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第30話「狙撃待機」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 時計塔の頂上には、巨大な鐘が吊るしてある。

 定時に決まった回数を鳴らす真鍮の大鐘。この国に住む人たちは、この鐘の音を聞きながら、起床し、仕事に行き、ご飯を食べ、そして就寝する。ヴィクトリアの生活リズムの根底を支えている。


 だが、その大鐘も。今だけは機能を停止させている。


「…ふぁ~」


 太陽の光に輝く大鐘のすぐ隣。

 ボクは寝そべったまま、あくびを噛み殺す。

 長い時間、うつ伏せになっているので、どうしても眠くなってしまう。


「…眠い」


 思わずボクが呟いてしまうと、耳元で不快そうな声が聞こえてきた。


『…おい、聞こえてるぞ』


「あー、ごめん。ジン、そっちはどう?」


『…順調だ。今、3本目の触手を切り落としたところ。あと、2本も切れば本体が海面に上がってくるはずだ』


「了解。頑張ってね」


『…気楽に言ってくれるな。お前もこっちに来たほうがよかったんじゃねぇか? 近接攻撃の2人だけだと、さすがに面倒だぜ』


『…陣ノ内よ。無駄話はそれくらいにしておけ。次は、左端の触手に行くぞ』


『…へいへい。ユキ、寝るなよ』


「わかってるよ」


 ボクは耳に手を当てて答えながら、左手で愛銃の銃身に触れる。


【魔銃ヘル】。

 長距離狙撃用の対物アンチマテリアルライフル。銃全体の大きさは、およそ2メートル。重さは26キログラム。持ち上げることは容易でなく、銃前半に敷かれた2本の銃座が、この超重量を支えている。


 通常の銃弾での有効射程距離は2000メートル。

 魔弾『穿つ閃光の銃弾』(ヴァン・ヘルシング)の特性を使えば、射程距離は無限。狙撃の腕がよければ、目に見えるすべての景色が射程範囲となる。


 もちろん、そんなことは現実的に不可能だし、ゲームであったころも狙いが遠くなればなるほど、命中率が落ちていった。


「ねぇ、コトリ。ジンたちはどの辺にいるの?」


『…遠洋、65キロ。…どんどん、遠ざかっていく』


「…了解」


 はぁ、と心の中でため息をつく。

 海上の戦闘は、逃げ出すクラーケンをジンたちが追撃していっている様子だろう。これは本格的に、ボクの出番はなさそうだ。否が応でも、緊張の糸が緩んでしまう。


「…ダメだ、ダメだ」


 ボクは気合を入れなおすように、軽く頭を振る。1本の3つ編みに結った長い髪が、わすがに揺れる。


 狙撃手の仕事は、ほとんどが待つことだという。

 緊張感を保ったまま待つことが、確実な狙撃に繋がるのだとか。


「…皆、頑張ってるんだ。ボクもしっかりしないと」


 ジンたちに聞こえないように呟くと、再びヘルの遠視スコープを覗き込む。


 見えるのは、2色のブルー

 鮮やかな空色スカイブルーの青と、深遠な海色マリンブルーの藍。


 その2つの青が、綺麗な線を描いて上下に分かれている。

 あそこが、空と海の分かれ目だ。

 じっと見ていると、不思議な感覚になっていく。


 同じ青なのに、どうして空のほうが淡い色なんだろう?

 空が深い藍色で、海が淡い青色でも、別にいいんじゃないか?

 試しに、上下逆さになってスコープを覗いてみる。


「…ははっ、海鳥が逆さになって飛んでるよ」


 今にも泣きそうな空を、優しい海が支えているような風景に、思わず笑ってしまう。


 …退屈は、人をおかしくさせる。

 …自分の格好に疑問を持たないまま、ボクはしばらくの間、上下逆さまになってスコープを覗いていた。


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