表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/72

13/05/09(2) 某焼肉店:本場ってど──

「いらっしゃいませ~。こちらのカウンター席にどうぞ」

「観音、何が食べたい?」

「うーん。何がいいかなあ……とりあえず乾杯したいな♪ 後は任せていい?」

 観音は普段と異なる甘えた態度。語尾には音符がついてそうだ。

「じゃあ生二つ。そしてキムチ盛り合わせ。それとおすすめってありますか」

「よろしければ、こちらで適当に見繕いますよ」

「ではそれで」

 店主の口調は軽快。それでいながら落ち着きも感じさせる。全体に柔和な雰囲気で話しやすそう。これはいけるか。

 ただ何だろう、目の前に置かれたおしぼりが遠く感じる。

「お待たせ~、まずは生二つとキムチ」

「じゃ乾杯しよっか」

「うん、かんぱーい♪」

「キムチ辛っ! でも美味しい。辛いのに何故かまろやかで」

「うんうん♪」

 観音が破顔する。相槌しか打たないのは、俺が会話をリードしろという事だろう。

 しかしこのキムチ、間違いなく美味しい……のに全然噛んでいる気がしない。歯でただぐにゅぐにゅと押しているだけ、そんな感覚しかない。

 店主が調理の手を止め、にっこり笑う。

「お、その味を分かってもらえるとは嬉しいねえ。それが本場の味なんだよ」

「本場ってど──」

 言葉が止まってしまった。喉が締められて詰まった感じがする。

「やだ、焼肉店なんだから決まってるじゃない。僕、いわゆる在日だからさ」

 幸い、こちらが狙った回答をしてくれた。

 次はマルセである事を喋らせてから話題を広げていけばいいのだが……どうするつもりだったんだっけ? 予め練っていたはずなのに思い出せない。それどころか、頭がぼんやりして白くなっていく。

「ところでお二人さんは恋人さんだよね」

「はい、そうです」

「ふふ♪」

 声を掠らせながらも何とか返事した。箸を持つ手が震えている事に気づく。

 観音は顔を赤らめながら、じっとこちらを見つめる。

 お願いだから今そんな目で俺を見ないでくれ。

「すっごい美人さんだよねえ、自慢の彼女さんでしょ。羨ましいなあ」

「あはははは……」

 声にもならない愛想笑いをする。

 もうそれしかできない。

 動悸が止まらない。

 まだ普通の会話なのに。もっと踏み込まなければならない先があるのに。


 ──太腿にギュっと軽い痛み。観音がカウンターの下でこっそり抓ってきた。


「美人だなんてそんなぁ。私こそ、この人って自慢のカレなんですよぉ♪」

「うわ~、店内でいちゃつかないでよ。肉じゃなくってカレシを妬いちゃうよ?」

「うまいこと言いますね。でも、あちらのお綺麗な女性って奥さんじゃないんですか。二人で仲良くお店だなんて、こちらこそ羨ましく思っちゃいます♪」

「うん、女房なんだけどさ。そうかなあ、あはは」

 妻もこっちにやってきて肉の載った皿を差し出してくれる。

「あらあら、おばさん照れちゃいますよ。これは私からのサービス。ユッケね」

「うっわー久しぶりだあ。いただきまーす……美味しい! とろとろしてる~♪」

「うちの看板メニューよ。お肉の新鮮さには自信あるの」

 観音が妻に首をぶんぶん振ってから、店主に顔を向ける。

「うんうん、さっすがぁ♪ でもお肉だけじゃなくって、お店の雰囲気もいいですよね~。すんごくきれいでお洒落で、このまま居着いちゃいそう♪」

「若い人でも来られる様に最近改装したんだ。それまでは駅から遠くてボロい店のせいか、客も少なくてさ~」

「そうなんですか。これだけの内装だとお金もかかったんじゃありません?」

「おかげでもう素寒貧。でも思い切っちゃった。ははは」

「でもこんな御時世だと、銀行もなかなかお金貸してくれないでしょう。あちらの方ですと商銀とかって言うんでしたっけ。二つあるみたいで区別つかないんですけど」

「商銀は民団、つまり韓国系でうちはもう一つの方。ただ、銀行からは借りなくて済んでさ。改装資金の足りない分は女房の実家が出してくれたんだ」

「おっかねもち~♪ 何か事業でもやってらっしゃるんですか」

「パチンコ屋。駅前のホワイトホースって店だよ。この地区だと優良店だと思うなあ。パチンコ屋も現在きつい状況なんだけど繁盛してるしね」

「じゃあ、後から行って、ここで食べたお金を返してもらっちゃおうかなあ♪」

「ははは、勘弁してよ。ここでその分はサービスするからさ」

 その後も観音と店主夫婦で会話が続く。

 俺は相槌を打つだけ。

 何て苦痛で惨めな時間。

 肉の味も感じられない。

 まるで砂を噛んでいるかの思いをしつつ退店の時間を待った。


「ありがとうございました、また来て下さいね」

「もちろん。またお邪魔しちゃいま~す♪」

 愛想を振ってから店外へ。

 観音は扉が閉まるや、すぐさまタクシーを拾った。

「駅前のホワイトホースというパチンコ店にお願いします」

 ──到着して店に入ると二一時近いというのに満席。間違いなく繁盛している。

 観音はいつもながらのすました顔でぶっきらぼうに吐き捨てた。

「これだと金銭面での条件はないな……ここじゃ話ができない、移動しよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ