あまい苺にライバルはいかが?
「じゃん! コレットお姉さまのために用意しましたの」
宮廷植物園の一角に、パステルピンクのレンガで囲われた小さな花壇が作られていた。
植えられているのは苺の苗だ。小さな白い花がいくつも咲いている。
「なんて可愛らしい。レティシア様が咲かせたのですか?」
「はい。昨日苗を植えてから、わたくしが咲かせました」
頬を紅潮させて胸を張るレティシア。帰国後の姿とはまるで別人のようだ。
「可愛らしいですね。これが真っ赤な苺になるのね♡」
脳内で苺が躍る。ショートケーキにイチゴタルト。スコーンに塗るジャムも好き。
うっとりとした表情で唾をのみこんだコレットをみて、レティシアは気付いてしまった。
(苺のほうが、よかったのかもしれない……)
花より苺だったのだ。
「お姉さま、苺がなったら一緒に収穫しましょう」
「ええ、楽しみですね。摘んだ苺はなににしましょうか?」
そういえば、とレティシアは自慢の茶葉コレクションのなかに、ストロベリーティがあったことを思いだした。今日のところはお茶で我慢してもらおう。
「美味しい紅茶にお菓子をたべながら、考えましょう!」
「まぁ、素敵ですね」
ふたり並んで、宮廷植物園の出口へと向かった。
ちなみに、カロリーヌはここにはいない。彼女は今、ふたり分の春ドレス制作で忙しいのだ。
****
シルフォン邸のエントランス。
ボンネットに、ローヒールブーツ。動きやすいワンピース姿のコレットがそわそわとしている。
今日はフランシスからデートに誘われたのだが、手紙には遠出するので軽装でとあった。
「ねぇミア。おかしくない? 大丈夫かしら?」
「大丈夫です。昨日たくさん悩んで決めたことを思い出してください」
「でもね、一番が決まると二番三番に目移りして、選び間違えてしまうのよ」
この主は意外に己を知っているな、とミアは感心した。
悩んで選んだケーキを一口食べて、間違えたと別のに手を伸ばすことなどしょっちゅうだ。
あまいものに限らず、小物やランジェリー、ドレスまでもが、その調子である。
「大丈夫です。今日のワンピースは最初に選んだものですから」
二番三番で悩んでいたコレットに、ちゃんと一番をゴリ押ししておいた。
「もう一度、鏡をみてこようかしら」
「もう時間です。どこも完璧ですよ、お嬢さま」
ミアは主の肩をしっかりと掴んで、エントランスへと押し留める。
ほどなくして、フランシスが到着した。
しばらくの間、馬車に揺られて王都の郊外へ到着する。
芝の植えられた公園に、シンボルとなる大きな噴水がみえた。
「移動サーカスや、バザーが催されるときに、きたことがあります」
「そうですか」
あえてフランシスは話題を広げなかった。誰ときたのかなど、簡単に想像がつくからだ。
「実はこの公園は通り抜けるだけです」
「そうなのですか?」
「はい。では行きましょうか」
差しだされた腕に、遠慮がちにつかまった。コレットは、未だフランシスを前にすると緊張でカチコチになってしまうのである。
連れられるままに公園を抜けて、その先の林を歩いていく。
会話のない静かな時間は、心地がよかった。
「着きました。今日は貸し切りにしてあります」
「わぁ」
着いた先は畑だった。生い茂る葉のあいだから、真っ赤に熟れた苺が覗いている。
「摘みたてを食べもいいし、籠に入れて持ち帰ってもいい」
みせられた大ぶりの手提げ籠に、コレットの瞳がアメジストのごとくキラキラと輝いている。
(籠いっぱいの苺。――籠いっぱいの苺!?)
夢のようである。
「本当に、好きに摘んでよろしいのですか?」
「はい。出荷を終えた畑で、残ったものは今日が食べごろだと聞いています」
「今日食べごろだと、どうして残すのですか?」
「市場へ持っていくには、熟れすぎなんです」
このままだと、苺たちは旬を畑で過ごすことになる。なんてもったいない!
目の前の大きく育った艶めく苺を手に取って、コレットがパクリと食いついた。
(あ、あまくて、ジューシー‼)
お菓子につかわれる形のよい酸味のある苺とは、別物だった。
もぐもぐしながら、フランシスに目線で苺のおいしさを語っている。
「ふふっ。気に入ってもらえたならよかった」
「ごくん。――はい、こんなのはじめてです!」
はじめて。
フランシスは、穏やかな微笑みを崩さぬように、必死で耐えた。
目の前の愛する人は、元婚約者に手酷い仕打ちを受けて婚約白紙になった経緯がある。
幼少期に婚約を結んだので、7年もの歳月を相手と過ごしている事実は、なかなかに手強かった。
名だたるデートスポットは全網羅済み。
避暑地もイベントも、足繁くふたりで通っていたのだと知ったときは、殺意が湧いた。
(私とデートするたびに、あの男の面影がチラつくとか、ありえないだろ)
完全な嫉妬である。
仕方のないこととはいえ、フランシスはこの事実がどーしても許せなかった。
なんとかコレットが好んで、かつ未だ経験したことのないデートをしたかったのだ。
(やったぞ。――この調子でヤツとの思い出を、私とのデートで塗りつぶしてやる)
本日は思い出の噴水公園デートを、彼女が大好きな苺摘みで上書いてやった。
夢中で苺を頬張るコレットをみれば、確信がもてるというものだ。
「たくさん摘んで帰りましょう」
「でも、今が食べごろですから、持って帰っても傷んでしまうかも。――モグモグ」
先程から口に運ぶ手を休めないのは、今ここでしか食べられないと思っているからだった。
「摘んだものは、シェフにジャムか果実酒にしてもらえば長く楽しめますよ」
「むぐ!」
その手があった。
明日から、朝食は完熟苺のジャムが楽しめる。
食べる手を止めたコレットは、籠いっぱいに苺を摘んだ。
愛する苺で、脳も心も埋め尽くされている。
デートに連れてきたフランシスが、ちょっとだけ苺にまで嫉妬したほど、夢中なようだった。
****
「――というわけで、苺のジャムをお裾分けにまいりました」
差しだされた瓶をみて、レティシアは目を丸くした。
(~~フランシス。――やってくれましたわね!)
心のなかで地団駄を踏みつつも、表面上はにっこり笑顔でプレゼントを受け取った。
「わたくしと育てている苺も、小さな実がなりはじめたところです」
まだ青いけれど。がんばって赤くなるよう必死で祈っている最中だった。
「赤くなったら、一緒に収穫してくださいますか?」
「もちろんです! また苺摘みができるなんて、今から楽しみですね」
本当は一番に苺摘みの思い出を作りたかったレティシアである。
(いいもん。二度目の記憶で上書きするもん!)
元婚約者に嫉妬し、コレットとの思い出を増やしたいフランシス。
姉と慕うコレットを、独り占めしたいレティシア。
ふたりの攻防戦は、これからもつづく。
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