63 感謝会での再会
マリアンヌとアレクサンドルが姿を現すと、会場は一瞬で静かになった。笑顔で二人を見ている者もいれば、懐かしさで早くもハンカチを目に当てている者もいた。
アレクサンドルが集まってくれたお礼を述べてから今回の趣旨を説明すると、今度こそほとんどの参加者が目を潤ませた。
「そんな、お礼だなんて、もったいないことを」
「私たちはマリアンヌ様のおそばで働けて、幸せで光栄でした」
「何歳になられても、マリアンヌ様はお優しいままだ」
マリアンヌとアレクサンドルは、まず護衛たちのグループに近づいた。
「私、あなたたちに苦労をかけていたことを最近知りました。隠れて護衛をするのは大変だったでしょうに。あなたたちの苦労に気づかないまま守られていた私を許してください」
「そんなっ! マリアンヌ様のご指示ではなかったのですから。隠れて護衛をしたのは前国王陛下のご指示でした」
「おい、そんなことまで言わなくてもいいだろう」
仲間の言葉で護衛隊長だった男性が少し慌てた。
「いえ、その、前陛下も前王妃様も、マリアンヌ様をのびのびと暮らさせてやりたいとおっしゃっていたのです。我々に『あの子に余計な気を使わせて、才能をすり減らすことがないように』と何度もおっしゃって」
「前国王陛下は、そんなことをおっしゃっていたの?」
「前国王陛下だけではなく、前王妃様もでございます」
マリアンヌの目に涙が盛り上がる。すかさずアレクサンドルがハンカチを差し出した。マリアンヌはお化粧を崩さないように涙がこぼれる前にハンカチを目に当て、泣き笑いをする。
「そんなご配慮をいただいていたのね」
「我々もマリアンヌ様の発明の恩恵に与っておりましたから。決して苦労などではありませんでした」
「私は孫に『じいちゃんはあのマリアンヌ様を護衛していたんだぞ』と自慢しております」
「私もです。私の妻はマリアンヌ様が工夫された車いすのおかげで、腰を悪くしてからも外出を楽しめております」
元護衛たちの話を聞きながら、アレクサンドルがダンス講師のヘラーの視線に気づいた。ヘラーは白くなった髪をかっちりと結い上げ、若いころと変わらず美しい姿勢で立ってこちらを見ている。
「マリアンヌ、ヘラーが待っているよ。そろそろ挨拶に行こうか」
「あっ、はいっ」
やや緊張した表情になり、マリアンヌは以前指導された「美しく自信に満ちたように見える歩き方」を心掛けた。
「ヘラー先生、お久しぶりでございます」
「ロマーン公爵夫人、本日はお招きをいただき、ありがとうございます」
ヘラーは優雅にお辞儀をしてからニコッと笑った。
「あの頃はずいぶん厳しく指導いたしました。さぞかしおつらかったでしょう。招待状を頂いて、最初に思ったのはそのことでした」
「大変でしたが、つらくはありませんでした。ヘラー先生のご指導で、できないことができるようになる喜びを知りました」
「まあ……」
一瞬目が潤んだものの、ヘラーはすぐに気持ちを立て直した。
「公爵夫人は当時、既に天才的な発明者としてお名前が世間に知られていらっしゃいました。ダンスができなくてもどうということはない、とはわかっておりました。ですが、私はマリアンヌ様にダンスをうまく踊れる喜びも知っていただきたかったのです」
「先生は当時、『ダンスを完璧に踊れるようになる必要はない。ただ、この三曲だけは覚えなさい』とおっしゃいましたね。あの三曲さえ踊れれば、他の曲も踊れるのだと気づきました。素晴らしい選曲に感謝しています。おかげで私、一度も恥をかかずに済みました」
ヘラーが感極まった表情になった。
「お気づきになられたのですね。マリアンヌ様とお呼びしていた頃から、あなた様は聡明さの塊でした。温水療養施設で今、私の夫が歩行訓練をしております。杖を使っても上手く歩けなかったのに、今は杖無しでもだいぶ歩けるようになりました。夫はあなた様の発明の恩恵にあずかっております。本日はそれをぜひお伝えしたくて参りました」
マリアンヌが右手を喉元に当てて深呼吸し始めた。
「すみません、ヘラー先生。淑女は人前で泣いたりしないと教わりましたのに」
「今日はマリアンヌ様を称える者の集まりです。そんな場では泣いてもいいのですよ」
「先生……」
マリアンヌがヘラーの背中に腕を回した。
「マリアンヌ様、遅くなりましたが、四人のお子様に恵まれたこと、お祝い申し上げます。これからのご活躍を楽しみにしております」
「はい……はい」
涙を拭きつつヘラーと離れて、マリアンヌが元使用人たちと次々言葉を交わしていると、ドアが開いてそっと会場に入ってきた人物がいた。実家からマリアンヌと一緒に公爵家についてきた庭師のトムである。トムは庭師長の職を退いて、今は自宅でのんびり暮らしている。
マリアンヌは思わずトムに駆け寄った。
「久しぶりね。元気そうでよかった」
「マリアンヌ様、遅くなりまして申し訳ございません。来る途中、故障で立ち往生している荷馬車を見つけたもので。修理の手伝いをしていて遅れました」
「優しいあなたらしいわ。いいのよ。こうして会えたんだもの、私は大満足。ソバ粉を普及させたいと奔走していた頃も、公開庭園を造るときも、トムにはどれだけ助けられたか」
「どの仕事も、楽しい思い出しかありません。胸を張って自慢できる仕事ばかりでした」
奥のドアが開いて、様子を見ていたハロルド、ニコラス、フローラが静かに会場に入ってきた。
ニコラスはトムに気づくと早足で近づいてくる。
「ニコラス坊ちゃん! ちょっと見ない間に大きくなりましたね」
「そうだね。急に身長が伸びたんだ。トム、会いたかった」
ニコラスがトムを抱きしめた。
「今ではニコラス様の方が背が高いのですね。私が年を取るはずだ」
「トム、ロマーン公爵家は僕が継ぐことになりそうだ。トムがそばにいてくれたら心強いのに」
「坊ちゃん、古い知恵もお役に立てますが、若くて新しい知識を持っている者を使うことも、公爵家のご当主様には大切なことですよ」
二人のやり取りを聞いて、マリアンヌが夫の顔を見上げた。
「アレックス、この会を開いてくれて、本当にありがとう。思い残すことがひとつ減ったわ」
「縁起でもない言い方をするのはやめてくれ。次の感謝会はハロルドが生まれてからの使用人を呼び集める予定だ。僕も懐かしい顔ぶれに会えて嬉しいよ」
そんな会話をしているところに、四十代の女性が頭を下げて話しかけてきた。
「私から声をかけてはいけないことは存じております。ですが、どうしても公爵夫人にお伝えしたいことがございます」
「声をかけてもいいのよ。この会は私が皆さんにお礼を言うための会だもの。どんなお話かしら」
「生前、私の母が繰り返し申していたことでございます。母は公爵夫人がまだ婚約者様の頃に助けられたことがございます」





