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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
カイゼンとイノベーション

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2-34 帝都買付出張(2)

帝都3日目。今日は、いよいよ本格的な商談の通訳だ。

前世で国際シンポジウムの運営をやった時は、専門グレードが高い通訳者との事前レクが、めっちゃ大切だった。そういう意味では、取引の専門用語がわからなくても、私にはテオがいるもんね。同時通訳だって楽勝のはず。楽しみしかない。異世界を堪能するぞ!




「アイリスさん、こちらが最新のエンボス加工機です! 見てください、この速さと正確さを!」


午前9時、商談の前に印刷機器製造会社の視察からスタートだ。広いショールームには、大小様々な印刷機や加工機が並んでいる。


「この機械なら、従来の3倍の速さで模様が刻めます。さらに、強弱を付けた立体的な浮き彫りも可能です。これまでの機械では表現できなかった複雑な紋様も──」


ヨハンさんが目を輝かせて、機械の各部を丁寧に説明してくれる。まるで、ここの会社の社員のように。


『アイリス様、この技術は最先端です。特に圧力制御の精度が素晴らしく、エリク印刷工房長が開発された精巧なエンボスをより美しく表現できるはずです』


(エンボスにグラデーションをつけてみるのも、面白いかも? 雪の結晶のエンボスに水色から銀色へのグラデを付けたらかわいくない?)


ヨハンさんの説明に相槌を打ちながら、テオにアイデアをメモしてもらう。向こうの席では、法務担当のジャスジンさんが、機械のメンテ契約の話を聞いているし、レオン会長は、開発中の印刷機器のさぐりを職人さんに入れている。

ヨハンさんに案内されて、ショールーム隣の小部屋に入ると、そこには様々な紙やインクの見本が並んでいた。私には、機械よりこっちの方が面白い。


(テオ、ここの全部をデータベース化してね?)


『アイリス様、インクの成分が知りたいです。サンプルをもらってください』


ウキウキで、あちこちの紙やインクを見ていると、ヨハンさんが展示されている紙を触らせてくれた。ここの社員じゃないよね? 何でも自慢げなの?


「アイリスさん、いかがですか? この撥水加工された厚い紙で星座盤を作ると、より取り扱いしやすくなりそうですね」


「いいですね、撥水加工されていたらアウトドアでも使えます。持ち運びしやすいポケットサイズとか、折り畳み式の大きなサイズとか色々なバリエーションを増やせそうです」


「ポケットサイズは人気が出そうです。今、帝国では産業改革が進んでいますが、その反動と言いますか、自然回帰も流行しているのです。田舎暮らしを楽しむ別荘や、観葉植物の緑で囲まれた自然食レストランなんかも流行っています。ポケットサイズの星座盤は、そういった層にピッタリです」


へぇ、面白い。前世の産業革命と同じ流れなのね。


『アイリス様、帝国は産業改革と同時に自然保護も法律で義務付けています。まだまだ甘い部分はありますが、前世のような大規模な公害はありません』


「産業改革と同時に自然を大切にすることは、とても素晴らしいです。急速な工業化は自然破壊に繋がりやすいですが、帝国ではバランスよく産業化が進んでいるのですね。紙やインクもナチュラルな色合いが多いようですが、そういった流行ですか?」


「えぇ、健康や安全性に対する意識が強くなっているので、こう言った 『口にしても大丈夫』 とアピールする紙やインクなども開発されています」


「え! 食べられるんですか?」


思わず大きな声が出る。横にいた担当者がケースから取り出して見せてくれる。透明な紙のような素材に、薄く模様が描かれている。


「まだ発色が悪いし手書きしかできませんが、改良されたら化粧品や子供向けの商品への利用が広がりそうですね」


『アイリス様、これは前世のオブラートを更に薄くしたような素材ですね』


(うん、面白そう! これ、試してみたいことがあるわ)


ちょうど、小部屋に入ってきたレオン会長とザイール副会長に話しかける。


「会長、副会長、この技術のエイレニア王国での独占権をとれませんか?」


「ほう? アイリスが珍しくそこまで言うとは、何か考えがあるのだな?」


「はい。王都で企画進行中の例のサロンで使えるかと」


「つまり、そこから大きく広がる可能性があるわけか? 名刺やおてふきのように」


具体的な説明は避けて、笑顔を返した。


「おっ、アイリス! またなんかヤバそうなアイデア思いついちゃった感じ? 俺に任せとけ」


ザイール副会長はすぐに担当者と価格交渉を始め、その場でエイレニア王国内の独占販売権を成立させてしまった。うん、その信頼は嬉しいけど、あなた方は経営者としては失格ではないだろうか。事務長のため息が聞こえるようだ。

正直、この 『食べられる』 というアイデアを真似して、うちでもっと高品質のものを開発できるとは思う。でも、帝都支店を出したら、この会社とは長くつき合いを続けていくことになるはずだ。それなら商売人として、善き隣人でありたいと思うのだ。




10時半。帝国最大手のシュトラーゼ商会との商談が始まった。巨大な会議室は、星と三日月の紋章が刻まれた柱が立ち並び、天井まで届きそうな大きな窓からは柔らかな光が差し込んでいる。この世界でブラインドって初めて見たよ。さすが最先端大手様。テーブルは、一枚板で作られた重厚なもので、その上には既に契約書の束が置かれていた。


最初は、私にとっては落ち着く名刺交換からだ。

シルヴァークレスト商会の従業員の名刺は、自分の好きなデザインにできるが、名刺のどこかにロゴを入れるルールになっている。シュトラーゼ商会の方は、全員が同じ洗練されたデザインの名刺だった。見たことないフォントなので、自分のところで作ってるっぽい。名刺をきっかけに、軽く自己紹介をしあって、席に着く。まだ少し緊張している私の横で、いつでもどこでも自由人な副会長が囁く。


「アイリス、滅多に商談に姿を見せないシュトラーゼ会長が来るってよ。超有名人だぜ?」


『アイリス様、シュトラーゼ商会はこの大陸最大の商会です。伯爵家が代々経営している名門で、巨大な組織と販売網を持っております。帝国皇帝とも親しいと言われるシュトラーゼ会長が、うちのような外国の一商会との商談に加わるのは異例の事態です。用心してください』


用心と言われても、たぶん発言することは無いと思う。そもそも、帝国語ならレオン会長たちも通訳は必要ないのに、なぜ私がここに参加させられているのか……シュトラーゼ商会側はおじさんしかいなくて、小娘は完全に浮いている。秘書のふりでもしてたらいいのかな? あ、レンズ無し伊達眼鏡ってファッションアイテムにいいかも。眼鏡売場の人に相談してみよう。そういえば、サングラスも見ないな、この世界。アイウェアの開発も儲かりそうよね。コンタクトは無理かな。カラコン欲しいけどなぁ……


『アイリス様、名刺から各人の照合が終わりました。データベースをご確認ください。貴族は向かって左の2人です。それから、不毛な現実逃避はおやめください』


有能だが容赦ないテオの言葉に唇を尖らしていると、重厚な扉が開き、白髪の温和そうな男性が入ってきた。シュトラーゼ会長のようだ。商会のロゴである星と三日月の紋章の入ったピンを付けた紺のスーツ姿で、会長の後ろには、秘書官らしき人物が3名、それぞれ分厚い書類を抱えて従っていた。

なぜか、私の方を見て少し目を細めたような気がする。やっぱり場違いだった?


「シルヴァークレスト商会の皆さん、遠路ようこそ。エイレニアの若獅子の活躍は耳にしてますぞ、レオン卿。早速、我が商会も名刺やロゴを取り入れさせていただいた。これは実に良いアイデアですな」


シュトラーゼ商会側の他の人たちも、心なしか胸を張ってロゴのピンを撫でている。おじ様たち、意外にかわいらしい。


「レオン・シルヴァークレストと申します。シュトラーゼ伯爵にお会いできまして、大変光栄にございます。名刺は、今後、商習慣として全世界で定着していくでしょうし、ロゴは一目で他商会との差別化が図れますので、商品に自信がある商会は取り入れていくでしょう。それにしても、さすがシュトラーゼ商会です。その実行力の早さには感服いたします」


シュトラーゼ会長は頷きながら、思ってもみない提案をしてきた。


「少々、耳にしたのだが、今回は商標登録や特許の手続きで、帝国におみえになったそうですな。うちで全面的に協力させていただこう。帝国内だけでなく、ヴェルダーシア連邦やエルドミア王国での手続きの代行者も紹介できますぞ」


「それは、願ってもないお話ですが……」


シュトラーゼ会長は、なぜか私の方を向いた。


「アイリスさんが開発した薬草茶の帝国内の独占販売権を代わりにいただきたい」


ザイール副会長が、嬉々として資料とサンプルを広げながら割り込む。ほんと商談好きだ。


「さすがシュトラーゼ会長、情報が早いですね、アイリスをご存じでいらっしゃいますか。アイリスの開発した製品は、どれもエイレニアでは大人気商品になっておりまして、こちらはなんと! お湯さえあればたった3分で飲めるティーバッグ式の薬草茶でございます。深いリラックス効果と鎮静効果を混合した夜用、爽やかな目覚め効果と活力効果を混合した朝用、伝説の女神のような保湿効果と美肌効果を混合した美容用など、どれも効能はしっかりしたデータに基づく保証付き、間違いのない商品でございます。他にご希望の薬効がございましたら、すぐに開発させていただきます。他にも同じような効果を感じられるアロマオイル、匂い袋など──」


副会長すごい。立て板に水! ジェスチャーも、みんなを見回す親し気な笑顔も、前世のテレビショッピングを見てるようだ。若干、胡散臭いところも含めて完璧再現だ。

私の薬草茶って薬売り場の横で販売しているだけなのに、全部、ちゃんと覚えてるのもすごい。正直、かなりの驚きだ。ごめんなさい副会長、チャラいだけじゃないんですね。


「どれも興味深いが、独占販売権はティーバッグ式の薬草茶だけで結構だ。君のところも、帝国支店を出す予定だと聞きましたぞ。商品が減っては成り立たないであろう」


シュトラーゼ会長は、優しい目で私を見つめる。


「アイリスさん、実はな……24年前、私の両親が飛行船事故に巻き込まれた時、貴方のお父上に命を救っていただいたんだ」


思わず息を飲む。前回の帝都出張で、皇立図書館で読んだ父の記録が蘇る。


飛行船の事故現場で、父は自ら痛覚麻痺の薬草を自分に使って煙の中に突っ込んでいった。そして、手持ちの薬草を調合した即席の吸入剤を作り、煙を吸った人々の呼吸回復にも成功した。偶然その場に居合わせた父が、様々な薬草知識を活かして救助と応急処置をしたことで、多くの命が救われたという。


「調薬師としての優秀な才能はもちろんだが、何より、他人のために自分を顧みない勇気に、今でも感謝しない日は無いのだよ。そのお嬢さんが、やはりみんなの役に立つ商品を次々と開発していると聞いたのだ。是非、うちでその薬草茶を取扱いさせていただきたい」


『アイリス様、シュトラーゼ会長のご両親はお亡くなりになっていますが、今でも深い感謝の念を抱いていらっしゃるようです』


(テオ、会長の趣味がわかるなら教えてくれる?)


『商業誌のインタビュー記事では、シュトラーゼ会長はかなりの酒飲みで、特に赤ワインが好みとのことでした。そして、二日酔いになりやすい体質のようです』


「アイリス・ヴェルダントと申します。父のことを覚えていてくださって、ありがとうございます」


静かに微笑むシュトラーゼ会長に、少し考えてから話を続けた。


「お酒がお好きとお聞きしました。薬草茶の独占販売権と一緒に、二日酔いによく効く新薬のレシピもお渡しします。父の研究を元に、私が開発した薬です。私の故郷ヘルバ町の商店主たちに大人気の薬なんですよ」


会長の目が輝いた。秘書官たちが慌てて契約書の準備を始めた。




その後、シュトラーゼ会長は退出されて、薬草茶以外の元々予定していた商談は昼過ぎまで続いた。急いでランチを飲み込んだ後、午後からは初めてのヴィルヴィラ語での商談だ。布地の取引ってどんな感じか楽しみだ。


「この布地は、シルク混で光沢があり、染色堅牢度も高い──」


『アイリス様、ヴィルヴィラ語の方言データベースと照合しながら翻訳いたします』


(テオ、この人、すごく早口なんだけど)


『ヴィルヴィラ語は早口が礼儀とされていますから。私が話速を1.4倍に上げて対応します』


染料の話になると、薬草の知識とも通じるところがある。


「この深い青色は、月下藍から抽出した染料なのですね。薬用としても珍しい品種です」


商人は目を輝かせ、染料と薬草の関係について熱心に語り始めた。ヴィルヴィラ・ラリス国では、染料として使う植物の多くが薬効も持っているという。服に染み込んだ染料が、薬効を発揮するという考え方があるらしい。また、それに伴う忌避色の考え方の違いなども面白かった。もちろん商談は大成功だ。これですよ、これ。異文化交流の楽しさだ。




次の商談は、バディス語。鳥のさえずりのような特殊な喉の使い方をする言葉で、宝飾品の商談だ。あまりにペラペラ喋るのはおかしいので、片言の言葉と筆談で通訳をする。


『アイリス様、バディスティアの宝石加工職人の技術は、前世の有名ブランドに匹敵します。見事なカッティングですね』


(へぇ、この繊細な細工は、確かにすごいわね)


宝石商が見せてくれたネックレスは、まるで光の糸で編んだような繊細さだった。ザイール副会長は、バディスティア王国と初めてまともな商談ができたと喜んでいた。それはそうだろう。はたから見たら、「ピィピッピ、シュリルリィ」 「ピーーヒュルヒュル、ピッピ」って鳥が囀りあってるようにしか聞こえないであろう不思議な言語だ。話の途中で、明後日には国に帰ると聞いたので、帰路の地方は明後日から嵐になり雷がひどいので延期したほうがよいと伝えると、驚かれたがめっちゃ感謝された。鉱山もいつかは行ってみたいな。




結局、その日は9つの商談の通訳をこなした。テオに聞きながら用意していた名刺や手土産は好評で、特に、エイレニアの精緻で華やかな刺繍が入った布で作られた名刺入れは多くの人に喜ばれた。通訳の合間の文化交流はどれも面白く、異世界の醍醐味を味わえた。


「マジで、アイリス。あのガルガンティア人とこんなにスムーズに話が進むなんて、すごいじゃねーか。お前、仕入れの才能あるよ。一緒に買い付け行こうぜ!」


キミは麦わら帽子の船長か。「うるせェ!!! いこう!!!!」のノリで誘わないでほしい。


確かに楽しかった。前世のコンサルの経験と、テオの知識、薬草の知識が役立つのは嬉しい。商談と言うのは、単なる値段の交渉ではなく、文化交流でもあることを知ったし、うまくまとまった時のアドレナリンはヤバかった。


でも。

商人の値段交渉は、私には厳しすぎた。それまでの親し気な態度から一変して、お互いににらみ合いの執拗な交渉が長時間続く。明朗会計な日本育ち平和主義の甘ちゃんな私は、その激しさについていけない。特に副会長のふっかけた値切り交渉を通訳すると、私がにらまれるので泣きそうだった。


どうしよう。つまり、商談1日目にして、仕入旅コースは向いてないことがわかってしまった。




夜。ようやく帰ってきた部屋で、大きな溜息をつく。会長たちは、商談相手と飲みに行った。

窓の外には、帝都の夜景が広がっている。街灯が街を明るく照らし、行き交う馬車の明かりが川のように流れる。遠くには、夜間飛行の飛行船の赤いランプが星のように瞬いている。夜遅くまで開いてる店舗の看板を、スポットライトが照らしている。派手なネオンは無いみたい。SVC24コンビニのために、帝国の夜間の商店調査もしないといけないな。


窓辺にはカウントダウンを続けている月ちゃんがいる。


「月ちゃん、精神的にめっちゃ疲れたわ……仕入れ担当の異動は断るよ。あれは定価販売万歳の私にはムリ。ヘルバで露店してた時の値切りおばちゃんとはレベルが違うもん。うん、これがわかっただけでも、この出張にきたかいがあったかなぁ……でもね、明日はね、朝からヨハンさんの図書室をゆっくり見ていいんだってー!」


『アイリス様、目録はすでに整理済みです! 特に、調薬機材の研究書28冊は見逃せませんね。気象データ観測に役立ちそうな機械の情報も必要ですし、印刷機や冷凍庫、エレベーター、いや、蒸気機関車の仕組みも前世とは少し違うようです! もちろん! 飛行船のデータは全てを──』


「テオ、月ちゃんタイムなんだけど?」


『ぐっ』


方針も決まったので後は楽しむだけだと、私は肩の力を抜いた。






相変わらず長文になり申し訳ありません……1話4000文字を目指しているのですが、気づくと倍近くになってます。

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