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13/04/20(2) マッシュ:スカイプで話しましょうか

 ──甘かった。


 長湯を楽しんだ俺は、夢見心地でマッシュに戻った。しかしモニター画面には、一気に現実へ引き戻されるだけの目を覆う光景が繰り広げられていた。

 チャットログを読む。

〈みなみ:ねえねえ、ねぎさん。スカイプで直接話してみません?〉

〈ねぎまぐろ:いきなりどうしたんですか?〉

〈みなみ:実は兄ぃがねぎさんと話したがってるんだよ。ねぎさんの声聞きたいって〉

〈ねぎまぐろ:みつきさんがそう言ったんですか? 本当に?〉

〈みなみ:うんうん。うちも参加するからさ。ねぎさんともっと仲良くなりたいし〉

〈ねぎまぐろ:うーん、私ってヘッドセットをパソコンに常設してないんですよね〉

 くそっ、やられた。

 皆実め、さっきの風呂はこれが目的だったのか。

〈みつき:みなみ、お前は人が風呂に入ってる間に何してやがる!〉

〈みなみ:おかえり。いいお湯だった?〉

〈みつき:おかえりじゃない。スカイプしたいのは俺じゃなくて、お前だろうが〉

〈みなみ:うち、あんなにお風呂頑張ったのに〉

〈みつき:話をそらすな! ねぎ、申し訳ない。こいつが勝手に誘ってるだけだから〉

 ……あれ? ねぎからチャットが返ってこない。

 急用で離席してしまったか? そう思った頃、ようやくねぎの返事が表示された。

〈ねぎまぐろ:あはは、いいですよ。スカイプで話しましょうか〉

〈みつき:へ?〉

〈みなみ:いやっほい〉

 熟考の果てとみられるねぎの結論は、正直意外な返答だった。

 あと皆実、お前は黙れ。

〈ねぎまぐろ:スカイプであまりいい思い出がないので普段はしないんですけどね。これからヘッドセットを探すので、三〇分程待ってもらえるのでしたら〉

〈みつき:うん。それくらいなら。でもいいの?〉

〈ねぎまぐろ:いいですよ、私も二人の声聞いてみたいし。準備してきますね〉

 皆実が俺の部屋にやってきた。手にはノートパソコン。

「何事も言ってみるものでしょ? スカイプIDはうちのを使えばいいよ、兄ぃのを部外者に教えるわけにはいかないだろうしさ」

 確かにそうだけど……まったく、無駄な方向には気が回りやがって。


              ※※※


 三〇分経過。ねぎからチャットが入ってID交換後にスカイプ開始。

「みつきです、おはおは~」

「ねぎです、おはおは~」

 ん? かなり高い声だ。男の声とは思うのだが、少年の声に近く中性的に聞こえる。いわゆるボーイズソプラノ。音声はクリアだし、恐らくは地声のはずなんだけど。

「男……でいいんだよな?」

「そうですよ。ボク、こんな声してるからスカイプ嫌いなんです」

 リアルだと「ボク」なのか。声にコンプレックスを持ってるから考え込んだんだな。

「みなみです、あんにょん~」

「ねぎです、えーと……あんにょん? というか……なぜ韓国の挨拶なんです?」

「韓流アイドル好きなもので」

 嘘つけ。そんなもん全然興味ないだろうが。

 皆実は俺の顔を見ながらニヤニヤしている。会話に俺のリアルを混ぜこむことで反応を楽しんでるのだ。そしてその思惑通り、俺はすっかり凍り付いてしまっている。

「カッコイイ人多いですもんね。女性は背の高い人ばかりだから、ボクはあまり興味持てないんですけど」

 いかにも社交辞令な返答。この言い方からすると背は低いっぽい。

「じゃあどんな女性が好きなんですか?」

「背が低くて巨乳であどけなくて……って何を言わせるんですか!」 

 少し声を荒げたねぎに対し、皆実がけらけらと笑う。

「あはは。その返事からするとねぎさんって本当に男性だったんですねえ」

「男ですけど、それがどうかしました?」

 ねぎの声はどことなく不機嫌そう。詮索されたと思ったか。それとも俺が仲良くしていたのを「女と思っていたから」と思って、がっくりきたか。半ば嘘を交えながらフォローする。

「いや、俺は男だと思ってたけど、皆実が『どう考えても女性』とか言い出してさ」

「どこからそんな発想が湧くんですか。非常に問い質したくなるんですけど」

 むしろ、何の疑問も感じずにその台詞を口にするお前を問い質したいよ。別にどっちの性別だろうと構わないけど、少しは自分の言動を振り返れ。

「うち、わくわくしてきた。その声で男性って何だか面白そう」

「やめてください。本気で気にしてるんですから」

 ねぎが語気を強める。しかしそういうのを聞くと、逆にからかいたくなってくる。

「俺もその声を聞いてると会いたくなってきた。男なら尚更だ」

「キモイからやめて下さい。みなみさんとなら喜んで会いますよ」

「兄ぃとセットでいいなら喜んで会いに行くよ」

 少し間が空いた。

「……ボクって九〇㎏近いデブですよ。それでもいいですか?」

「ねぎ! 『いいですか』じゃねえ! 何をどさくさ紛れに妹を口説こうとしている!」

 まったく人見知りはこれだから。少し優しくされると、すぐ勘違いをする。

「シスコンはほっといていいよ。それに兄ぃも八六㎏だから大丈夫」

「うるさい! お前こそブラコンじゃねえか!」

 俺の叫びをよそに、皆実はまたニヤニヤしている。頼むから会話にリアルを絡めるのはやめてくれ。あと、これでもCARPに通い始めてから六㎏減ったんだ。

「あはは。マッシュの中でも思いますけど、二人とも仲いいですよね」

「ブラコンの妹だから」「シスコンの兄だから」

 二人の返答が被ってしまった。

「ほらやっぱり。どっちもどっちじゃないですか」

 その声を聞くだけで、ねぎがPCの向こうで呆れてしまってるのがわかった。

 さてと。あまり長々と話すのも何だし、そろそろ締めよう。

「それじゃこの辺りにしようか。今晩はねぎと直接話せて楽しかったよ」

「うちも楽しかったです」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。お二人の声が聞けて良かったです」

「んじゃ、ねぎ。またマッシュでな」

「うちもうちも~」

「はい、それでは」

 スカイプを切ると皆実が話しかけてくる。

「もしかすると、ねぎさんって『男の娘』なんじゃないの?」

「これまた随分と妄想を膨らませたな」

「だって入学式で現実に男の娘を見ちゃってるしさ、しかも二人だよ」

「確かになあ。あの二人が九〇㎏になったところは、ちょっと想像つかないけど」

「それはそれで見てみたいけどね、それで兄ぃとカップリングしたらすごすぎる」

「お前ってやつは」

 お母さん、皆実が何だか変な方向に走りそうで怖いです。


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