13/04/15(1) 横浜オフィス:スーパーどSです~
13/04/15 月 11: 20
天気は快晴、春全開。
隣の班から旭がてくてく、シノにぼそぼそ。シノが俺にぼそぼそ。俺が旭にぼそぼそ。旭が観音の席にてくてく向かう。
「観音さん~、これから一緒にランチいかがですか~」
「妙にかしこまって、どうした?」
「若手だけの歓迎会ということで、私達三人に御馳走させてほしいんです~。担々麺と麻婆豆腐が絶品のお店がありまして~」
「ほう。両方とも好物だなあ。是非甘えさせてもらおう」
「その店早く行かないと混んじゃうんで、一一時半には出たいんですけど~」
観音は座ったまま椅子を回転させ、後方の土橋統括が座る席へ向き直る。
「統括。そういうわけですので、早めにお昼出てもいいですか?」
「いいけどぉ~──」
土橋統括は、鼻をほじりながら顎をしゃくった。
「──天満川さんって若手ぇ?」
観音が固まる──部屋の空気が「ぴしっ」とひび割れる錯覚に囚われた。
やたら『若い』という言葉に拘りを見せていた気はするけど……年齢が観音のコンプレックスだったのか。
「嫌ですね~、私『若い』ですよ? 『若い』女性以外の何かに見えますか? もし見えると言うなら、そんな役に立たない目はくり抜いてさしあげましょう」
やばい! 俺達三人は同じ事を思ったに違いない。その動きは同時だった。
俺が背中から観音を羽交い締めにする。シノが右腕、旭が左腕にしがみつく。
「少し早いけど出ましょう」
「今日のお店は本当に美味しいですからね」
「観音さんと腕が組めて幸せです~」
土橋統括が鼻をほじった小指を観音に向けて突き立て、ふっと息を吹き付ける。
「三〇越えて『若手』は図々しくないぃ~?」
「越えとらんわ!」
遂に観音から敬語が消えた。もう洒落になってない。
「土橋統括、少しは空気読んで下さい」
「観音さんも私とほとんど変わらない年齢じゃないですか」
「観音さん若くて素敵です~」
俺達三人は土橋統括に襲いかかろうとする観音を力づくで抑え込み、無理矢理にエレベーターまで連行した。
※※※
中華街の「重慶飯店」。店内は円卓。俺、観音、シノ、旭の順に座る。
注文した人数分の麻婆豆腐と担々麺、そしておひつとスープが届く。御飯とスープはおかわり自由。
ランチだと安いし、味もいいし、たくさん食べられるしなので、俺達横浜の職員は普段から通い詰めている。忘年会や歓迎会などでも年に一度は重慶飯店だから、まさに横浜事務所御用達。それでも飽きない俺達って、これまたすごいと思うけど。
重慶飯店に限らず横浜中華街の名店をランチで味わえるのは、横浜勤務ならではの役得。この点に限れば左遷されてよかったとまで心底思う。
シノがしゃもじを手に取りおひつを開く。中から湯気が立ち上がる。
「観音さん、御飯をつぎましょう」
「ありがとう。小盛で頼む」
「弥生もついだげる、はいどうぞ」
「ありが──」「待てシノ! 何だそれは!」
「見て分かりませんか? 見ての通りの御飯ですけど」
シノ……その答え方は絶対に、先日の「直し」の意趣返しだろ。
「そんなことは分かっている、その御飯は何だと聞いている」
「見て分かりませんか? 見ての通りの弥生用に大盛についだ御飯ですけど」
「限度があるわ。その富士山がごとく、こんもりつがれた御飯はなんだ」
「はい、旭ちゃんもどうぞ」
シノは観音を無視し、旭に茶碗を差し出す。続けて俺に視線を向けてきた。
「弥生だってせっかくだしたくさん食べたいよね」
「うんうん。食べたい、食べたい」
「シノ、甘やかすなと言ってるんだ、本人のためにならん」
「そんなの観音さんが心配する話じゃないでしょう。弥生だっていい大人なんですよ」
「弥生さんはいいデブでもありますけどね~」
「お前はうるさい、黙れ」
キリがないと思ったか、シノが場をまとめにかかる。
「とりあえず食べましょう。観音さんの横浜転任を祝って」
いただきます、と四人が声を揃えて手を合わす。
「これは実に美味しいな。どっちも辛いのにすごい後を引いて箸が止まらない」
ただですら辛いのに、裏メニューの激辛にしてもらってるからな。
「バンザイです~、マンセです~、ワンスイです~!」
「小盛じゃ足りないじゃないか……シノ、いいか?」
「はいお茶碗下さい。はいどうぞ。気にせずどんどんおかわりしちゃいましょうよ」
「観音さん、スリムだから大丈夫です~。この山椒の香りに逆らってはいけません~」
「苦労してるんだぞ? まあいい。せっかくの歓迎会だ、遠慮無く食べよう」
観音がにんまりしながら麻婆豆腐を御飯に掛ける。
俺もシノに茶碗を差し出す。
「シノ、おかわ──」うがっ! 言葉の途中で観音に殴られた。
「痛いですから。それだけ人を殴って、よく不祥事になりませんね」
「何を言う、私は君以外殴ったことないぞ?」
「なぜ私だけ」
「『ボコデレ』っていうのかな。なんか殴りやすい」
「だから、どこもデレてないですから。単にボコってるだけですから、このドS!」
「別にSじゃないぞ」
「どこからどうみてもSじゃないですか!」
観音がちっちと指を振る。
「Sというのは殴る蹴るの物理的暴力で相手が痛がるのを悦ぶ人だろう? でも、そんなの当たり前でつまらないじゃないか。それより私は、精神的に嬲った時の反応を観察する方がよっぽど悦に入る」
俺、シノ、旭と無言で顔を見合わせる。思うところは似たようなものだろう。
(天然のSだ……)
(真性のSだ……)
(スーパーどSです~……)
──あー美味しかった。たらふく食べた。
まったり食後のお茶を飲んでいると、観音がチラシを一枚差し出してきた。
【スポーツクラブCARP 春の新規会員募集キャンペーン】
「今日からここに通え。先日命じた通りダイエットしてもらう」
「だから横暴だと!」
「『はい』だろ」
静かに言われると怖い。言葉を失ってしまった。
何事かと、シノと旭が固唾を呑む。
店の喧騒だけが聞こえる中、観音が続ける。
「私も命令したからには君と一緒に通い、苦を分かち合ってやろう。決して独りだと挫折しそうだから、君を無理矢理付き合わせようというわけではない」
……この女、真顔で何を言ってやがる。
シノがツッコんだ。
「独りだと挫折しちゃうんですね」
さらに旭もチラシを見ながらツッコむ。
「カップルで入会すると【入会金&月会費三か月無料】ですって~」
「二人の言う通りですよ。それって、まんま観音さんの都合じゃないですか! 何が『デブは嫌いだ』ですか!」
「デブは嫌いなのが普通だと思います~」
「旭、お前は黙れ!」
「外見でその人の価値が決まるわけじゃあるまいし」
シノがお茶をすすりながら上目遣いにして、観音を冷ややかに見つめる。ああ、シノがまるで女神に見える。
しかし観音はシノを一瞥しただけで、再び俺に目線を向けた。
「いいじゃないか。一緒に通えば私のスパッツ姿が見られるんだぞ。スパッツフェチの弥生としては拝んでみたくないか?」
「否定はしませんけど、もう少し年齢を考えた発言をしたらいかがですか」
──しまった! 口が滑った、そう思った瞬間には眉間に拳を食らっていた。
「失礼な。私は七歳。この中の誰よりも『若い』んだぞ」
「七歳?」
「私の誕生日は二月二九日。まだ七回しか誕生日を迎えていない。だから七歳」
再び俺、シノ、旭の三人が無言で顔を見合わせ、互いの表情から思考を読み取る。
(この人子供だ)
(ある意味若いよね)
(見た目は大人で頭脳は子供です~)
漂う白けた空気を悟ったのか、観音が強引に締め括る。
「弥生には後でダイエット管理用のノートを渡す。一日どれだけ運動したか、何を食べたか、体重の変動まで全部記入した上で、これから毎日提出してもらうからな」




