第6話「ユキりん美少女フィギュア化、第三弾」
…まずは、サンマルコ広場に向かおう。
私は波音を鳴らしながら、ヴィクトリア宮殿へと歩を進めた。
いつもは人とすれ違うのも大変な細い路地も、さすがに今日は人がほとんどいない。たまにすれ違うのは、舟ではしゃぐ子供達や、私のことを不思議そうに見つめる海鳥くらいだ。
「わぁ~、視界がいつもより高いなぁ~」
私が歩いている路地も、1メートルくらいは海に浸かっている。その上を歩いているせいか、馴染み始めたこの世界の景色も、まるで違って見えてくる。
「とうちゃ~く。サンマルコ広場だ~」
意味もなくバンザイをしてしまう。その際、ワンピースの裾が海面に濡れてしまったが、まったく気にならない。
それくらい、海に浸かったサンマルコ広場は壮観であった。
広場を覆う水面が、周りを囲う建物を映し出し、その虚画に太陽の光が降り注ぐ。
「うん、絶景かな!」
濡れてしまった裾を握り締め、再び歩き出す。広場の入口にある時計塔を通り過ぎて、ヴィクトリア宮殿を目指す。この時計塔は、先月の海龍王との戦いで半壊してしまったが、ヴィクトリアの有志の力によって、驚異的な速さで再建されていた。
最近では、建築関係の組合からの視線が厳しくなっている気がする。月イチのペースで時計塔を壊しているので、仕方ないのかもしれないけど。このままだと、『十人委員会が出てくると必ず時計塔が崩壊する』、というジンクスになりかねない。今月は、時計塔を壊さないように気をつけよう。
「むっ、ユキではないか?」
呼びかけられて、声のするほうへ視線を向ける。
ヴィクトリア宮殿の3階。普段、『十人委員会』の会議をする部屋のバルコニーから、2人の男が手を振っていた。
赤褐色の肌に、強靭な肉体。額に短い角を生やしたオーガ族。その隣にいるのが、眼鏡を掛けた理知的な青年。書類を片手に澄ました表情を浮かべている。
「おはよ~ございま~す。ゲンジ先輩、誠士郎先輩」
そこにいたのは、元の世界の仲間。
『十人委員会』のメンバーである、ゲンジ先輩と誠士郎先輩だった。
「先輩たちは、今日も仕事ですか~っ?」
「うむ、そんなところだ。議論が白熱して徹夜になってしまったのだ」
仰々しく頷くゲンジ先輩と、静かに眼鏡を押し上げる誠士郎先輩。
ゲンジ先輩はこの国の警備隊長を兼任していて、誠士郎先輩は『十人委員会』の代表補佐をしてもらっている。
まさに、『動』と『静』。
この2人なしに、異世界でこれほど穏やかな生活を送ることはできなかっただろう。
私が最も信頼している先輩達だ。
「時に、ユキよ。今日は一段と可憐な装いだが、これからどこかに行くのか?」
「うん。散歩っ!」
「そうか。では、しばらくそこで待っていてくれ。…おい、誠士郎」
「なんですか、源次郎」
ゲンジ先輩のことを名前で呼ぶ誠士郎先輩が、いつになく真剣な表情を浮かべている。
「…どう思う?」
「…どうもこうもありません」
カッ、と眼鏡が輝く。
「素晴らしい、百点満点です! 純白のワンピースに麦わら帽子! さらには裸足というのが高ポイント! ユキりんの黒髪ロングがより一層映えて、これ以上にないくらい萌々です!」
「うむ! さすがだ、誠士郎! 我も同じことを思っていたところだ! 我らのツボを完璧に押さえているとしか言いようがない!」
「えぇ、その通り! どうでしょうか? ユキりん美少女フィギュア化の第三弾は、『真夏のワンピース』でいくのは?」
「ふははっ、まさに天啓! 昨日から徹夜で議論していたのが馬鹿馬鹿しく思えるわ! …そうと決まれば!」
ギロリッ、と鋭い眼差しが私を捉える。
「ユキよ! 今からこの国一番の造型師を呼ぶ! その場で10時間ほど待機していてくれ!」
「できればワンピースの裾をもっと持ち上げて。もっと、えちえちなポーズを要求します! 見えそうなギリギリのところまで! どうかお願いします!」
血走った目で豪語するゲンジ先輩と誠士郎先輩。
そんな2人を見ながら、私は密かに舌打ちをする。
「…ちっ、クズが」
汚物を見るような視線を送ると、なぜか2人のテンションが更に上がっていった。
「あぁ~、その突き刺さるような視線。僕の心が打ち砕かれそうですよ」
「奇遇だな! 我も同じことを思っていたぞ!」
…本当に、打ち砕かれればいいのに。
…手ぶらで来るんじゃなかった。普段なら、何の迷いもなく眉間に鉛弾をぶち込んでいたのだけど。
「…悪いですけど、もう行きますよ」
銃を持っていないこの状況では、2人の妄言を止めることはできない。仕方なく自分から去って、2人の視姦から身を守ることにしよう。
「あっ、待ってください! 最後のお願いです!」
誠士郎先輩がバルコニーから身を乗り出して、必死に叫ぶ。
「ユキりん、今日のパンツは何色ですかっ! フィギュア作成にはどうしても必要なことなんですっ!」
「うむ、そうだっ! 男の浪漫は全てそこに詰まっているのだ! 恥ずかしがらず言ってみろ! 白か! 水色の縞々か! 黒でも、我は大いにけっこ―」
瞬間。
私は風になった。
自分でも驚くほどの速度で宮殿の壁を駆け上がると、妄言を吐き続けるゴミたちに鉄槌を下す。
「ぬおぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
疾風のような蹴撃。
無様に飛んでいく2つのゴミ。
そのまま真っ直ぐ時計塔へと向かい、…そして、突き刺さった。
ゴォンッ…
新しく立て直したばかりの時計塔に、汚い蝿が二匹ほどへばりついている。
その衝撃は凄まじく、時計塔はわずかに傾き、止まった。
「死ね! 男なんて死んでしまえっ!」
考えられる最悪の罵詈雑言を吐き捨てて、バルコニーから身を降ろす。
最後に、バカとアホの片割れが持っていた書類。『ユキりん美少女フィギュア化、第三弾』を握り潰して、遥かな海へと放り投げた―




