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13/07/20    自室:観音さんは人見知りだよ

13/07/20 土 22: 00


「兄ぃ」

「ん?」

「いつまでもそうやってIN画面見つめるのやめなって」

 皆実は例のごとく俺の部屋にノートパソコンを持ち込んでマッシュ中。

 ただ、マウスには手を触れていない。恐らく戦闘ではなくチャット中なのだろう。

「だからって踏ん切りつかないんだよ。ねぎが観音さんとわかっただけでも混乱してたのに、アメリカ行きまで止めたって聞いてどう接すればいいんだよ」

 役所で人事を拒否する事が何を意味するか、観音が知らないはずはない。

 上司によっては「今すぐ辞表を出せ」と怒鳴りつけるくらい。

 すなわち自ら経歴にキズをつける行為。敢えて傍流に回る道を選んだ様なものだ。

「そんなの気にしなければいいじゃん」

「気にしなければって……」

 皆実は何の気なしに言い放つ。

 この辺りの感覚が兄妹でも性格の差だとしみじみ思う。

「一ヶ月半も全くINしなかった兄ぃが悪い。少しずつでもINしてれば、ここまで気まずい思いしなくても済んだでしょうに」

「うるさい。それよりもお前はどうしてねぎが観音さんと気づいたんだよ」

「うちが女だから」

「へ?」

「兄ぃを好きな女性からすれば、好きでもない男にあんな世話焼くものかって思う。上司ってだけじゃ納得できない。つまり観音さんは兄ぃが好き。それなら次は『どうして?』と考える。当時の心身共に腐った兄ぃが一目惚れされるわけないんだから」

「色んな意味で滅茶苦茶じゃねーか」

「そんな事ないよ。多分、シノさんもうちと同じ事思ってるんじゃないかな」

「お前らは『あばたもえくぼ』という言葉を知らないのか!」

「それは欠点も好きってことで、欠点が見えないわけじゃないんですけど?」

 ああもう、いちいちむかつく。

 皆実がキーボードから手を放して体を起こす。

「職場で理由がないなら他に目を向けるしかないじゃん。だったら観音さんがねぎさんと考えるくらいしかないもの」

 ま、シノさんがそう考えるのは無理だろうけど。

 そう付け加えて鼻高々にしてみせる。こいつ、よっぽどシノが嫌いなんだな。

「それは推理じゃなくて決めつけって言うんだ」

「これが兄ぃの業界の発想のはずですが何か?」

 確かにそれがインテリジェンス。

 しかし、そんなこましゃくれた台詞を妹には言われたくない。

「でも兄ぃ」

「ん?」

「うちだって『そうだったら面白いなあ』くらいしか考えてなかったのが本音だよ」

「そりゃそうだろうな」

「だけどスカイプに出たのは声変わりしてない男性。弟さんはあの通りの外見だからその可能性が高い。あんな人が世の中に何人もいてたまるものですか」

 少なくとも二人はいたわけだが……。

 そこは俺達、というか観音の周囲が異常なんだろう。

「観音さんも弟さん出すくらいなら逃げればよかったのに」

「そしたらうちはもっと煽って引っかき回したよ」

「お前はそれを自分で言うか」

「だって面白いもん。観音さんだってうちのそういうところは知ってるから、最悪うちにはばれてもあそこで止めようとしたんじゃないかな」

 やれやれ……我が妹ながらこの性格には呆れる他ない。

「じゃあどうして、そんなお前が観音さんがねぎなのは黙ってたんだよ」

 皆実が姿勢を正し睨んでくる。そして怒気をも感じる口調で話し始めた。

「本当にそうなら話は別。言えるわけがない」

「本当にそうならって……」

「だって陰から見守ろうとしてる観音さんの志を無にしちゃうもの。それが兄ぃのためと考えて、自らの気持ちまで押し殺してまでそうしてるのにさ。そりゃうちだって弁えるし、観音さんを応援するよ」

 我が妹ながら実に思慮深い。

 それなら最初からかき回すな、と思わなくもないが……皆実にしてもやっぱり「まさか」だったのが本音なのだろう。

 ただ、観音についてはどうしてもわからない疑問がある。

「お前に一つ聞きたい」

「何?」

「観音さんは人見知りと程遠いんだけど、お前は何も思わなかったの」

 他の点については今にすれば重なり合う。

 ただこの点においてのみ観音とねぎは全く違う。

 ねぎは明らかな人見知りだが、観音は友達がいなくとも決して人見知りではない。

 かと言って、どちらかの姿が演技である様にも思えない。

「なんだ、そんなこと?」

 皆実は軽い調子で返事をして、そのまま続ける。

「観音さんは人見知りだよ」

 どういうこと? 二の句を継げなくなった俺に、皆実は続けた。

「あの人って一度相手の目を見たら離さないでしょ」

「うん」

「あれが人見知りの裏返し。目をそらしたいのを無理矢理抑え込んでるから、不自然に見つめ続けるんだよ。恐らく素はねぎさんの姿の方だね」

「人見知りって克服しようとしてできるものじゃないだろ」

「だから観音さんはすごいんだよ。意志の力だけであの外面を演じきってるんだから」

 それも弱みを見せたくないという負けず嫌いゆえなのか。

 焼肉工作の時の「私もそうだった」という言葉。

 一旦は理解したつもりだったけど間違っていた。

 観音にとっては「そうだった」どころじゃなかったはずだ。

 だって、ねぎがマルコウしてる姿なんて想像もつかないから。

 そんな思いに耽りかけると、皆実があっけらかんと口を開いた。

「もういいじゃん。INするなら早くINしようよ。今ならギルチャにみんないるよ」

「なんでそう急かすんだよ」

「うちがアメリカ行きやめた理由を早く知りたいから」

 まったくいい性格してるよ。

 仕方ない、ここはいい加減に覚悟を決めてINしよう。いつも通りにIDとパスを打ち込みIN。エリンギへのボタンを押す。

 さてギルチャであいさ──ピコリン♪

 画面の隅にねぎからのチャットボックス、早っ!

〈ねぎまぐろ:おはおは〉

〈みつき:おはおは〉

〈ねぎまぐろ:随分おひさですね〉

 いつも通りの挨拶。『ねぎ』としてはずっと会っていない事になっているらしい。

〈みつき:ギルチャに移ります〉

〈ねぎまぐろ:なぜ敬語w 超笑うんですけどwww〉

 うるさいよ! 勝手にそうなっちまうんだよ!

 チャットを無視してギルチャに移動する。

〈みつき:おはおは~〉

〈こまっち:おはおは~、おはつです〉

〈りんりん♪:初めまして〉

 この二人が例の男の娘達か。

 「こまっちの方が弟さんだよ」と皆実が教えてくれる。

〈みつき:二人とも初めまして。マスターのみつきです。よろしくです~〉

〈ねぎまぐろ:じゃあ全員揃った事ですし、お約束として廃人御用達のマイタケダンジョンに行きましょうか〉

〈こまっち:鬼! 誰が行くか!〉

〈りんりん♪:行きます、行きます~〉

 りんりん♪、つまり教え子は俺やねぎタイプかな。

 いや、今そこはどうでもいい。

〈みつき:ワシントンどうして断ったんですか?〉

 もう単刀直入に聞く。全員がリアルでも関係者なんだし。

 しかし沈黙が流れる……。


 ようやく、ねぎからチャットが入った。

〈ねぎまぐろ:何のことです? 私はねぎですよ?〉

〈こまっち:みつきさん、ここでそういうのは〉

〈りんりん♪:話さないのがお約束ですよ〉

 そりゃMMOはなりきりネットゲーム、もちろんわかってはいるけどさ。

〈みつき:それを承知で聞きたくなるわ!〉

〈みなみ:みんなごめん。うちが兄ぃを煽った〉

〈こまっち:なぜ!〉

〈みなみ:うちが面白いから〉

〈りんりん♪:あなた最悪です〉

〈ねぎまぐろ:はあ……全く仕方ないな、君は〉

 「ねぎ」が「観音」になった。

 そのままチャットを続けてくる。

〈ねぎまぐろ:ここまでの事は忘れてやる。とりあえず、今すぐその敬語をやめろ〉

〈みつき:ごめん〉

〈ねぎまぐろ:ったく、みんな楽しんでるのに空気ぶち壊しだ。私だって現実に引き戻されて気分悪い〉

〈みつき:マジごめん〉

〈ねぎまぐろ:もういいよ。どうせ明日は私達二人が日直当番だろ。そこで話す〉

 公安庁では緊急事態に備えて二人ペアの宿日直当番が定められている。

 事務所では本来行われないが、不穏な時期には臨時で土日の日直当番が実施される。

 それもマルセが「無慈悲」、「無慈悲」と繰り返すせいだ。冗談でも「撃てるものなら撃ってみろ」と言える立場ではないが、それでもネットで流行っている無慈悲チャーハンのAAアスキーアートをマルセに突きつけてやりたくなる。

〈みつき:わかった。それじゃ蘇生薬大量に買ってくる。必要だろ?〉

〈こまっち:結局マイタケダンジョンには連行されるんですね……。鬱すぎる……〉

 顔と違って中身は正反対の姉弟だなあ。

 リアルを知っていると、これはこれで面白い。


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