各々の思惑
ダンスフロアで軽やかに踊るふたり――フランシスとコレットを遠目にみながら、グラスを傾ける男がふたり。
「フランシスさんが王配候補から抜けられるとは驚きです。そう思いませんか、ノエルさん」
「ん~、元々フランシスはお付き合いの色が濃かったからね。それより問題はランベルトだよ」
問題視されたランベルトは、会場入りしてからずっとバルコニーの住人と化している。
「声を掛けても上の空。ブツブツ独り言ばかり呟いて、完全に堕ちちゃってる」
今度はなにを気にして沈んだのだろうか。年下の友人のことを、ノエルは律儀に心配していた。
「なら、今から相談にのってあげましょう」
「ルカ、人の悩みを面白がってつつくもんじゃないよ」
「心配しているだけなのに、ひどいですね。僕ひとりでいってきます」
どうして仲が悪いとわかっていて、ルカはランベルトに接触するのか。
例えるならば水と油。ふたり一緒におくのは非常に危険である。
「まったく、君たちふたりは――。フランシスが王配候補から外れたなら、バランサーは俺ひとりってこと?」
戻ってきてほしい、切実に。
「戻ってきますよ。じきに――」
心を読まれたのかと驚くノエルに、ルカがいたずらっぽく笑う。
「だって、したのは婚約内定ですよ。僕たち王配候補と扱いは一緒。いつでも取り換え可能な、軽い口約束です」
楽しそうに話すルカの本音は、いつだって読めない。
「よさないか。彼女はやっと幸せを掴んだばかりなんだ」
「ああ、晩餐会で浮気現場に遭遇した令嬢でしたか。――よく覚えているんですね、彼女のこと」
「それは、――南領の従属貴族のご令嬢だしね」
「広大なクルヘン領の従属貴族は多いとききますけどねぇ」
バルコニーにつくと、寒風にさらされたランベルトがいた。
「ランベルトさん、体が冷えたでしょう。これで温まってください」
いつのまに調達したのか、ルカがランベルトに酒を手渡した。
「どうして、ランベルトに酒を飲ませるんだ!」
「だって、面白いでしょう。それに悩みは口にだすほうがいい。ランベルトさんは溜め込みすぎる性分ですから」
面白いのか思いやりなのか、はたまたその両方か。ルカの発言は本音と建前を濁してばかりだ。
「どうしてだ~」
「ランベルト、声量を下げてしゃべって」
「どうして、私は、レティシア殿下が不満なんだ」
問われて答えられなかったことを気にしていた。ランベルトは未だなにかに囚われているのだ。
「ちくしょう。――あの令嬢のせいだ」
解決のできない問いを押しつけてきた令嬢の顔が忘れられない。気付きたくなかった心の闇を突きつけてきた彼女が、いつのまにか気になる存在になっていた。
のろのろと動きだしたランベルトを、ノエルが慌てて引き留める。
「こんなに酔っぱらって。気軽に話し掛けられるほど、彼女との仲は良くないだろう」
「仲は、よくない、のか――」
それは問題だ、とランベルトはまたブツブツとひとりの世界に閉じこもってしまった。
「ノエルさんも飲みましょう」
ボトルまで調達していたルカから、叱る気力もとうに失せてしまったノエルは、素直にグラスを受け取る。
酒が回れば、ノエルも少々愚痴っぽくなっていった。
「フランシスはずるい。いつも俺を出し抜いていくんだ」
「おやおや、おふたりは仲がよいと思っていましたが、いろいろおありなんですね」
「フランシスのことは好きだよ。憧れてる。でも、俺が先だったんだ」
「先、とは?」
むぅと口を尖らせたノエルは、思い出のなかの少女を辿る。
「クルヘン領では有名な美少女だったんだよ。同世代の令息は、みんな彼女に恋をしたんだ」
春の女神の愛し子とまでいわれていた。彼女が参加を決めたお茶会は常に満員御礼で、当日は会場の外にまで人があふれているほどの盛況ぶりだ。
幼い日のノエルは、公爵令息の自分が願えば、簡単に婚約できると信じていた。
けれどノエルの父は王配候補に息子をあてがい、コレットの婚約者は別で決まってしまう。
あえなく散った初恋と、不自由な公爵令息の立場に、当時はひどく落胆した覚えがある。
「それは、残念でしたね。でも、今なら可能性があるのではないですか?」
「なにを馬鹿なことをいっているんだ、彼女は――」
「内定しただけ。婚約すら成立していません」
苦い思い出の底に沈んだ、淡い恋心がチラリと期待を覗かせた気がした。
「――バカバカしい」
「こんな話もあります。年若き第二王女よりも、彼女が心を許した相手に取り入るほうが、都合がいい」
飲み干したグラスに酒を注ぐ。すぐに空にして、次を注いだ。
「うちの銭ゲバジジィことティライス前公爵の、ありがたーいお言葉です」
「ルカは、どうするつもり――」
「ティライス公爵家は、家督を継いだ父ではなく、未だ祖父が全権力を握っています」
それだけ言うと、ノエルとランベルトの空いたグラスに、それぞれ酒を注いだ。
「飲んで忘れましょう。あまり思いつめるのもよくないものです」
冬の澄んだ空気に満天の星のしたで、三人は酒を酌み交わした。
無論、翌日は全員がしっかり風邪をひいたのである。
****
トルテ城、レティシア主催のお茶会会場。
招待を受けたコレットとカロリーヌは、不機嫌な主催の顔色を窺っていた。
「私のファーストダンスを、カロリーヌお姉さまは、みてくださらなかったのですね」
「うっ。ごめんなさい。連日の激務で体が限界だったの。ドレスは間に合ったのよ」
「そのドレスも、今日は着てきてくださらなかったのですね」
「ううっ。実は汚れてしまったのでお直しをしてもらっていて。仕上がったら、あのドレスでお茶会をしましょうね」
ひとりお披露目会のドレス姿のレティシアが、納得できないという顔をする。
「せっかくコレットお姉さまのために、フランシスの情報を集めたのに取り上げられてしまうし、散々だわ」
「ちょっと、なによそれ!? 聞いてないわよ」
面白そうな話にカロリーヌが目を輝かせたのだが、コレットは慌てて首を横にふった。話すにしても今じゃない、と目配せをしている。
「まぁ、事情があるのなら仕方ありません。セレサ、お茶を淹れてちょうだい」
レティシアの様子に、ふたりは、ほっと胸を撫でおろした。
(レティシア様、すぐに機嫌を直してくれてよかったわね、カロリーヌ)
(これは、なにか別のものを強請られる前フリじゃないかしら?)
(考えすぎじゃない?)
(だって、機嫌が直るの早すぎるもの)
準備が整うあいだ、コレットとカロリーヌは目線で会話していた。
「ところでお姉さま方、これを受け取ってください」
豪奢な封筒が二通、銀の盆のうえに並んでいる。蝋封の押印は、第二后妃の百合の紋章。
断ることなどできないので、それぞれ手に取ったが動揺して指先が震えている。
先日、無事にお披露目会を済ませたレティシアに、国王と第二后妃は胸をなでおろした。
頑固な娘が素直になるきっかけをくれた令嬢たちは、ぜひとも囲い込みたいと思ったのである。
「お姉さま方には、ぜひわたくしの相談役に就いていただきたいのです!」
伯爵令嬢と子爵令嬢に断れる余地などない。とはいえ未成年であるため、いったん持ち帰り親に相談して返事をすることになった。
シルフォン伯爵は、娘に大役が務まるかをいたく心配したという。
ショコル子爵家では、有頂天になった父親に、カロリーヌがブチギレて大騒ぎになったとか。
双方、家庭内でいろいろあったものの、お役目を引き受ける方向で決着はしている。
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