第45話「…もう、終わりにしたかった」
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あたしは、…何をしているのだろう。
肩で息をしながら、目の前の惨状に嫌気が指す。
『大運河』の辺縁、『リアルト橋』の麓。
灯りのない商店が立ち並ぶこの場所で。
あたしは、力なく倒れている黒髪の少女を見下ろしている。
色白で整った顔立ちも、今は見るも無残に変わり果てている。口と鼻からはだらだらと血を流し、右眼は醜く晴れ上がっている。土と埃で全身が汚されていて、右腕にいたっては変な方向に曲がってしまっていた。
「…なんなんだよ、これ」
あたし、御櫛笥青葉は忌々しく口を開く。
「…なんだよ。これじゃ、昔と何にも変わらないじゃねぇか」
荒い息を吐く度に、体に圧し掛かってくる徒労感。
あの部活の怪我で、全てが変わってしまった。
学校にも行かず、弱いものを見つけては自分勝手に暴力を振るっていた日々。
コンビニで万引きをして、店員に見つかったから殴り倒して、そのまま補導されて。親の泣く顔とか、偉そうに説教する警官とか、そんなのが全て腹立たしくて。苛立ちの捌け口に、自分と似たような奴と喧嘩をして。相手を病院送りにできたら、すっごく気分が良くて。
そんな、…思い出したくもない日々と、何も変わらない。
殴って、殴って、相手を屈服させて。
泣き喚く姿に優越感を感じて。
でも、結局は空っぽな自分がいて。
何をやっても満たされなくて。
どこに向かえばいいのか。
何をしたらいいのか。
それすらもわからない。
「…ははっ。やっぱり、あたしは変われないんだよな」
唇を醜く歪める。
自分自身を嘲笑うように、掠れた声で笑う。
「…クズは、死ぬまでクズなんだよ。そんなことわかりきっていたのにな。あたしみたいな人間のクズは、テメェらと一緒にいられるわけないだろうが」
…ちがう。
…こんなこと、言いたいわけじゃないのに。
「だからよ、あたしと関わろうとするな。あの時、中学の屋上から飛び降りたら、全部終わっていたのに」
…やめて。
…そんなことない。
…ユキのおかげで毎日が楽しくなった。こうして皆とも出会えたのだって、全部ユキがいたから。
「終わりにしたかった。あたしは終わりにしたかったんだ。部活の怪我のせいで、いつ歩けなくなるのかわからない。もしかしたら、一生車いすの生活になってしまうかもしれない。そんな人生、もう嫌だったんだよ!」
…もう、やめて。
…こんなこと言いたくない。
…こんなのが、あたしの本音なの?
…こんなに醜いものが、あたしの本音だっていうの?
「テメェにわかんのか? 死ぬほど辛いことを抱えて、それでも独りで生きていかなきゃならない。その孤独がよ!」
…許して。
…もう、許してよ。
…あたしが悪かったの。こんな醜くて汚い自分が、ユキたちのそばにいちゃいけなかったんだ。
「あたしを助けたいならよ。いっそのこと殺してくれよ。二年前、テメェのせいで死に損ねたんだ。死ぬのなんて、全然怖くねぇ」
歪んだ笑みを浮かべる。
体は震えている。それが愉悦からくるものなのか、それとも恐怖からくるものか。
少し離れた場所に倒れている旧友を見下ろしながら、あたしは静かに苦悩する。
「疲れたんだよ! もう、終わりにしたっていいじゃねぇか!」
…助けて。
…誰か助けて。
…お願いだから。
…あたしを、助けてください。
…2年前の中学の屋上みたいに。
…助けてください。
…ユキ――
あたしは相反する自分の気持ちに苦悩する。
何もかも投げ出したい自分と、子供のように助けを請う自分。その2つの思いは、確かに自分の心の底にあったもので、杯から溢れるように、零れ出た想いに蓋をすることはできない。
錯乱する寸前の心。
瞳から零れる、止まる事のない泪雨。
そんなあたしの眼に映ったものは、再び立ち上がろうとする旧友の姿だった。
「…ユキ」
泥だらけになりながらも立ち上がる黒髪の少女を見て、あたしは静かに心を震わせていた。




