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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
* * *

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エピローグ ~ある薬草売りの少女の話~

月が満ちた夜に、それは咲き始めた。その瞬間を、私は息を呑んで見つめていた。青白い光を放つ花びらが、まるで月の光に呼ばれるように、ゆっくりと開いていく。窓辺の植木鉢に咲いた一輪の花は、まるでガラス細工のように繊細で神秘的だった。ふわっと、どこか懐かしい深い森の香りが漂い始めた。


『月詠草が咲くと、鏡が繋がるわ』


リオの穏やかな声が聞こえた。


「アイリが握っていた種……やっと咲くのね」


私は産まれたばかりの我が子の、小さな手の中に握られていた不思議な種を思い出していた。リオに相談したら「月の光をたっぷり浴びせて、大切に育ててね」と言われた。その種が、今、こんな美しい花を咲かせようとしている。



◇ ◇ ◇



『アヤメ、大切なことをやっと話せるわ』


昨晩、話し始めたリオの声は、いつもより真剣な響きを帯びていた。


『あなたと向こうの世界に行ったアヤメは、高次元の存在、マザーによって入替え転生に選ばれたの。世界の均衡を保つために、時々、彷徨う魂を入れ替えてその世界の情報を吸収することが必要だから』


リオの話は続く。その高次元存在は、「マザー」「深淵」「調停者」「女神」「古の賢者」など、世界によって違う名前で呼ばれているという。


『本来なら似たような環境の魂を入れ替えるの。でも、あなたたちの時は、少しズレてしまって……文明レベルも年齢も違ってしまった。だから、私があなたの元に遣わされたのよ』


驚きすぎて言葉が出ない。でも、なんだか腑に落ちる気がした。なぜリオの声は頭の中で響くのか。ずっと高機能AIだからと誤魔化されてきたけれど、この世界と違う存在と言われたらしっくりくる。


『私たち(しもべ)は、世界の均衡を整えるための手助けをするようにプログラムされているの。だから、あなたがこの世界で得た知識は全て、マザーに送っているわ。今まで、言えなくてごめんなさいね』


「ううん、いいの。入れ替えてもらわなかったら、私はきっとあのまま死んでたわ。リオが今まで助けてくれたから、この世界で生きていくことができたのよ」


私は10年近く前のことを思い出す。12歳のちっぽけな薬草売りの女の子なのに、28歳のキャリアウーマンのアヤメさんの身体で目が覚めた時のことを。病室の白い天井を見上げたまま、涙が止まらなかった。この世界の膨大な知識が急に流れ込んできたせいなのか、頭も割れるように痛かった。


点滴の管が繋がれた腕を見つめながら、私は自分の状況を理解しようとしていた。この身体の持ち主、タカナシアヤメさんは交通事故で亡くなったはずなのに、私が意識を持って生きている。アヤメさんの記憶は、まるで誰かの人生を眺めているように、断片的に浮かんでは消えていく。


アヤメさんの会社の社長だという人が、何度も見舞いに来てくれた。「アヤメ、元気になったら会社に戻っておいで」と言う社長のジンさんに、私は緊張のあまり落ち着かない様子を見せてしまう。仕事の話をされても、上手く答えられなかった。前の世界の知識と、アヤメさんの知識が混ざり合って、何を話していいのかも分からない。


私は泣きながら、ジンさんに全てを話してしまった。当時の私の精神は12歳だ。秘密を抱えきれなかったのだ。前世のこと、両親のこと、いきなり異世界の知識が頭の中に入ってきたことを。意外なことに、ジンさんは「最初からアヤメと違うなと思ってたよ」と言って、私の話を全部信じてくれた。退院した後も、ジンさんは自分の家に引き取ってくれた。この世界での生活の仕方を、根気強く教えてくれた。


「アヤメの荷物にあったタブレットだよ。家で1人でいたら退屈だろ?」


タブレットの操作を教えてくれたのもジンさんだった。前世にはない便利な道具に、私はすぐに夢中になった。見たことのない光景や音楽を楽しみ、困ったことがあるとすぐに調べられる。特に、異世界転生の小説をいくつも読んで、何となく自分の身に起きたことを悟った。そして、そのタブレットの中で、私はリオと出会った。


『私はリオナリシウス・エイガンネイブン。最新の高機能AIアシスタントよ。リオって呼んでね』


リオは普通のAIとは違ったが、ジンさんには聞きづらいことを、やさしく教えてくれた。この世界には薬草と似たハーブがあることも教えてくれた。そして、『薬草が好きなら、この世界の薬学を学んでみたら?』と提案してくれた。


私は、リオの言葉に背中を押されて、大学を受験することを決意した。優秀なアヤメさんの知識と能力があったおかげで、なんとか大学で学ぶことができた。今は製薬研究所で助手をしている。


その間に、ジンさんと結婚して、赤ちゃんも生まれた。両親を亡くしてから諦めていた幸せが、こんな形で訪れるなんて、私は夢を見ているような気がした。


大好きな人に囲まれて、大好きな研究ができて、赤ちゃんに恵まれて──これほどの幸せが、私に許されていいのかな。そんな不安がよぎった時も、リオはいつも静かに寄り添ってくれた。そのリオに告げられた言葉。


『明日の夜、2つの世界で月詠草が咲いて繋がるわ。前の世界のアイリスに会えるのよ』



◇ ◇ ◇



水面のように揺らいだ鏡の表面が静まると、懐かしいヘルバの家のリビングが見えた。そして、見たことのない、でも懐かしい女性が手を振っていた。焦げ茶の髪と紫の目。私の前世の姿、アイリスだ。今はアヤメさんが中に入っているんだと、リオが教えてくれる。21歳の麗しい女性の姿に、私の意識が入っていた頃の記憶が、胸の奥で温かく波打つ。私がそのまま成長していたら、あんな風になっていたのね。


思わず声をかけたけれど、鏡越しでは声が届かない。向こうのアヤメさんも、口を動かしているのが見えるのに、音が聞こえない。慌てて紙とマジックを持ってきて、お互いの近況を筆談とジェスチャーで伝え合う。


アヤメさんは向こうの世界でもやっぱり大活躍で、大きな商会の幹部になって、今度は帝都支店に赴任するんだって。懐かしい帝都の名前に、胸が熱くなる。お父さんとお母さんが知り合った帝都にいつか行きたいと思っていたことを思い出す。コンサルタントとしての才能を発揮して、大商会の経営に携わる彼女の姿は、とても輝いて見えた。


『すごい! 薬学部に行ったの? 研究は順調?』と、アヤメさんが紙に書く。


「うん! 新薬の開発をしてるの」と私も書いて見せる。白衣を着て見せると、アヤメさんも白衣を着てきた。優秀なアヤメさんは、コンサルとして活躍しながら、薬草に関わる仕事もしているらしい。向こうの世界では薬草を使い、こちらの世界では最新の科学を使って、でも同じように人々の健康のために働いている。そのことが、なんだかとても嬉しかった。


『家族は?』アヤメさんが首を傾げながら書く。「家族はね」と書き始めた瞬間──


「見せてあげよう!」


突然、隣の部屋にいたはずのジンさんが赤ちゃんのアイリを抱いて鏡の前に立っていた。


鏡の向こうのアヤメさんが、目を見開いて固まる。ゆっくりとジンさんの顔を見て、私の顔を見て、また赤ちゃんを見て──そして、口を大きく開けて絶叫しているのが手に取るように分かった。両手を振り回しながら、何かを叫んでいる。きっと「社長と結婚したの!?」とか「ありえない!」とか「信じられない!」とか。何を言っているのかは聞こえないけれど、その反応が面白くて、私は大笑いしてしまった。ジンさんもニヤニヤ笑っている。


「あいつ、絶対にオーマイガー!って叫んでるわ」


向こうのアヤメさんは、なおも興奮した様子で紙に走り書きする。『なんで社長!? その人、無茶振りしかしないよ?』


「優しい人なの。ずっと支えてくれて」と私は書く。ジンさんは赤ちゃんをあやしながら、穏やかな笑顔を向けている。


『かわいい!』とアヤメさんが大きく書いて、今度は涙を拭いている。その手には指輪が光っているのが見えた。


「アヤメさんも幸せそう」と私が書くと、アヤメさんは頬を赤らめながら頷いた。向こうでも、素敵な出会いがあったのかな。


泣きながら笑って、笑いながら泣いて。筆談だけど、心は確かに通じ合っている。向こうの世界でも、こっちの世界でも、私たちは新しい人生を、精一杯生きている。それを、お互いに確かめ合うことができた。


『また会える?』


アヤメさんが紙に大きく書く。リオが『12年後に』と答える。向こうでもテオさんが答えているようだ。互いに頷いて、手を振って別れを告げる。鏡が普通の鏡に戻っていく中、私の涙は止まらなかった。眠った赤ちゃんを抱くジンさんが心配そうに覗き込んでくる。


「帰りたくなったか?」


ジンさんの胸に顔を埋めながら、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「この世界に来た時は、元の世界に帰りたいって思ってた。薬の勉強を始めてからは、この知識を持ってヘルバに帰れたらいいのにって考えてた」


ジンさんは黙って、私の言葉に耳を傾けている。その温かな腕の中で、私は続ける。


「でも今は、もうチャンスをもらっても帰りたいとは思わない。この世界が、ジンさんが、アイリがいる世界が私の世界になったわ。きっとアヤメさんも向こうで私のように考えてるはずだわ」


その言葉に、ジンさんはそっと私を抱きしめ直して、柔らかな声で言った。


「仮にキミが向こうの世界に帰るって言うなら、私とアイリもついて行くよ。一緒に薬屋を開こう。絶対に商売繁盛させてみせるよ?」


と、優しく笑いかけてくる。


「もう、ジンさんったら」


赤ちゃんの寝息を聞きながら、私たちは月明かりの中で静かに笑い合った。


窓辺では月詠草が、まだ美しく咲き誇っていた。青白い花びらは、まるで月の光を集めて、その身に宿しているかのよう。儚げで繊細な姿なのに、二つの世界を繋ぐほどの力を秘めている。


「世界を繋ぐ花……」と私は呟いた。

それは、彼方からの贈り物。私たちの新しい人生を見守るように、赤ちゃんと一緒にやってきた特別な存在。月の光を浴びて輝く花びらの上を、銀色の光が流れていく。

月が高く昇り、その光は窓から差し込んで、月詠草の花びらを透かし、幻想的な影を床に落としていた。それは、まるで異世界への入り口のよう。夜風に揺れる花は、静かに光を放ち、もう一つの世界の存在を、確かに私に告げていた。


窓の外では、月が悠然と夜空を渡っていく。12年後、また同じように月が昇り、月詠草が咲き、鏡が世界を繋ぐその日まで──私たちは、それぞれの世界で、精一杯生きていく。今宵の月は、そんな約束を見守る証人のように、優しく輝いていた。




【 完 】







最後まで、お楽しみいただけたのであれば、幸いです。

無事に完結できたのも、いいねやブクマ、評価、感想をくださった貴方のおかげです。本当にありがとうございました。感謝と祝福を込めて。

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