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第45話「…もう、終わりにしたかった」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 あたしは、…何をしているのだろう。

 肩で息をしながら、目の前の惨状に嫌気が指す。


『大運河』の辺縁、『リアルト橋』の麓。

 灯りのない商店が立ち並ぶこの場所で。

 あたしは、力なく倒れている黒髪の少女を見下ろしている。


 色白で整った顔立ちも、今は見るも無残に変わり果てている。口と鼻からはだらだらと血を流し、右眼は醜く晴れ上がっている。土と埃で全身が汚されていて、右腕にいたっては変な方向に曲がってしまっていた。


「…なんなんだよ、これ」


 あたし、御櫛笥みくしげ青葉は忌々しく口を開く。


「…なんだよ。これじゃ、昔と何にも変わらないじゃねぇか」


 荒い息を吐く度に、体に圧し掛かってくる徒労感。

 あの部活の怪我で、全てが変わってしまった。


 学校にも行かず、弱いものを見つけては自分勝手に暴力を振るっていた日々。

 コンビニで万引きをして、店員に見つかったから殴り倒して、そのまま補導されて。親の泣く顔とか、偉そうに説教する警官とか、そんなのが全て腹立たしくて。苛立ちの捌け口に、自分と似たような奴と喧嘩をして。相手を病院送りにできたら、すっごく気分が良くて。


 そんな、…思い出したくもない日々と、何も変わらない。


 殴って、殴って、相手を屈服させて。

 泣き喚く姿に優越感を感じて。


 でも、結局は空っぽな自分がいて。

 何をやっても満たされなくて。

 どこに向かえばいいのか。

 何をしたらいいのか。

 それすらもわからない。


「…ははっ。やっぱり、あたしは変われないんだよな」


 唇を醜く歪める。

 自分自身を嘲笑うように、掠れた声で笑う。


「…クズは、死ぬまでクズなんだよ。そんなことわかりきっていたのにな。あたしみたいな人間のクズは、テメェらと一緒にいられるわけないだろうが」


 …ちがう。

 …こんなこと、言いたいわけじゃないのに。


「だからよ、あたしと関わろうとするな。あの時、中学の屋上から飛び降りたら、全部終わっていたのに」


 …やめて。

 …そんなことない。

 …ユキのおかげで毎日が楽しくなった。こうして皆とも出会えたのだって、全部ユキがいたから。


「終わりにしたかった。あたしは終わりにしたかったんだ。部活の怪我のせいで、いつ歩けなくなるのかわからない。もしかしたら、一生車いすの生活になってしまうかもしれない。そんな人生、もう嫌だったんだよ!」


 …もう、やめて。

 …こんなこと言いたくない。

 …こんなのが、あたしの本音なの?

 …こんなに醜いものが、あたしの本音だっていうの?


「テメェにわかんのか? 死ぬほど辛いことを抱えて、それでも独りで生きていかなきゃならない。その孤独がよ!」


 …許して。

 …もう、許してよ。

 …あたしが悪かったの。こんな醜くて汚い自分が、ユキたちのそばにいちゃいけなかったんだ。


「あたしを助けたいならよ。いっそのこと殺してくれよ。二年前、テメェのせいで死に損ねたんだ。死ぬのなんて、全然怖くねぇ」


 歪んだ笑みを浮かべる。

 体は震えている。それが愉悦からくるものなのか、それとも恐怖からくるものか。

 少し離れた場所に倒れている旧友を見下ろしながら、あたしは静かに苦悩する。


「疲れたんだよ! もう、終わりにしたっていいじゃねぇか!」


 …助けて。

 …誰か助けて。

 …お願いだから。

 …あたしを、助けてください。

 …2年前の中学の屋上みたいに。

 …助けてください。

 …ユキ――


 あたしは相反する自分の気持ちに苦悩する。


 何もかも投げ出したい自分と、子供のように助けを請う自分。その2つの思いは、確かに自分の心の底にあったもので、杯から溢れるように、零れ出た想いに蓋をすることはできない。


 錯乱する寸前の心。

 瞳から零れる、止まる事のない泪雨なみだあめ

 そんなあたしの眼に映ったものは、再び立ち上がろうとする旧友の姿だった。


「…ユキ」


 泥だらけになりながらも立ち上がる黒髪の少女を見て、あたしは静かに心を震わせていた。





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[良い点] 流石喧嘩最強相手にならんかったかあ だががんばれゆきりん
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