芽生える恋心(1)
とある伯爵家主催のガーデンパーティに、カロリーヌとコレットの姿があった。
「悪かったわね、付き合わせちゃって。どうしても断れない顧客からの招待だったの」
「いいのよ。久ぶりにカロリーヌと会えて嬉しいわ」
隅の目立たない席を選び、紅茶を飲みながら会場を眺めてのんびりと過ごしていた。
齢十五になる伯爵家令息の婚活ガーデンパーティ。少し年下の令嬢が集う席が盛り上がっている。
主役の目当てがその席にいるせいか、こちらへは挨拶すらまわってくる気配はない。
「十七歳の私やカロリーヌを招待するなんて、ちょっと不思議ね」
「第二王女様の友人だから縁を繋ぎたいのよ。けど当の息子は趣旨を理解できないようね」
義理は果たせたので、カロリーヌとしてはそれで問題なかった。
「マカロンが可愛くて美味しそうだったわ」
「砂糖とバターは避けろと何度も伝えたはずだけど。大人しくフルーツをかじってなさい」
「でも、ドレスは着られるようになったのよ。ちょっとくらい、いいじゃない」
「そのちょっとくらいで、また入らなくなったらどうしてくれるのよ」
先日ついに目標を達成したコレットは、カロリーヌのドレスを着て舞踏会に参加した。散歩をつづけてダンスを積極的に踊れば、少しくらい食べても大丈夫だろうと気が緩みはじめている。
「スコーンに無花果のジャムはどうかしら?」
「人の話を理解しなさいよ。クラッカーにチーズとハムが乗ってるやつにしなさい」
「ふふふ。ところでお披露目会のドレスは順調?」
「それが先にダンスの練習用ドレスが必要になって、四着ほど仕上げていたの。おかげで予定が狂いまくっているわ」
レティシアは、お披露目会でファーストダンスを踊ることになっている。周囲の用意した重量級ドレスではターンもおぼつかず、カロリーヌにヘルプが入ったのであった。
「レティシア様、ダンスの練習は順調?」
「苦戦しているみたい。アマンド国とトルテ国のダンスは曲も振付けも全然違うのよ。衣装も違ったわ。そうそう先に伝えておくけど、三人揃えのドレスの仕上がりが、前日までかかりそうなの。よろしく頼むわね」
「カロリーヌってパワフルよね。ドレスだけじゃなく、ランジェリーも用意しているのよね?」
「当たり前じゃない。ドレスにあわせてランジェリーは変えるものよ。あと、こんなの大したことないから。一番の修羅場はコレットのドレスを、すべてお直ししたときだから」
「うっ。その節は、大変ご迷惑をお掛けしました」
「別に。どれも楽しくてやっているから平気よ」
涼しい顔でお茶を飲むカロリーヌだが、目の下は濃い隈が浮かんでいた。
「無理しないでね。揃いのドレスがなくても、私は全然まったくこれっぽっちも気にしないから」
「いい加減腹を括りなさい。私は絶対に仕上げるわよ」
長年の付き合いなので話題には事欠かない。時間はあっという間に過ぎていった。
「ちょっと主催に挨拶してくる。ついでに帰れるように話をつけてくるわ。私は忙しいのよ!」
そろそろ我慢の限界だ。カロリーヌは帰る算段をつけるために席を立った。
戻るのを待つ少しのあいだ。コレットは年若い令嬢三人に掴まってしまった。
いや、正確にはコレットの座っているテーブルに真っすぐ一直線に集まってきたのである。
「ごきげんよう、コレット様」
歳のころはレティシアと同じ十四歳くらいだろうか。集まった令嬢は順番に自己紹介してくれた。
「ごきげんよう。せっかくお声掛けしてもらったのだけど、もう帰るところなの」
「少しくらいよろしいじゃありませんか。コレット様は噂ばかりが出回って、ご本人にお会いできないと評判なのです。せっかくお会いできたのもご縁でしょうし」
(そのご縁、わたしは全然まったくこれっぽっちも繋ぎたくないわね)
まさか、こんなところ婚約解消の真相を聞きたがる令嬢に掴まるとは思ってもみなかった。
カロリーヌなら、ひと睨みきかせて追い払うが、コレットはそういったことが苦手である。
周囲を固められてしまったので、ご令嬢たちの質問を受けるしかない。
「私たち、レティシア殿下のお茶会に呼ばれたのですけど、全然相手にされなかったんです。失礼ですがコレット様は、殿下とどのように仲良くなられたのですか?」
「へ? あ、ああ、そちらの話なのね」
ジルベールではなく、レティシアのほうであった。
「ほかの話題なんてありまして?」
「いえ、そうですね、私の婚約解消の件かと……」
うっかり口を滑らせてしまい、自己嫌悪におちいる。
「まぁ、その話は、コレット様ではなくフルール様に聞くのが面白いというものです。散々コレット様より見目麗しいので選ばれたのだと周囲にお話になられていたのに、急に見掛けなくなくなりましたのよ。ですが、その話題もレティシア殿下のお披露目会で霞んでしまいましたけどね」
コロコロと笑うご令嬢は、近い将来立派な噂好きの貴婦人に成長しそうだ。片鱗がみえる。
「それで、私たちできればレティシア殿下に謝罪したいのです。きっとなにかお気に触られたと思うのですが、思い当たらなくて困っていますの」
彼女たちは、お茶会でレティシアの機嫌の悪さにショックを受けて直ぐに退出したのだという。
招かれた全員がそうだったと聞いていて安心していたところに、コレットとカロリーヌが気に入られたという話がでた。
ならば自分たちは初対面のときに粗相したのではないかと不安になり、その日から眠れぬ夜を過ごし、不安で心を痛めているそうだ。
「コレット様にお会いできたらご相談したくて。今日このガーデンパーティに参加されると聞いて、これはと思ったのです」
「それで、ひとりになった私に声を掛けてくれたのね」
「はい。まずはお披露目会で挨拶ができる程度でいいのです。どうか仲をとりもっていただけないでしょうか?」
少女たちが懇願の目で訴えてくる。無下に断ることは不可能だ。
お披露目会の当日は、主賓のレティシアに挨拶することになる。その場で無下な態度を取られたなら嫌われているのだと周囲に広く知れ渡ってしまうだろう。どうしても避けたいと必死になる気持ちはよく理解できた。
「レティシア様は帰国で戸惑うことが多かったようです。周囲の方々へ悪い感情はお持ちではありません。今度お会いしたら伝えておきますから、お披露目会では普通に挨拶してみてください」
「ありがとうございます!」
口々によかったと安堵する令嬢たちは、おしゃべりに夢中になっていった。
「お披露目会が楽しみになってきました! レティシア殿下のご婚約者候補の顔合わせも兼ねているらしいと噂がありますの」
「公爵家ゆかりのどなたが選ばれるか最近の話題はそればかり。ファーストダンスはジェラト公爵家のフランシス様に指名がでたと噂があるようですわ」
レティシアの相手であれば、四大公爵令息の誰かが引き受けることになる。フランシスに白羽の矢が立つのは、ありえる話だ。
「でも、フランシス様はお年が七歳も上でしょう? もう少し年齢の近い殿方がいるはずよ」
「そうなのよね。でも、フランシス様は元々アガット殿下の婚約者候補に入っていましたし、王家としては外しづらいのではなくて? 女性側が若ければ歳の差は問題視されませんもの」
「そういえば、レティシア殿下のダンスの練習相手はフランシス様がされているらしいわ。お兄様がいっていたの」
「なら、ファーストダンスの相手は決まりじゃない。もしかして、その流れでお披露目会にサプライズで婚約発表があったりするのかしら!?」
「きゃー! 今から当日が楽しみね」
「あら、可愛らしいお客様がいらっしゃるわね。私たちはそろそろ帰らせていただくのだけど?」
戻ってきたカロリーヌをみた令嬢たちは、微笑みと挨拶を残して去っていった。
「遅くなってごめんなさい。――なにか嫌なことでもいわれてしまった?」
「いいえ。レティシア様のお茶会で追い返されたことを心配していたみたい」
「ふーん。それだけ?」
「ええ、それだけよ。ほかには、なにもなかったわ」
【お願い事】
楽しんでいただけましたら、下にスクロールして
【☆☆☆☆☆】で評価 や いいね
を押していただけると、すごく嬉しいです。
(執筆活動の励みになるので、ぜひに!!)
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜





