第36話 運命の出会い
エル達が話し込んでいると、ずっと騒がしかった隣のテーブルがいつの間にか静かになっていた。
見ると、シェリアに群がっていた独身男性たちが肩を落としながら去って行き、それをシェリアとカサンドラが見送っている。
どうやらシェリア相手に玉砕したようだ。
「農夫と魔法使いのカップル成立はちょっと難しかったかな。でもアイツらもよく頑張った方だと思うよ」
エルはそうお茶を濁したが、酒癖は悪いがシェリアはかなりの美少女であり、胸はナインペタンだがスラッとしたモデル体形だし、ノーコンで敵に魔法が当たらないけど魔力だけはあのナーシス・デルン副騎士団長よりも上を行っている。
どこまでも残念な女の子だが、一つ一つのスペックだけを見ればどれも超一級品なのだ。
そんなシェリアに、嫁が見つからない農夫たちが束になっても敵うはずもなく、申し訳ないが釣り合いが全く取れていないし、美女と野獣にもほどがある。
それはハンスたちも分かっていて、
「何事もチャレンジだし、あんな美女と話ができる機会は一生にそう何度もある訳じゃない。アイツらにはいい思い出ができたんじゃないか」
みんなが生暖かく頷いた所で、農夫たちを見送ってきたシェリアとカサンドラが戻ってきた。
「あー疲れた。ねえエル、私って結構モテたでしょ。ひょっとしてヤキモチ妬いてくれた?」
ドヤ顔のシェリアが鼻息荒くエルに迫ったが、
「いや特には。ていうか俺はハンスたちと話込んでいて、そっちのことは全然見てなかったよ」
「ガクッ・・・」
シェリアがガックリと肩を落とすが、カサンドラが彼女の背中をポンポンと優しく叩いた。
どうやらエルの知らないところで二人の間に友情のようなものが芽生えたらしい。なぜかは知らんけど。
そんな二人がエル達のテーブルに加わってしばらく話を続けていると、近くをたまたま通りがかった若い男にハンスが声をかけた。
そしてテーブルに彼を招き入れると、その若い男の肩を抱いてエルたちに紹介する。
「本当はコイツも今日の収穫祭で嫁を貰うはずだったんだが、急にその話が流れちまった。かわいそうだから朝まで付き合ってやる約束なんだ」
そう言って若い男に酒を注ぐハンス。他の男たちも若い男を慰め始めた。
新婦に逃げられた理由を聞くわけにもいかず、部外者のエルはそろそろ引き上げようかと思ったところ、独身男性たちから解放されて本格的に飲み始めていたシェリアが満を持して口を挟んだ。
「ねえねえ、急に結婚話が無くなったって、一体何があったの?」
「おいシェリア。そんなこと聞くのは失礼だぞ」
「だって女の方から結婚話を断るってよほどのことがない限り許されないし、特に農村みたいな保守的な場所はそう言ったことに厳しそうでしょ。だから興味があって」
シェリアのいう通り、男尊女卑の激しいこの農村で結婚直前に断りを入れる女性がいるのは信じがたい。エルも少し興味が湧いて来て、失礼だと思いながらもハンスに尋ねてみた。すると、
「実はコイツ、街から嫁を貰おうとしていたんだ」
「街娘は農家に嫁ぐのを嫌がると聞いたことがある。結局断られたとは言え、よくそんな話がまとまっていたものだな」
「それが結婚を予定していた娘は、奴隷女なんだ」
「奴隷女・・・」
それを聞いたエルは、また奴隷商人の絡んだ人身売買の話かと思いうんざりした。どうせ取引条件が合わなくて、契約が上手くいかなかったのだろう。
そもそも奴隷女を買うような男はロクな人間じゃないし、どんな奴なのか顔を拝んでやろうと改めてその男を見た。
男は年の頃が17、8歳ぐらいで、背格好も農夫にしてはかなり高く、精悍な身体つきだ。何よりとても誠実そうな顔で、農村では珍しい「いい男」だった。
エルは、なぜこんな好青年が村娘を選ばす奴隷女を購入しようとしたのかとても不思議に思ったが、周りの男たちは口々に若い男を励ます。
「結果的にはよかったんじゃないのか。いくら嫁不足だからって奴隷女を嫁にした日には、村八分にされかねないからな」
「そうだぞ。奴隷というのは犯罪人やろくでなしの子孫なんだ。つまりまともな人間の血を引いていない、家畜同然の生き物だ。そんな人間を村に入れたら大変なことになっちまうぞ」
それを聞いたエルは、貧民街で過ごした15年間を思い出した。
貧民街の中でも最下層の奴隷階級は、貧民たちからも酷い差別を受けていて、どんなに乱暴されようとも決して逆らってならず、黙ってされるがままになるしかなかった。
もちろん結果的には奴隷の所有者であるご主人様の財産が傷つけられることになるため、バレたらその貧民自身が奴隷に落とされるか、見せしめに殺される。
だからあまり無茶はできないようになっていたが、いずれにせよ誰からも人間扱いされなかった。
そんな人間以下の階級だから、ちゃんとした生活を営んでいる小作農の世界で受け入れられないのは始めから分かり切っている。
だからエルはこれ以上話を聞いていられなくなり、シェリアとカサンドラを連れて席を立とうとした。
だがその若い男は、事も無げに反論した。
「何を言ってるんだみんな。奴隷と言っても俺たちと同じ人間じゃないか。それも都会からこんな片田舎に来てくれると言うんだから、ありがたく迎え入れるのが礼儀じゃないのか」
「え?」
エルは思わずその若い男を見る。
その表情には一点の曇りもなく、年上の男たちを諭すように言ってのけた。
もちろん男たちは反論する。
「奴隷女なんて、まともなのはとっくに娼館に売り飛ばされちまっていて、残ってるのは奴隷商にも相手にされない化け物に決まっている」
「そんなに奴隷女が好きなら、俺たちが娼館に連れて行ってやる。そこなら、多少マシな奴隷女を選びたい放題だ」
その後も男たちが奴隷女の悪口を散々言っても、若い男は全く聞く耳を持たなかった。それどころか、
「彼女はこんな閉鎖的な村に来なくてよかったのかも知れないな。だがもし俺の所に嫁いでくれていたら、村の誰がどんな陰口を叩こうとも、そしてどんな嫌がらせをしてこようとも、絶対に彼女を守りぬいて一生大切にするつもりだった」
そのすがすがしいほどの男っぷりに、エルは思わず若い男に話しかけてしまった。
「その女の子は本当に残念なことをしたな。君のようないい男に嫁ぐことができれば、きっと幸せな人生を送れていたかもしれないのに」
すると若い男は笑顔でエルに答えた。
「ありがとう女冒険者さん。そう言ってくれて少し気持ちが楽になった。今回は縁がなかったが、まだ人生は始まったばかりだし気長に嫁探しをするさ」
「そうだな。だが君なら必ずいい嫁さんが見つかると思う。もし奴隷階級の娘が欲しいなら、金さえ払えば奴隷商会から引き取ることができるが、今回逃げられたその女の子もそこの紹介だったんだろ」
「いや、俺は奴隷商会なんかと関わり合いたくない。人間を売買するなんて間違ってると思う」
「全く持ってその通りだ。もしかして俺たち気が合うのかもな」
「ああ。少なくとも村の男たちよりはな」
エルはこの若い男に出会えたことがとても嬉しくなり、彼のことがもっと知りたくなった。そして彼が奴隷娘との結婚を決めた経緯をつい聞いてしまった。
すると若い男は、
「デニーロ商会からの紹介だったんだ」
「なっ!」
彼が口にしたのは、憎んでも飽き足らないエルたち家族の所有者の名前だった。
デニーロ商会は正式な奴隷商人ではないはずだが、あの男のことだから裏でどんな汚い商売をしているか分かったものではないし、奴隷商人ギルドを通さない闇の売買ルートを持っている可能性すらある。
不愉快な気分になったエルだったが、若い男の話には続きがあった。
「実はデニーロ商会の大奥様が、奴隷の娘の嫁ぎ先を探していたんだが、デルン子爵家領内の農村では結局見つからなかったらしく、アレス騎士爵領内にまで範囲を広げて探してたんだ。そしてウチの村にもその話が回って来て、俺はこんないい話はないと思い、すぐに手を上げたんだ」
「デニーロ商会の・・・大奥様だと」
デニーロ商会の現会頭はあの男だが、その妻こそが先代会頭の娘で実際の商会オーナーである大奥様だ。そしてマーヤがお仕えするご主人様でもある。
そんな大奥様が方々に声をかけて嫁ぎ先を探していた奴隷の娘というのは・・・。
「エル、それって!」
シェリアが驚愕の表情でエルを振り返ったが、エルは口もとに指を立てて、黙っているように促した。
シェリアはコクリと首を縦に振る。
そう、この若い男との結婚を土壇場で断った奴隷娘とは、他の誰でもないエル自身だったのだ。
エルが男装していたのは娼館に売られるのを防ぐためで、平民に嫁がせて奴隷階級から抜け出させようとマーヤが嫁ぎ先を探している間の時間稼ぎだった。
だがデニーロ会頭に女だとバレてしまい、彼の屋敷に飼われようとしたところで記憶が甦り、ボコボコに殴って奴隷解放の条件を引き出し冒険者となった。
結果マーヤが懸命に探していたエルの縁談が立ち消えになってしまったわけで、エルの知らないうちに既に決まっていた縁談を断った形になっていたのだ。
エルはもう一度、若い男の顔を見る。
誠実で男気もあり、農夫としてこれ以上の男はおそらくいない。もしかしたら、エルにはこの青年と人生を共に歩んでいた未来があったのかも知れない。
だがエルは前世の記憶を取り戻し、家族全員を奴隷から解放するという道を選んだ。だからこの男と生きる人生はなくなった。
だから、
「俺たちはそろそろ失礼するよ。明日もベリーズお嬢様の警護の仕事が残っているのでな」
すると若い男は残念そうな顔で、
「そうか。君とは気が合うしもっと話がしたかった。ではまたの機会に是非」
「もちろんだ。そう言えばまだ君の名前を聞いてなかった気がするが」
「自己紹介が遅れたが俺の名前はガイだ。君はエルだろ。ベリーズお嬢様がそう呼んでいたからな」
「ああ。またこの近くに来た時は必ず村に顔を出すことにするよ。それまでお別れだ」
「ああ。楽しみに待っているよ」
そして二人は握手を交わし、そして別れた。
だがこれがガイとの最後の会話になろうとは、この時のエルは想像もしていなかった。
次回もお楽しみに。
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