表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/358

第32話「お前がやるんだ」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「ん?」


 ボクが時計塔の頂上で待ち続けて、数時間が経った。


 海上の逆さ風景にも飽きたボクは、『魔銃ヘル』のスコープを覗き込んだまま、今後一ヶ月の夕食の献立を考えていた。それくらい暇を弄んでいた。


 スカートの中は蒸れて、下着は汗でぐっしょり。

 うつ伏せでいるので、胸が圧迫されて苦しい。

 なにより、下着の肩紐が食い込んで、さっきから痒くて仕方ない。


 遠視スコープを覗いたままでできることは限られているし、気分転換としては自分の髪型をいじるくらい。三つ編みから、ポニーテール。アップサイドからのツインテール。こっそり隠れて練習していたので、鏡を見ていなくてもそこそこ上手にできているはず。


 だが、そのことにも飽きてしまい、ツインテールのまま再び『ヘル』に手を添える。ジンたちがクラーケンを討伐したら、元の髪型に戻せばいいんだし。


 そんなことを思いながら、スコープ越しの風景を眺めていると、妙な違和感を感じた。


「…あれ、なにか」


 …なにか、さっきまでと違う気がする。


 凪いだ海。

 穏やかな空


 水平線によって分けられた空と海。 

 何も変わっていないように見える。


 …だけど。

 …なにかが変だ。


 不吉な予感がして、遠洋の景色を注意深く観察していく。


「…」


 何もない。

 だが、それがかえっておかしいことに気がつく。


「…海鳥が、…いない?」


 先ほどまで悠然と飛んでいた海鳥の群れが一羽もいなくなっていた。

 そのことに気がついたとき、ぞくりと背筋が凍った。


 慌ててスコープから目を離して、ヴィクトリアの海岸線を見渡す。

 堤防には土嚢が詰まれ、警備隊や軍の人たちが住民に注意を促している。人の通りがほとんどない港に、海鳥の姿がまったく見えない。そんな光景に、いつもとは違う異質なものを感じた。



「…いったい、なにが」


 ボクは不安になりながら呟く。

 その時だ。

 耳の魔石通信インカムから、慌しい声が流れ込んできた。


『…おい、ユキっ! 聞こえてるかっ!』


「わっ!? ちょ、ちょっとジン。突然、大きな声を出さないでくれる?」


 こちらが驚きながら返事をすると、インカムの向こうにいるジンが急かすように叫ぶ。


『いいから! 早く、海のほうを見ろ!』


「え、どういう―」


『…早く! 方角は南南西! お前から見て1時方角だ!』


 ジンの言葉に余裕がない。

 そのことに気がつき、ボクは急いで『ヘル』の銃身を両手で抱える。25キログラムの銃を引きずるように動かして、急いで銃座を固定。ストックに肩と頬を当てながら、右目で遠視スコープを覗き込む。


「方角は南南西、1時の方向! 今、見てるよ!」


『…何か見えないか!』


「なにも。…何かあったの?」


 スコープを覗き込みながらジンに尋ねる。

 するとジンは、躊躇うことなく答えた。


『…深海の主だ』


「え?」


『…この海に、あの化け物が現れやがったんだ』


「…深海の主? え、えっと、クラーケンはどうなったの?」


 ボクは返事を返しながらも、現状を正しく理解できずにいた。


『…クラーケンは俺たちが倒した。…というか、逃げられた」


「は?」


『…海中に引き籠って、そのまま逃げやがった。たぶん、こいつは『深海の主』から逃げてきたんだ。ヴィクトリアに近づいたのも、急に方向転換したのも、全部は主から逃げるためだったんだよ」


 ジンが断言するように言った。

 だけど、たぶんそれは正しい。

 クラーケンと深海の主では、モンスターとしての格が違いすぎる。クラーケンが漁師の悪夢であれば、あれは悪魔そのものに他ならない。


『…今、コトリに向かってもらってる。ラグナロクの全力疾走だ。何とか間に合うと思うんだが…』


 ジンが一旦、言葉を区切る。


『…攻撃はできない。今、深海の主の後ろからコトリが追っている。ラグナロクの火力だ。あいつを倒すほどの一撃となると、周囲だって無事では済まない』


 最強の召喚獣。『古龍ラグナロク』。

 その一撃は山を砕き、海を消し去り、国を滅ぼすと言われている。


『他の召喚獣で攻撃する手もあるが、火力が足りねぇ。奴の向かう先にヴィクトリアがなければ、いくらでも手はあるのに』


 そして、ジンは。

 わずかに迷うように、一呼吸の沈黙の後。会話を続けた。


『…いいか、ユキ。よく聞け』


 ジンがいつになく慎重な口調になっていた。


『…深海の主は、お前が倒せ』


「っ! ちょっと、何を言ってるんだよ! あれを相手に、ボク1人で倒せるわけ…」


『…できるはずだ! 十人委員会で奴を倒したときのことを思い出せよ。硬い鱗は物理攻撃を通さず、魔法も全て無効化される。だけど、一箇所だけ無防備な場所がある。俺たちが倒したときだって、仕留めたのはお前だっただろ』


「た、確かにそうだけど…」


 ボクは、しどろもどろになりながら答える。


「で、でも、ボクには自信が…」


『…ユキ』


 そんなボクに、ジンが静かに告げる。


『…自信がないフリはもう止めろ。失敗したときのことを考えて、逃げ道を作っておくな。たしかに責任は重大だ。だけど、お前1人にこの責任を押し付けたりはしない。俺たちは、仲間だろうが』


「…っ」


『…もう一度、お前の本気を見せてくれ。あのゲンジ先輩を倒した時のようにな』


 胸を張れ。

 背筋を伸ばせ。

 真っ直ぐ前を向いて、ピンチの時こそ笑っていろ。

 …生前の姉の言葉が蘇る。


「…」


 ボクは胸元を握り締めながら、ゆっくりと呼吸をする。

 吸って、吐いて。

 また吸って、吐く。


「…深海の主の、正確な位置を教えて」


 おう、と返事がして、コトリに会話のバトンが渡される。


『…頼んだぜ、親友』


「…わかったよ、親友」


 そして、最後の言葉を交わされた―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず眼鏡の扱いが雑だなあまあ自業自得だはろうけど 押し潰される胸とかすごくええやん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ