第2話「夏になっていた…」
「あ~つ~い~」
茹だるような陽気の中、気の抜けた声が部屋に響く。
燦燦と輝く太陽。
開けっ放しの窓。
生ぬるい風。
外から聞こえてくるのは、喧しいほどの蝉の鳴き声。
汗ばんだ背中が気持ち悪くて、何度となく寝返りを打つも、すぐにベッドに触れている肌から汗がしみ出てくる。
「あ~つ~い~よ~」
「…ユキ。わかったから静かにして。余計に暑くなる」
そう言われて、ボクは仕方なく黙ることにする。
ボクの名前は御影優紀。皆からは『ユキ』と呼ばれている。
「でも、あついよ~」
だが、すぐに黙っていることに耐えられず、勢いをつけて起き上がる。汗ばんだ長い黒髪が舞い上がり、薄手のワンピースがひらひらと揺れる。寝巻きに使っているネルのワンピースで、飾り気のない麻色。その下には、下着しか身に着けていない。
「ねぇ~、ミク。なんとかしてよ~」
「…無茶を言わないでよ。あと、パンツ見えてる」
声の主は行儀悪くイスに跨って、背もたれに肘をのせている。燃えるような真っ赤な髪は、活発な彼女らしく無理やり束ねている。
彼女の名前は御櫛笥青葉。ボクたちは頭文字を取って『ミク』と呼んでいる。元の世界の友達で、世界最強のギルド『十人委員会』の『No.6』でもある。
ボクたちが、このオンラインRPG 《カナル・グランデ》にそっくりな異世界、『ヴィクトリア』に来てから、3ヶ月が経とうとしていた。この世界に来たのが5月の始めであるから、もうすぐ8月ということになる。
…夏になっていた。
「なんでこの国は海が近いのに、こんなにも暑いのよ…」
ミクが呆れるようにため息をつく。
そんなミクの格好は、ボクより軽装だった。風通しの良さそうなタンクトップにハーフパンツ。行動派のミクには抜群に似合うのだが、決して外には出歩けないような装いだった。
「あ~、朝方の走っている時間が一番過ごしやすいな~。もう全部脱いで、全裸で過ごしたいよ」
「ミク~。女の子として、それはどうかな~」
ボクは額に貼りついた長い髪を剥がすと、じとっと彼女を見つめる。
「部屋にはボクもいるんだよ~。人目があるんだから、そのへんは大事にしないと~」
「あー、一緒に暮らしているんだし、別に恥ずかしくもないんだけどな」
「しっかりしてよね~。ボクは男なんだから~」
「はいはい。そんなこと言うなら、自分の姿をもう一度確認しなさいって」
そう言って、ミクが開け放たれた窓ガラスを指差す。
反射されて映っている自分の姿を見て、ボクは目をじとっと細める。
柔らかそうな胸の双丘。
服の上から醸し出される優雅な曲線。
長い黒髪に、漆黒の瞳。
整った顔立ちは大人びていて、幼くも見える。
…この世界でボクは、女の子として生きていた。
「そんな乙女座りで言われても、説得力の欠片もないっての。男としてのプライドはどこにいったの?」
「うぅ~。そんなの暑さで解けて消えた~」
慣れた手つきで黒髪をかき分けると、そのままベッドにごろんと横になる。行儀悪そうに見えても、ワンピースの裾はしっかり掴んでいて、足を崩すことはない。
「だって暑いんだも~ん。気を引き締めて男のフリなんてしたくないよ~」
「はぁ。そんなこと言って、元の世界に戻ったらどうする気なのよ?」
ミクの小言に、ボクはさらに目を細める。
「…帰れるのかな。…元の世界に」
「はぁ?」
「…だって、もう3ヶ月も経ってるんだよ。元の世界に帰る手がかりは見つからないし、向こうの世界がどうなっているかわかんないしさぁ」
ため息をつきながら、黒髪の毛先を弄ぶ。
「…このままこの世界で、…生きていくしかないのかなぁ」
小さな呟きは、蝉の囀りにかき消される。
そんなボクに、ミクは呆れたように口を開く。
「なにを弱気になってるのよ。『十人委員会』のメンバーだって、残りはあと3人じゃない。全員が集まって、それでも何もできなかったら存分にヘコみなさい」
オンラインRPG 《カナル・グランデ》。
そのゲームの中で世界最強と呼ばれた『十人委員会』。高校の部長達で結成されたそのギルドメンバーも、おおかた再会を果たしていた。
『No.2』のボク。銃舞姫と呼ばれた『魔法銃士』であり、ギルドマスターも代行している。。
『No.3』のゲンジ先輩。圧倒的な前衛ステータスを誇る『狂戦士』。
『No.4』のジン。俊敏性と攻撃力を備え持つ人狼族の希少種『銀狼族』。
『No.6』のミク。人形魔法を操る『人形使い』。前衛を張れるステータスも持つ
『No.7』のコトリ。世界を滅ぼす古竜すら召喚して使役する『召喚師』。
『No.8』の誠士郎先輩。ギルドの中で最高の防御力を持つ、鉄壁の『守護騎士』。
あとは、合流していないけど連絡を取っている生徒会長を含めれば、ここにいるメンバーは7人。
見つかっていないメンバーは3人だけだった―




