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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
カイゼンとイノベーション

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2-37 引継の交差点

異動まで残り1週間。引き継ぎを始めてから、毎日が嵐のように過ぎていく。でも、みんなが思いがけない言葉をかけてくれるのが、とても嬉しい。


朝一番に向かった調薬室で、キオンさんとサラさんが声をかけてくれた。


「アイリス、この実験記録と事務申請のフォーマットは使い続けていいよな? これのおかげで記録が本当に楽になったし、研究に専念できるようになったんだ」


『アイリス様、効能データ入力の手順書も高評価ですね』


調薬台の前で、キオンさんは新しい試薬の記録を次々と書き込んでいく。キオンさんは、理系男子にありがちな字の汚さ……じゃなくて、個性的な字を走り書きするので、本人にしか読めない書類が多かったのだ。それで、できるだけ数字を書くだけでいいように作ったフォーマットが役に立っているようだ。ってか、経理のお姉さんから申請書類が読めないって泣きつかれて作ったんだけど。


「アイリスちゃん、翠風学舎の子ども達が送ってくれる薬草は、ちゃんと引き継ぐから安心してね。王都では、薬売り場が無いのは残念だわ」


「サラさんにお任せすることになってしまって、申し訳ありません。子ども達へ送る本や教材は、引き続き王都から私が送ります。もしも、また面白い薬草がみつかったら、絶対に連絡してくださいね?」


「もちろんよ! それと、この前のシュトラーゼ商会から依頼が来た二日酔いの薬があるでしょ? あれ、私とキオンで改良を重ねてるの。もっと効果が上がりそうだから、完成したら送るわね」




商品開発室の前で、今度は熊さん開発室長のオルガスさんに呼び止められた。


「アイリスくん、開発室の人材を研修がてら、交代で王都に派遣することが決まりましたよ。あなたは王都に行っても、季節商品の開発会議には、これまで通り参加してくれるよね? アイリスくんの発想は本当に面白いし、何と言っても儲かるからね」


「はい、ぜひ参加させてください! 今度の冬の新商品も、もう試作を始めています。あのパチッてする静電気を抑えるブレスレットで、薫雪草の放電効果がいい感じなんですよ」


『アイリス様! 今、その話を始めては──』


その言葉を聞きつけて、開発室のメンバーがワッと集まってきて室内に連れていかれた。あっという間に、文化祭前のようないつもの白熱開発会議が始まってしまう。あ、クラT作るの忘れてた!




薬売り場に顔を出すと、売り場責任者のザランさんが笑顔で手を振ってくれる。


「アイリス、心配しなくても大丈夫だよ。あなたが作ってくれた購入者の問診票とカルテのおかげで、とても管理がしやすくなったよ。次は薬の飲み間違いを防ぐ食べられるシートを開発中だって? 楽しみにしているよ。あ、そうそう、個人情報の扱いも、しっかり気を付けるからね」


『アイリス様、在庫管理の効率化もしっかりと根付きましたね』


「ザランさん、本当にありがとうございます。特に病歴に関する個人情報の扱いは重要なので、ちょっと面倒ですが徹底してくださいね」




事務室では、事務長に呼び止められた。


「アイリスさん、引継ぎや転居の準備で忙しいとは思いますが、今考えているアイデアを全部教えるまで、あなたを出発させませんからね。あなたの作る商品は、在庫の確保や予算の配分に多大な影響がありますから」


「えぇぇ……そんなに無いですよ。まだイメージだけで形になってないものが多いですし」


『アイリス様、新商品アイデアメモによりますと、ほぼ完成しているものが7個、試行錯誤中が4個、アイデアの構想のみが285個です』


(全部はムリぃ……出発が1か月遅れちゃう)


『構想のみのアイデア285個から30個を厳選して、王都から資料を送ることにしましょう』


「アイリスさん、社員食堂の個室でお昼をとりながらじっくり話しましょう。ジャスジン、キミも一緒に来なさい。あぁ、メモ帳を忘れずに」




食堂にドナドナされている途中、印刷工房長のエリクさんが追いかけてきた。


「アイリスさん! 可食シートの印刷の目処が立ちました。半年以内には王都に送れると思います。それから、前に言ってた、印刷した後にトップコートを塗って爪型にくり抜いた紙のサンプルがこれです。そして、僕、帝国に視察にいけることになりました!」


「エリクさん、帝国には面白い機械がたくさんありました。きっと気に入ると思いますよ!」


「僕、印刷のことは誰にも負けたくないんです。アイリスさんのために、帝国にも、他の国にも、どこにも負けない印刷工房にしてみせますからね! アイリスさんがやりたいことを、僕が必ず叶えてみせます!」


エリクさんが、私の手を両手でギュッと握って、熱のこもった眼で嬉しそうに笑いかけてくる。


「え……それって」


意外だった。エリクさん、そんな素振り一切なかったし。もしかして遠距離恋愛もあり?


「そして、レオン会長から特別ボーナスをガンガンもらって、早く彼女と結婚したいんです!!」


あーね、うん、知ってた。テオ、気配を消さないで。


「えっと、お幸せにね? エリクさん、商品企画室に 『貼って剥がせる糊』 の開発をお願いしているので、それが完成したら、また新しい紙の文房具 『付箋』 を売り出そうと思っています。きっと名刺より売れると思うので、糊を薄く塗る機械とか、束ねた紙を小さく裁断する機械のヒントを帝国で探してきてくださいね」


「アイリスさん、その話を一番最初に聞かせていただきましょう。ジャスジン、メモ帳は10冊では足りないかもしれません」

「そうですね、すぐに届けさせます」


え、事務長とジャスジンさん、どんだけ聞く気なの? 私、まだまだ引継があるんだけど?




社員食堂では、売場のお姉さま方が大きな輪を作って話をしていた。


「アイリスちゃん、ちょっと来て!」


ミリシャさんに呼ばれて、その輪の中に入る。事務長たちには、先に行ってランチを食べてもらうようにお願いした。さすがの事務長も女子軍団に逆らう勇気はなかったようだ。


「アイリスちゃんがいなくなるなんて寂しいわ。裏の女子通販は私たちが引き継ぐから任せてね。アイリスちゃんの色んな試供品をみんなで試すのが楽しかったのにな」


「いつも使い心地や要望をフィードバックしていただいて、本当に助かりました。これ、最後にお願いしたい試供品です。大丈夫なら、王都で貴族のご婦人やご令嬢に向けて展開した後、一般発売する予定なんです」


私は、たった今、エリクさんからもらった小さな箱を差し出した。


「これは、爪のおしゃれ用品です。光沢があるコート紙に印刷して、さらにトップコートで補強してあります。爪の形に合わせてくり抜いたこれが、ネイルチップです。とりあえず、3サイズ用意してあります。貼り付け方法は、薬草から抽出したこの特殊な接着剤を使うので、爪を傷めにくいはずです。少し熱いお湯につけると、糊が溶けてきれいにネイルチップを外せます」


ミリシャさんの爪に、ネイルチップをあてながら説明すると、お姉さま方から歓声が上がり、みんなが箱を覗き込む。


「このグラデーション可愛いわ!」

「私もつけてみたい! 糊をかしてちょうだい」

「待って、こっちのチップはレモンの模様よ」

「爪に優しいなら、お客様にも勧めやすいわね!」

こういったおしゃれ用品は、やっぱりお姉さま方が頼りになる。


「いつものように、付け心地と改良案、今回は欲しいデザインも一緒に教えてくださいね。季節商品で新柄を追加しやすいし、小物とコーディネートして販売するのもいいと思います」


『アイリス様、貴族層には、サロンでハンドマッサージと一緒に提供すると、前世のネイルサロンのように人気が出そうですね』


(うん、サロンではちゃんと甘皮処理とか、爪の長さ出しとかしたいわ。ネイルケアができる施術者を育てなくっちゃね)




その日の夜、月ちゃんに水をやりながら、私は深いため息をついた。


「月ちゃん、みんなが頑張ってくれるから、私も頑張れるんだよ。とっても幸せなんだよ。あとちょっとで引き継ぎも終わっちゃうんだよ……でもさ、でもさ、事務長の取り調べ、そう、あれは完全に容疑者の取り調べだったわ。1時から19時まで続いたのよ? ひどくない?」


じっくり月ちゃんを観察すると、土の盛り上がりが少し大きくなっているような気がする。


『アイリス様、月ちゃんの生育データによると、明らかな変化が認められます』


「月ちゃん、私と一緒に王都に行こうね。王都でも、毎日観察記録を付けるからね」


窓の外では、今日もきれいな月が浮かんでいる。でも、今日は特別に綺麗に見える気がした。





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