恋のやまい
朝日にきらめく白銀の庭。ここのところ昼過ぎには溶けてしまう程度の積雪日がつづいている。
その日の午後、馬車に雪解け道を走らせて、カロリーヌがシルフォン伯爵邸を訪れた。
明日は第二王女殿下のお披露目会があり、約束通り仕上げたドレスを納品しにきたのである。
久しぶりに会うコレットは、様子がおかしかった。
いや、正確には部屋に案内される前に、おかしな話をたくさん聞かされた。
「コレットお嬢様が、お部屋に籠りきりになられてしまったのです」
「食事もお菓子も、あまり召し上がらないのです」
「アンリ様が様子をみに戻られたときも、気分が悪いと顔をみせないのです」
「お手紙の返事も滞りがちでして」
過保護代表のような執事に乳母にメイド長らが、口々に訴えてきた。
(まだ、ドレスの仕上げの確認作業が残っているのに。面倒ね)
時間の惜しいカロリーヌは、けれど家人たちの話に静かに耳を傾けた。
この場合、遮るほうが長くかかるものである。
すべてを聞き終えてからミアを呼んで、一言。
「で、どうなの?」
「かなりおかしいご様子です」
片眉を吊り上げたカロリーヌは、ことを重大に受け止めることにした。
(確かに、コレットが食欲を失うのは、天変地異の前触れかもしれないわ)
公爵家の晩餐会で、婚約者の浮気現場に遭遇した数日後に婚約破棄しても、食欲は健在だった。
むしろ普段以上に食べて太り、カロリーヌの逆鱗に触れている。
(それに、弟君が心配して帰ってきたら、顔ぐらいはみせるはず)
学生時代、カロリーヌが学園を休むたびに、毎回お見舞いにきてくれた。
ただ、趣味を優先するためのズル休みだったので来なくていいと伝えたところ「その一回が本当に体調が悪いかもしれないでしょ」といってのけた。
あのお人好しが、相手の気持ちに寄添わない行動をとるのは、普段とは違う。
(まめなコレットが、手紙を滞らせるって、めずらしいかも)
季節の挨拶に、ドレスのお礼にと分厚い手紙を寄こしてくる。中身は小さな文字でびっしりと書かれていて、感想や気に入ったところばかりが書いてある。不満や改善点はしつこく聞かないと教えてはくれない。
「たしかに、変ね。心当たりはあるの?」
「そのことですが――」
ミアの説明に、カロリーヌの細い眉はさらに上がったのだった。
コレットの部屋。
「こんにちは、ドレスを届けにきたわよ」
「――カロリーヌ?」
「そうよ。――なにかあったの?」
「いいえ。――今、お茶を用意するわね」
呼び出しベルをチリンチリンと鳴らして、ミアに準備を頼む様子はいつも通りにみえる。
ただ、机の上にはレターセットと、書き損じて丸めた紙がいくつも転がっていた。
「これ、新しい恋人への手紙を書いてたの?」
「な、なにいっているのよ、カロリーヌ。違うわよ」
「イケメンなんでしょ? もう家の人には伝えたの?」
「ち、違うの。フランシス様はそういうんじゃないのよ!」
「へー、相手はフランシス様なのね。弟君によくしてくれた人だったわね」
隠し事の下手なコレットから事情を聞きだすなど簡単だ。名前と人物が特定できれば、あとはなにを悩んでいるかを聞きだすだけである。
「デートのトータルコーディネートなら任せてよ」
「違うの、まだそんな関係じゃなくて――」
「あら、片思いなの? ならお披露目会でアピールしにいきましょう」
「そういうんじゃないのよ」
カロリーヌの質問攻めからは逃れられない。長年積み重なった経験値が無駄な抵抗はやめるよう答えを突きつけてくる。コレットは諦めて、ぽつぽつとこの恋がダメになった話をした。
聞き終えたカロリーヌは、肩をすくめた。
「決定的な話がなにもないわ。ワンチャンあるわよ!」
「か、簡単にいわないでよ!」
「簡単な話よ。相手からお礼がしたいってお誘いがきたのよね。これってデートの誘いよ」
「なっっっっ! なんでそのこと知っているのよ!?」
四大公爵ジェラト公爵家の家紋の押された蝋封が、コレット宛に届いたのだ。
受け取った執事は腰を抜かすほどに驚いた。喜ぶべきか騒ぐべきか。
とりあえず見守ることにしたものの、今度は手紙の返送を頼まれないことにヤキモキしていた。
そこへ、返事のないことを気にして邸に戻ったアンリが事情を説明し、本日カロリーヌにまで筒抜けとなった次第である。
「嬉しいですって書けばいいだけじゃない」
「――断りの返事をだすべきなのよ。でも、うまい言い回しが浮かばないの」
「コレット、嘘はよくないわ。嬉しかったのなら素直にそう書くべきよ」
「……」
お披露目会でレティシアの婚約者が公表されるのなら、内々には決定しているだろう。
もし、相手がフランシスなら、今から好意を示すなど厚顔無恥もいいところだ。
「いや、まだ公表前だし。先に声を掛けたのはフランシス様だもの。大丈夫よ」
「イヤよ。前の婚約解消での醜聞もやっとおさまったのよ。もう悪目立ちはしたくないわ」
「コレット、せっかく綺麗になって恋までしたのよ。最後まで踏ん張りなさいよ!」
「無理よ。わたしなんかじゃ、絶対に相手にされっこない――」
いつもは簡単に折れるコレットが頑なな態度を崩さないことに、カロリーヌは苛立ちはじめる。
「なによ! せっかく痩せて綺麗になったのに。自信持ちなさいよ」
「無理よ、自信なんてもてない。私は、自分にあまいし、怠惰だし。――だから、ジルベール様は、あっさりと婚約解消にサインしたのかも」
ジルベールの名に、頭に血が上ったカロリーヌは怒鳴り散らした。
「あんた、まだ、あんな奴に気持ちがあるっていうの!?」
「違うわ! もうなんとも思っていないし、そうじゃないの」
「じゃあ、どういうことよ。説明して!」
「この痩せた姿をみても婚約解消したってことは、きっと私の内面がダメだったからで、外見を飾っても無駄ってことなのよ」
コレットが婚約解消の書類に名前を書いたとき、相手の名前は空欄だった。
ジルベールの意志が記されていない書類に、彼がこれをみて反省し、もう一度やり直したいといってくれることを期待してサインした。
あの場ではじめて痩せた姿をみたのだ。七年分の気持ちがあれば、コレットの努力に絆されて、気持ちが戻ってくるかもしれないと期待した。
けれど、婚約は解消されてしまったのだ。
七年間育んだ気持ちを割り切るのにコレットはとても苦労した。今もまだ時折心の奥がきしむし、思い出はなくなりはしない。
あっさりと割り切れないことは、自分が一番よく知っている。それができたということは。
(向こうの気持ちは、ずっと前から離れていたのよ。私が気付けていなかっただけで……)
それらはコレットに決定的な烙印を押した。
「――見た目を変える程度じゃ取り繕えないほど、私にダメなところがあったのよ」
「そんなこと……」
「あるのよ、きっと。だから、どうせ私なんかが、なにをやっても無駄なのよ」
コレットの言葉を最後まで聞いたカロリーヌは、拳を握りしめて俯いていた。
噛み締めた奥歯をゆるめて、詰めていた息を小さく吐く。
「――くだらない。バカバカしくてやってられないわ。帰る!」
そう吐き捨てて、カロリーヌは乱暴に部屋をでていってしまった。
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