第4話「夏の風物詩。アクア・アルタ」
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海の音が聞こえる。
引いては返す、優しい波音。
潮風と海鳥の囀り。
そんな海の息吹が、柔らかく包み込んでいる。
ヴィクトリアは干潟を埋め立てて造られた国だから、海が身近にあるのは当然だ。それにしても、今日はいつになく海を身近に感じる。
チャプ、チャプ。
チャプ、チャプ。
寝起きの微睡みの中、そっと目を開ける。
澄んだ空気。
心地よい涼風。
太陽は青空に輝いているのに、昨日までの酷暑は微塵もない。
チャプ、チャプ。
チャプ、チャプ。
それになんだろう。
この穏やかな波の音は。
まるで、海に包まれているようだ。
「…ん」
太陽の光に目を擦りながら、窓の方へと視線を向ける。
昨夜から開け放たれている窓からの景色を見て―
「…は?」
眠気が消し飛んだ。
家の壁と、路地しか見えない風景が、…海に沈んでいた。
「…っ」
ガバッと、跳ね起きる。
そして、窓枠から乗り出す勢いで外の風景を見つめた。
何度、目を擦っても見間違いはない。
いつも通っている細い路地が、水面に覆い尽くされていた。
チャプチャプと優しい音色を奏でながら、キラキラと太陽に美しく反射する。
「っ! …空を駆けろ、【エアリアルドライブ】!」
空中移動のスキルを発動させながら、3階の窓辺から飛び出した。
そして、そのままアパートの壁を垂直に駆け抜けて、一気に屋上を目指す。
タンッ。
5階建てのアパートの屋上。
赤レンガの屋根を踏みしめながら見える景色に、言葉を失う。
「…うそ」
運河と水路を敷き詰めた国。細い路地が迷路のように入り組んでおり、宮殿の前には荘厳なサンマルコ広場が佇んでいる。海洋国家ヴィクトリアを象徴するその全てが、…海に覆われていた。
国中に波の音色が満ちて、太陽の輝きを受けて燦然と輝く。
普段は薄暗い路地裏も、光の届かない水路も。
わずかな曇りもなく、きらきらと煌く。
その景色は、本当に―
「…すごい」
泣きたくなるほど、美しかった。




