容赦しない。そのまま末弟を抱え込むと、手近な公衆トイレへと連れ込んでしまった。
「た、助けてくれっ!」
末弟の悲鳴が虚しく響き渡る。
その数秒後。
美男子の末弟は、…大切なものを失った。
「アッ、アーーーーーーーーーーーッ!」




