第33話「海龍王・リヴァイアサン」
水平線までの距離は、一般的に5キロメートルだと言われている。
それが高い場所。つまり、時計塔などの高さなら、これが15キロメートルとなる。この15キロという数値が『魔銃・ヘル』の射程圏であり、絶対防衛ラインでもある。
「…はぁ、はぁ」
自分でも呼吸が荒くなっているのがわかる。
胸の鼓動はけたたましく鳴り、冷静さを少しずつすり減らしていく。
「大丈夫。…大丈夫だ」
ボクは一生懸命、自分に言い聞かせる。
息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐く。
幸い、手は震えていない。
視界も明瞭だし、自信を律する冷静さもある。
あとは、この慌しい鼓動が収まってくれれば。
「…コトリ。目標との距離は?」
『…あと、20キロくらい。…もうすぐ、見えるはず』
「…了解」
肩と頬に狙撃銃のストックをあてがい、汗ばむ手で引き金を握り直す。
勝負は、…一発だ。
狙撃の基本は、奇襲にある。相手に気づかれる前に、確実に仕留める一撃を放つ。それが狙撃の全てだ。
遠洋から迫り来る彼のモンスターに、ボクの存在がバレてはいけない。
あのクラスのモンスターとなると、これだけの距離が離れてたとしても、こちらが狙い打ちにされてしまう。
「…」
息を殺して、スコープを覗き込む。
遠近を調節して、最大望遠に設定する。
うつ伏せの状態から覗き込んだ景色に、変わりはない。
綺麗な、…本当に綺麗な、水平線が見えるだけ。
汗が頬を伝う。
動悸は治まりそうにない。
意識を集中させて、遥か彼方の遠洋を見つめる。
そして、…見つけた。
「…あれが、深海の主」
水平線の彼方。
海から突き出た、僅かな背ビレを見て、ボクは呟いていた。
ヴィクトリアの遥か遠洋。
その深海に存在する不倒不破の迷宮。
大神殿オリンポス。その迷宮の守り手として存在する、守護神のようなモンスター。彼の存在こそ、この大海原の頂点に君臨する海の覇者。その名前を―
「…海龍王・リヴァイアサン」
ぞくり、と背筋が冷たくなる。
あの伝説級のモンスターを倒さないと、この街が、この国が、壊滅する。その重責に、体が強張っていく。鎮まることを知らない動悸が、焦りに拍車をかける。
「…くそっ」
そんな自分を叱責しながら、ボクは『魔銃ヘル』を構え直す。
震える手。
揺れる視界。
荒い呼吸を繰り返し、それでも汗ばんだ手で銃を握る。
「…『スナイプアイズ』」
そんな冷静とは程遠い状態で、ボクはスキルを発動させた。
瞳が琥珀色に染まり、スコープ越しの視界が更に鮮明となる。
だが、狙撃用のサポートスキルを使っても、水平線までの距離はあまりに遠い。
精々、点がわすがに大きくなった程度。
とても、狙える距離じゃない。
「…もっと、引きつけないと」
生唾を飲み込み、じっと耐える。
焦りと恐怖が、ボクに引き金をひかせようとする。
この一撃で、全てを終わらせないと。
そう思うと、焦りがどんどん助長していく。
焦りは恐怖を生み、理性と冷静さを蝕んでいく。
そして、気づかないうちに。
…ボクは引き金を引いていた。




