第34話「右手を引き金に、左手を銃身に。…覚悟を決めろ!」
『魔銃ヘル』が悪魔の咆哮を放つ。
放たれた銃弾は狙いを違わず真っ直ぐ飛翔し。
そして、外れていた。
『…外れた。…右に、それた』
コトリの言葉に、耳を窺う。
なぜ、ボクは撃ってしまったんだ?
『…気づかれた。…次を、いそぐ』
「っ!」
ボクは慌てて、スコープを覗き込む。
遠洋に佇む小さな影。点としか形容できないような海龍王のシュルエット。
そこが一瞬、青く光った。
「っう!」
ボクは反射的に頭を下げた。
その直後、空気を切り裂くような轟音が響いた。遥か遠方から放たれたリヴァイアサンの攻撃。高速に射出された水の塊が、ヴィクトリア上空を突き抜けていったのだ。
「…くっ」
ボクは『ヘル』にしがみつきながら、慌てて辺りを見渡す。
ヴィクトリアの町並みには変化がなかった。
ただ一点。
海龍王の攻撃が過ぎ去った北の空に、薄い雲がぽっかりと穴が開いていること以外は。
「…うそ」
天も裂く一撃。
そのありえない光景に愕然とする。
深海の主。
海の覇者。
アドリア海の悪魔。
その片鱗を見せられて、ボクは激しく動揺する。
あんな攻撃がヴィクトリアに直撃したら…
想像されるのは、破壊されたこの国の姿。多くの人が傷つき、悲しむだろう。もしかしたら、誰も生き残れないかもしれない。ボクは揺れる目で、広場の正面にあるヴィクトリア宮殿を見る。海龍王の逆鱗に最も触れやすいあの場所には、アーニャがいる。
あの攻撃がこの国に直撃するようなことがあれば、海に面している宮殿が一番危険だ。
…アーニャが、危ない。
「ボ、ボクが…」
ボクは震える手で、『ヘル』の隣に並べてある銃弾の箱に手を伸ばす。
蓋を開けて、大きな銃弾を手にとって、…そして落とした。
カタン、と小さな音を立てて、ころころと転がる。
「ボクが、なんとかしないと…」
うわ言のように呟きながら、転がる銃弾に手を出そうとする。
その時だ。
再び、さきほどの轟音が上空に響き渡った。
「っう!」
繰り出される、高速の水弾。
上空の空気を引き裂いては、わずかな水滴をヴィクトリアに滴らせる。繰り返される圧倒的な攻撃に、ボクの心は折れそうになっていた。
…こんなの、無理だよ。
…こんなことボクには向いていないんだよ。
…逃げ出したい。
…こんなのが相手なんて聞いてないよ。
…リヴァイアサンが来るなら、もっとちゃんと準備をしてたよ。
ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは、失敗したときの言い訳。
いつだってそうだ。
ボクは、失敗する前から、失敗したときのことを心配している。
そんな自分が、…すごく嫌いだ。
『自信がないフリはもう止めろ』
『失敗したときのことを考えて、逃げ道を作っておくな』
胸に響いた親友の言葉が、再び耳を打つ。
…そうだ。
…ボクはすでに、逃げ出していたんだ。
…目の前の困難に立ち向かうどころか、背を向けて見ないフリをしている。
それは、冒涜だ。
遠洋にまで戦いに行ったジンやゲンジ先輩。その2人に、命を懸けるような思いで船頭した軍の人たち。街の住人を守るために奔走する警備隊。今も宮殿の一室で今後の対策を考えているハーメルンさんや、今後の全ての責任を負うであろう王女のアーニャ。
…ボクの行為は。
…彼らに対する冒涜だ。
…戦うこともせず。
…向き合うこともせず。
…バカの1つ覚えのように。
…逃げ出す理由を考えている。
…そんな自分が。
…本当に、大嫌いだ!
「ふんっ!」
パシッと、思いっきり頬を叩く。
恐怖を振り切って、気合を入れなおす。
…失敗したときのことを考えるんじゃなくて、成功させる方法を考えるんだ。
…自信がない?
…そんな独りよがりの安心感なんて、クソくらえだ。
…虚勢を張って、震える足で踏ん張って。
…覚悟を決めろ!
ボクか転がった銃弾に手を伸ばすのを止めた。
『ヘル』のグリップを握り締めている左手を離して、ストックから肩と頬を離す。
そして、目を閉じた。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
何度も、何度も、落ち着くまで呼吸を繰り返す。
そうしている間にもリヴァイアサンの攻撃が上空を掠めていく。たまに港の海面に着弾し、ものすごい高さの水柱を立ち上がらせる。
「すぅー、はぁー。…よし」
呼吸が落ち着いた。
あれだけ激しかった動悸も治まり、汗ばんだ手も今は乾いている。
そっと目を開く。
遥か遠洋のリヴァイアサンの影。
肉眼で見ても、近づいているのがわかる。
「…好都合、だよね」
リヴァイアサンはこちらに接近しながら、攻撃をしてきている。
これは、好機だ。
「…コトリ。リヴァイアサンの迎撃はできそう?」
『…難しい。…あと、ちょっとで追いつける。…そしたら、可能』
「…わかった。ありがとうね」
それだけ言って、再びうつ伏せになる。
お気に入りのワイシャツとスカートだけど、今はそんなことどうでもいい。
右手を引き金に。
左手を銃身に。
肩と頬をストックに当てて、スコープの視界に目を合わせる。全長2メートル以上ある巨大な狙撃銃が、体の一部となっていく。わずかな違和感もなく、『魔銃ヘル』は、その身を委ねてくる。
そして、私は…
自分の中のスイッチを、カチンと入れた。
「これから狙撃する。コトリ、着弾観測をお願いね」
『…うん、…わかった』




