第51話「朝まで寝させないから。ガンバってね♪」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「何やってるの、あなた達はっ!?」
ゴンッ!
ゴンッ!
アーニャの怒声と共に、硬い拳骨が2人に振り下ろさせる。
「ようやく執務から開放されて、ここに戻ってきたと思ったら。ユキとミクが喧嘩しているって言うじゃない! 一体、どういうつもりよ!」
「いや、これにはちゃんとした理由が―」
ゴンッ!
最後まで言い切らない内に、再び拳骨が落ちてきた。
正直、痛い。
手加減抜きの本気だ。
「人の話は最後まで聞きなさい」
「…はい」
アーニャの威圧的な空気に押され、しゅんと背中を丸める。
サンマルコ広場の隅っこ。
人通りがそれなりに激しく、子供達の視線も集める中。
ボクとミクは、地面に正座させられていた。
「まったく! 女の喧嘩で、どうしてそこまで重傷になるのよ! ユキの腕なんかヘシ折れているし、顔の痣なんか酷いじゃない! どうせ肋骨とが、バキバキに折れているんでしょ!」
「…すみません」
「…」
見透かされているようで何もいえない。
もうじき30分。
アーニャの説教が永延と続いていた。
「いいこと! もう、喧嘩しちゃダメだからね! ユキも、ミクも。何かあったら、ちゃんと話し合うこと! 拳で語り合うなんて、女の子のやることじゃありません!」
「…はい」
「…」
ミクが黙ったまま俯いていると、アーニャがギロリを目を吊り上げる。
「ミク、返事は!」
「…ちっ、わかってる―」
「あ゛ん!?」
射殺さんばかりの目つきで、脅しにかかる。
ガシッ、っと見事なアイアンクローを決めて、無理やりにでも顔を持ち上げる。そのあまりにも凶悪な気配に、元不良のミクでさえビクビクと脅えだすほど。
「…わ、わかりましたぁ~」
あ、泣いちゃいそうだ。
半泣きになっているミクは、それはそれで可愛いかった。
「はぁ~、まったく」
ここまでして、ようやくアーニャが肩の力を抜いた。
やれやれと溜息を零しながら、両手をボクとミクへ差し出す。
瞬間。
淡い光が、ボクたちを包み込んだ。
足元には幾何学的な紋様と、解読不明の文字の羅列。丸く描かれているそれは、魔法を行使するための詠唱技法。
それはこの国の王族にしか使えない、回復魔法の魔法陣。
今では、王女であるアーニャのみが使える魔法であった。
「いっとくけど、治すのは重傷のとこと、顔だけだからね。小さな傷は自力で治しなさい」
「うん。ありがとうね、アーニャ」
右腕の感覚が戻ってくる。
逆に痛みも戻ってきてしまうが、少しの間だから我慢しないと。
「…あたしは別にいいのに」
ミクが不服そうに呟くと、アーニャがぴしゃりと言い放つ。
「よくない。ミクは女の子でしょ。もっと自分を大切にしないと」
「…そう、かな」
珍しく素直に頷くミク。
そして、しばらく考えた後、アーニャへと顔を上げる。
「…なぁ。あんたに言わなくちゃいけないことがあるんだけど」
「ん? なに?」
ミクの問いかけに、アーニャが小首を傾げる。
少しだけ、沈黙がおりる。
息を整えるように。ミクは深呼吸を繰り返す。
そして、おもむろに口を開く。
「あたし、ユキのことが好きだ。ここに来る前からずっと、ユキが好きだった」
その言葉に迷いはない。
しっかりとした口調で告げる。
「だから、…その、…ごめん」
自分が恋敵になってしまった。
そのことについての謝罪だったのだろう。
…だけど。
「え? 今さら何を言っているの? そんなの、とっくに気づいていたよ?」
さも当然かのように答えられてしまった。
「てか、気づかれてないと思っていたほうがビックリだよ。私の中では、素直になれないミクのせいで三角関係が進まないとばかり…」
「は?」
ミクの空いた口が塞がらない。
そう言うボクも、少しだけ驚いている。
「でも、これでよかったね! 私もユキが好きで、ミクもユキが好き! ユキが私達を好きになってくれれば、三角関係でいがみ合うこともない! 女の子3人で仲良く暮らしましょう!」
「ちょ、ちょっと待てよ! あたしは別に、そういう関係を望んでいるわけじゃ―」
「ちっちっち。甘い甘い。今のユキが好きになるってことは、そういう素質があるってことよ。…百合の素質がね!」
ズビシッ、と指を突き立てるアーニャ。
それに対して、ミクは落ち着かないように視線をきょろきょろさせている。
「あ、あ、あたしは、その、ノーマルっていうか。…そっちの気はないっていうか」
「あれ~、ユキとイイコトしたくないのぉ?」
びくりっ、と肩を震わせる。
膝をもじもじと擦らせながら、熱っぽい視線でボクのことを見てくる。
…なんか、嫌な予感がする。
「…あ、あたしは」
「むふふ。自分に正直になりなさい。女の子同士は良いものよ~。大丈夫、心配はいらないわ。私が手取り足取り教えてあげるから。…そうね、まず手始めに」
アーニャは絡みつくような目をミクを見つめる。
「…な、なに?」
「まずは、ね。…名前で呼んでよ」
「え?」
アーニャの提案に、ミクが目を丸くさせる。
ふぅ、と溜息をつきながら、官能的な目つきがどんどん、不服そうなジド目になっていく。
「ミクってさ。私のことを名前で呼ばないよね。それって、すごく傷つくんですけど」
「え? あ、そうだっけ?」
「そうだよ~。これからはちゃんと名前で呼んでよね」
口をへの字に曲げて、ミクのことを見つめるアーニャ。
数秒ほど、黙っていたミクだったが、ようやく口を開いていく。
「…わ、わかったわよ。これからもよろしくね。…あ、あ、アーニャ」
恥ずかしそうに俯くミク。
そんな彼女を見て、アーニャは満足そうに笑みを浮かべる。
「うん。よろしくね、ミク」
アーニャとミク。
2人のわだかまりの、少しは薄らいだようだ。
少し嫌な予感がしたけど、…とりあえずは、よかったかな。
「さぁて、と。帰ったらすぐにベッドを発注しないとね」
…ん?
「3人で寝るのに、今のベッドじゃ小さすぎるもんね。せめてクイーンサイズくらいは必要かな」
…あれ、おかしいな?
…もしかして、この娘。本気なんじゃ?
「むふふ。ユキ、今夜から覚悟しないと。今まで溜まってた分、全部を吐き出してもらうからね」
「ちょちょちょちょ、待って! 本気なの!?」
思わぬ展開に、頭がうまく回らない。
だけど、女の子が大好きの百合王女。アーニャは止まらない。
「むふ、本気よ。3人で暮らすんだから、仲良くしないとね。ミクだって、そう思うでしょ?」
「…え」
アーニャに問われ、返答を臆するミク。
顔を真っ赤に染めて、もじもじと内股を擦らせている
そして、信じられないことが起こった。
「…うん」
こくり。
ミクが首を縦に振ったのだ。
「え、えぇぇ!?」
あの御櫛笥青葉が、…陥落した!
アーニャの手に、百合という真っ白な食人華に食べられてしまった。
いよいよ頭が真っ白になる。
そんなボクに、アーニャが最終通告を言い渡す。
「はい、決定! じゃあ、ユキ。先に帰って身を清めておいてね。私とミクは、色々と買い揃えてから帰るから。とりあえずは、可愛いネグリジェかな」
にこっ、と笑う蜂蜜色の髪の少女。
無邪気に見えて、その顔は欲望にまみれている。
「朝まで寝させないから。ガンバってね♪」




