第47話「女の子になったんなら、もうちょっと敏感になりなさいよね! このバカぁぁぁっ!」
「なんで、いつもそんな酷いことを言うの! ミクは冗談のつもりかもしれないけど、こっちは傷ついているの! 嫌なことばっかり言うミクなんて、大嫌いっ!」
心からの叫び。
積もり積もった本音。
建前などいっさいない。
本当の、ユキの気持ち。
「出会ったときからそう! からかって仲のいいような感じをしても、絶対に本音を言ってくれないじゃない! なんか溝みたいなものがある感じで、すっごく嫌だったんだよ!」
肝心の相手など見ていない。
月のない夜空に向かって、思いのたけをぶちまける。
「この世界に来てからもそうだよ! ボクが女の子になって、一番嫌だったのはミクだったのに。私が男のフリをするのが、嫌だったくせに! どうして言ってくれないのよ! 本当の気持ちを言ってくれないとわからないでしょ!」
慟哭する少女。
その姿は、むしろ懺悔する咎人のよう。
相手を気遣って、嘘で塗り固めていたことに対する贖罪のようだった。
「嘘つき! ミクの嘘つき! 最初から本当のことを言ってくれれば、あなたをそこまで苦しめることなんてなかったのに! 私だって、こんなに苦しい思いをしなくてすんだのに!」
ピクリ。
私の言葉に反応して、ミクが肩を震わせた。
「…あ? 何て言ったんだ?」
赤髪の少女はゆっくりと立ち上がり、鋭い眼差しでユキを睨む。
「嘘つきだぁ? それは、あんたのことじゃねぇか! 御影優紀よぉ!」
片手で首筋を押さえながら、ギリリと歯軋りを立てる。
「あんたは建前とか気にしすぎなんだよ! こっちが、ちょっと厳しいこと言ったら、すぐにヘコみやがって! そのガラスのような心をなんとかしろや!」
「は!? 心が弱いのは、ミクのほうでしょ! 陸上部のことを言われたことくらいで、本気で怒っちゃってさ! バカじゃないの!」
ユキも怒りを露わに口調を尖らせる。
「本当のことを言われたくらいで、ピリピリしすぎなのよ! なに? 『心を閉ざした私、可哀想』とか、思ってるんじゃないの?」
「は? なに言ってるんだ、このブスが! ちょっとくらい可愛いからって、いい気になってるんじゃねぇよ!」
「うるさい、このまな板! そのスレンダーな体形を見せびらかして、優越感に浸ってるんでしょ! ちょっと腹筋が割れているからって、調子に乗らないで!」
「黙れ、デカ乳! そのメロンみたいな乳で、色目を使ってるじゃねェよ! いつもいつも見せつけるように揺らしやがって! ほんのちょっと羨ましいからって、無防備になりすぎなんだよ!」
2人の少女は、怒りのまま言い散らす。
だが、どうしたことか。
怒りの争点が少しずつズレていく。
「昔からそうだよな! なんで、あんたはそんなにフリフリの服が似合うんだよ! あたしなんて、死ぬほど似合わないのに! あ~、腹立つ!」
ミクが叫びながら拳を突き出す。
その一撃を紙一重でかわしながら、ユキは脇腹へ蹴りを放つ。
「ミクこそ、なんで私より背が高いのよ! 元の世界だって、いつも見下ろしちゃってさ!
どうせ心の中じゃ、背の低い私のことを笑ってたんでしょ!」
「はぁ!? 逆にあんたは、なんでそんなに背が低いんだよ! 好きになった男が自分より背が低いのって、無茶苦茶に悩むんだぞ! 高校生にもなって、七夕に願いを書いちまったじゃねぇか! あんたの背が伸びるようにって、恥ずかしいことを短冊に書いちまったじゃねぇか!」
迫りくる蹴撃を、ミクは片腕で受け止める。
そのまま懐に踏みこんで、ユキの顔面にめがけて裏拳を放つ。
「あんたがそんなにヒョロヒョロしてるせいでな、1年の遠足のときに恥かいたんだぞ! 1人だけ好きな男を言えなくて、男に興味ないって嘘ついてな! 何だよ! 嫌いな食べ物がピーマンって! 恥ずかしすぎるだろうが!」
「ぴ、ピーマンは別にいいじゃない! 苦いんだもん! だいたい嫌いなのを知ってたら、朝ごはんにピーマンを出すのやめなさいよ! 折角作ってもらって、残すわけにもいかないし、無理して食べてたのがバカみたいじゃない!」
轟音を立てる裏拳を、ユキは身体を反らしながら回避する。
その勢いで、頭蓋骨を砕くほどの上段蹴りを放つが、それは惜しくも空を斬る。
「だいたい、男のころの私が好きだったんなら、今は関係ないでしょ! 言いたいことがあるなら、素直に言いなさい!」
「うるさい! 乙女心は複雑なんだよ! 女になったんなら、それくらい察しやがれ!」
止まる事のない怒声。
それと共に繰り出される、拳と蹴りの応酬。
少女が2人。
本音と本気で向かい合う。
初めて、本音でぶつかっていく。
「嫌いなら嫌いって言いなさいよ! 私がどんなに悩んでいるか、知っているの!」
「うるせぇ! そんなに簡単な問題じゃねぇんだよ!」
ユキの蹴りを捌きながら、腹部に掌底を放つ。
内臓破裂を狙った一撃。
「嫌いって言えたらなぁ、どんなに楽だったか、あんたにはわかんねぇだろうが!」
「はぁ!? なによ、さっきから! 意味わかんないよ!」
ミクの必殺の掌底を、膝蹴りで弾き飛ばす。
そのまま滑り込むように懐に潜り、膝の関節を破壊するべく鋭く蹴りだす。
「言いたいことがあるなら、言いなさい! そうやってウジウジしてられると、私が迷惑なんだよ!」
膝への蹴りは、ミクの超反応により回避される。
わずかに跳躍して、下段の蹴りを空振りにさせる。
だが、それは罠であった。
蹴りだした勢いを殺さず、流れるよううな動きで腰を捻る。
上段後ろ回し蹴り。
死角からの一撃により、ミクの頭部は破壊を余儀なくされるだろう。
だが―
「まだ、わからないのかよ! あたしはね、ユキのこと好きだったんだよ!」
「え」
ピタリ。
ユキの剛脚が静止する。
「好きなんだよ! 男だったユキも! 女の子になっちゃったユキも! どっちも好きなの。好きになっちゃったんだよっ!」
ユキにとって、予想もしなかった返答。
もとい、告白。
険しかったユキの表情が、少しずつ赤らんでいく。
「は、はわわわわ」
ついには耳まで真っ赤になり、恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
そんなユキに、ミクが襲い掛かる。
「女の子になったんなら、もうちょっと敏感になりなさいよね! このバカぁぁぁっ!」
ミクの渾身の右ストレート。
「ぎゃっ!」
最高のキレを放つ左のアッパーカット。
「ぐへっ!」
トドメのコークスクリュー・ブロー。体全体の回転を孕んだ殺人パンチが、ユキの柔らかい頬を歪ませていく。
「ぎゃぶぶぶっ!」
それらを防御することも回避もすることもできず、ユキはその身に受ける。
まるで蛙が潰れたような声を漏らしながら。
綺麗にその場で宙を舞う。
自分の頬を打ちぬかれたユキが最後に見たのは。
泣きそうなほど顔を真っ赤にした、恋する乙女の顔であった。




