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第35話「『穿つ閃光の銃弾(ヴァン・ヘルシング)』と『大海嘯(だいかいしょう)』」


 リヴァイアサンの姿が少しずつ大きくなっていく。

 距離はどれほどだろうか。

 あと、どれくらいの時間が残されているのだろうか。

 スコープ越しの光景に、そんな些末な不安が頭をよぎった。


「…関係、ない」


 私は呟きながら、『ヘル』の銃本体から突き出たボルトレバーを握った。


 そして、回転させつつ手前に引く。

 ボルトが開放され、空の薬莢が宙に飛び出る。その薬莢が地面に落ちるまでに、新しい銃弾を装填し、ボルトを再び前に押し出す。


 ガシャン、カラン。

 新しい銃弾が装填される音と、空薬莢が地面に落ちる音が、ほぼ同時であった。


 再び『ヘル』を構え直し、スコープ越しの視界に集中させる。


「…『スナイプアイズ』」


 瞳が琥珀色に染まる。

 視界は明瞭となり、わずかな霞みもない。

 まだまだ、距離は離れている。

 海面から突き出た頭と、背びれが何とかわかるだけ。


 でも。

 今は、外す気がしなかった。


「…」


 私は沈黙を保ったまま、…引き金を引いた。

 その瞬間、『魔銃ヘル』の銃口の先が光りだす。

 円形へ形を変える光の塊は、幾何学的な紋様と、解読不明な文字に姿を変える。


 輝く魔方陣。

 それは、魔銃が『魔弾』を撃つための詠唱儀式。


 ズドンッ!


 悪魔の咆哮がうねりを上げる。

 放たれた銃弾は、音速の3倍の速さで宙を駆け抜けた。


『魔銃ヘル』の秘められた性質。

 それは、銃弾の飛距離などではない。

 ひとえに精密射撃。決して射線がぶれない、神の如く正確さ。それが『魔銃ヘル』の『魔弾』。


 名前を…、『穿つ閃光の銃弾ヴァン・ヘルシング』という。


 銃弾は狙いを違わず、真っ直ぐと飛翔する。

 そして、リヴァイアサンの眉間に、直撃した。


「ギギギャャャャッッ!」


 遠くから聞こえてくる海龍王の雄叫び。

 銃撃の反動に必死なって耐えながら、コトリの声に耳を傾ける。


『…ヒット。…だけど、鱗に弾かれた。…ダメージなし』


「ちっ!」


 盛大な舌打ちをしつつ、再びボルトハンドルを手前に引く。

 空薬莢が飛び出して、手にした銃弾を再装填する。


 口径20ミリの銃弾は、掴むというより、握るといったほうが正しい。

 暗器銃である『白虎』の銃弾は5ミリ。『フェンリル』が9ミリで、『ヨルムンガンド』ですら45口径で10ミリ程度。『ヘル』銃弾は、口径だけでもその倍。長さとなると手のひらに収まらない。威力は言わずもがな。『ヨルムンガンド』がおもちゃに見えるほど、その威力は壮絶だ。全ての物理攻撃を防ぐ巨大ゴーレムでさえ、この銃はなんなく貫通させてみせる。魔弾『穿つ閃光の銃弾ヴァン・ヘルシング』の性能もあって、私が持っている銃器の中でも最強の威力を誇っている。


『…次の狙撃、いそぐ』


「わかってるよ!」


 ボルトハンドルを前に押し出して、狙撃体制に移る。

 そうしている間にも、リヴァイアサンからの攻撃は続いている。

 轟音を鳴らして飛来してくる水弾ブレス


 私のことを狙っているのか、幸い街には被害は出ていない。

 だが、この時計塔では狙いの的にしかならない。


「次こそ、…決める」


 銃を構え、狙いを定める。

 目標のシュルエットは、更に大きくなっていた。

 既に、彼のモンスターの全容が見えるほどに。


「…第3発目、貫け!」


 引き金を引く。

 魔方陣が展開され、それと同時に『魔弾』が射出される。


 スドンッ!


 吹き飛ばされそうなほどの反動に、体が一瞬だけ浮き上がる。

 肩の骨が悲鳴を上げている。

 それだけじゃない。

 銃撃の反動に耐えている全身が、苦痛に音を上げ始める。


「…くっ!」


 下唇を噛んで、無理やりにも次の狙撃体制に移る。

 口の中に広がる血が、少しだけ気持ち悪い。


『…ヘッドショットを確認。だけど、ダメージなし。…狙いを、10センチ下の左目に』


「そんな細かいこと、できるわけないでしょ!」


 私は叫びながら、薬莢を排出させる。

 弾の箱に手を突っ込み、新たな銃弾を握り締める。


「あー、もう! 当たってるのに、なんでダメージがないの!」


『…ユキ』


「わかってる! 次弾装填でしょ!」


『…違う』


 コトリは少し黙ってから、続きを口にすした。


『…やばいのが、来る』


「え?」


 私はボルトレバーを押し込んで再装填を済ませながら、海上のリヴァイアサンを見た。

 深海の主が、立ち止まっていた。

 体の半分以上を海面から出して、上空を仰ぎ見る。


 そして。

 …何かを呼び寄せるように、唸り声を上げた。


「「ギギャアァッァァァァァァァッァァァァッァァァァッァァッァァァァ」」


 身も氷つくような、異様な咆哮。

 まるで自身が海の王であることを知らしめるための雄叫び。


 私は戦慄した。

 この光景には見覚えがあった。

 海の王者が呼び寄せる、たった1つのもの。

 野生のモンスターなどではなく、自身の同胞などでもない。

 それこそが、彼のモンスターを海龍王と呼ばせる所以。

 一薙ぎで全てを海に沈める、最悪の一撃。

 王者の逆鱗に触れたものに振り下ろさせる無慈悲な攻撃。


「…大海嘯だいかいしょう


 手が、震えだす。

 …海龍王の逆鱗に触れてしまった。

 …これはマズイ。


「コトリ! 今すぐ、ラグナロクで焼き払って!」


『…無理。…もう、間に合わない』


 コトリの言葉が聞こえてきた瞬間。

 リヴァイアサンの周りに、が集まりだしていた。その周囲だけ海面がせり上がり、海龍王の姿を覆い隠す。


「「ギギャアァッァァァァァァァッァァァァッァァァァッァァッァァァァ」」


 海の高さは、留まることを知らない。

 まるで水の巨柱のようにせり立つ、海の集積。

 高さはすでに、私のいる時計塔を越えている。


 そして、僅かな時間を挟んで。

 その海が、解き放たれた。


『大海嘯』

 海の王者である彼の者の逆鱗は。

 押し寄せる高波となって、国さえも簡単に海の底に沈める。

 


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