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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
カイゼンとイノベーション

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2-32 欲張りキャリア戦略(再)

途中の分析レポートは、読まなくても問題ありません……趣味なので(_ _*)






幹部会議の後、私は必死に逃げ回っていた。社員食堂に避難しようとすると、事務長がいた。印刷工房に逃げ込もうとすると、レオン会長がいた。灯台下暗しで薬売り場のカウンターの裏に隠れる。


『アイリス様、きちんと話をされた方が……』


(だって、まだどうしたらいいか決められないんだもん)


「あ、アイリスさん、そこにいましたか。異動希望の件で──」


事務長の声が、背後から聞こえた。


しゃがんでいる私の頭の上で、薬売り場責任者の真面目なザランさんが私の居場所をジェスチャーで教えていたが、事務長の言葉を聞いて焦りだす。


「ちょっと、事務長! アイリスさんが異動ってどういうことですか。聞いてないですよ。ただでさえ、商品開発だ決算の手伝いだって連れていかれているのに! ダメです。アイリスはうちの子です」


「ザランさん……」


いつも寡黙なのに、うちの子と言われてジーンとする。今、私を売ろうとしてたけど。


「アイリス、逃げ回るのは良くないぞ。ちゃんと話を聞かせてくれ」


レオン会長まで現れた。完全に詰んだ。




ドナドナ気分で連れていかれてレオン会長の執務室に入ると、事務長が優しく微笑んで話し始めた。


「アイリスさん、あなたの才能は、この商会の宝だとみんな思っています。私たちも、あなたの希望を大切にしたいと思っているんですよ」


「そうだぞ。アイリスがやりたいことをやれば、必ず面白いことになる。いつもそうだった」


事務長の言葉に、またジーンとする。でも、会長の言葉は残念感しかない。


「でも、本当にやりたいことが、自分でもよくわからないんです」


「アイリス、正直に話してみてくれないか?」


会長の珍しく優しい声に、少しずつ言葉が出てきた。


「私……この商会が大好きです。王都支店も気になるし、SVC24の企画も進めたいです。田舎育ちなので、ザイール副会長と一緒に外国に行くのも興味があります。でも、今のソルディト本店での仕事を辞めるのは寂しいです。調薬室でキオンさんやサラさんと新薬を開発するのも楽しいですし……」


言葉が溢れ出す。


「商品開発のアイデアもまだまだあります。事務室や受付の方に、計算や通訳で頼りにしてもらえるのも嬉しいですし、天気予報課もせっかく成果が上がり始めて……」


『アイリス様、少し整理が必要かもしれませんね』


テオの声に、はっとする。


(そうね……落ち着かないと)


「すみません。一晩、頭を冷やします。明日、もう一度、話し合いをお願いしていいですか?」


「もちろんだ。だが、アイリスの人事が決まらないと、他も進まないんだ。難しい選択だと思うが、明日には必ず希望を教えてほしい。できるだけ希望に副うようにするから」


モヤモヤした気持ちのまま会長室を出ると、テオが提案してきた。


『アイリス様、キャリアパス分析はいかがでしょうか?』


「キャリアパス分析……忘れてたわ! ヘルバからソルディトへ来る時に使ったよね。この前のスキルの見直しではスルーしたけど、やってみたい!」


『はい、喜んで!』


テオの居酒屋さんみたいな軽い返事に、少し肩の力が抜けた。幹部会議のことも、2週間後に決算の帳票処理が大量に来るのも、全部忘れて、ゆっくり考えよう。




18時に閉店し、社員食堂で夕食を食べて、すぐに寮に帰る。今日は、みんなとの食後のおしゃべりも、企画書作りの残業も、教養講座でのお勉強も無しだ。

まだ、外は明るい。やっぱり18時に閉店って早い。社員にとっては超絶ホワイトだけどね。


『アイリス様、まずは今の気持ちを、順番に整理してみましょうか』


「うん。冷静にメリットとデメリットを比較してみるね」


アイコンに触れると、大きなキャリアパスの分析画面が開き、文字が流れ始めた。


──────────────────────

アイリス・ヴェルダントのキャリア分析レポート

(キャリアパス分析Ver.2.61)


1. ソルディト本店現職継続

・5年後の予想年収:現在の1.7倍

・スキル成長率:年間12%増

・キャリア満足度:75%(現状維持)

・ストレスレベル:45%(現状維持)

【詳細】商品開発と調薬の両立、コンサルタント

として経営にも関与可能。安定した環境で多角的

な成長が期待できる。ただし、満足度は減少して

いく可能性あり。


2. 王都支店転勤(商品開発担当)

・5年後の予想年収:現在の2.5倍

・スキル成長率:年間18%増

・キャリア満足度:82%(現状比+7%)

・ストレスレベル:58%(現状比+13%)

【詳細】貴族対応による高度なビジネススキルの

習得。エトラ支店長の下で王都ビジネスを学べる。

ただし、調薬の機会は減少。また、印刷系企画の

スピード感に不満を抱く可能性あり。


3. 仕入れ担当に異動(ザイール副会長の買付に同行)

・5年後の予想年収:現在の3.0倍

・スキル成長率:年間25%増

・キャリア満足度:88%(現状比+13%)

・ストレスレベル:72%(現状比+27%)

【詳細】語学力を活かした海外展開。珍しい薬草

との出会いも期待できる。ただし、長期の移動が

多く、基盤となる拠点が不安定であり、コンサル

タントの機会も減少。


4. 本店内異動(調薬室・開発室・事務室)

・5年後の予想年収:現在の1.9倍

・スキル成長率:年間15%増

・キャリア満足度:79%(現状比+4%)

・ストレスレベル:48%(現状比+3%)

【詳細】専門性の向上と安定した環境。ただし、

現在のような多方面の仕事の機会は制限される可

能性あり。

──────────────────────


「へぇ……前より、具体的になってる」


『はい。アイリス様の経験値の蓄積により、より精密な分析が可能になりました』


「うーん。3の副会長についていくのが、一番スキル成長率が高いのね」


『はい。ただし、ストレスレベルも最も高くなっています。長期の旅による疲労や、不慣れな環境での商談など、負荷は決して小さくありません』


「せっかくの異世界だし、色々な国を見たい気はするのよね。薬草辞典とかの空白ページも埋められるだろうし。でも衛生レベルが低いところは苦手だしなぁ……」


『アイリス様は、Gも苦手ですしね』


「うわっ! それムリ、マジでムリ。南の国は危険!」


画面をスクロールして、他の選択肢も確認する。


「2の王都は、貴族対応のプレッシャーはあるけど、これから新店舗の計画もあるし、コンサル経験を活かせそう。それに、なんたってこの世界のインフルエンサーは貴族だもんね。デメリットは調薬室とか印刷工房を増設するように働きかけてもいいし」


『アイリス様! 何と言っても、24時間開架の素晴らしい王立図書館があります!!』


「あーね、はいはい。ソレイユ侯爵家の呪いも時間稼ぎしてるだけだし、できればちゃんと解決したいな。うーん、1の現状維持は、安定してていいんだけど……」


『アイリス様、以前のキャリアパス分析と比べると、現状でもかなりの成長が見込めるようになっています』


「本当ね。色々な仕事をさせてもらえてるし、出張であちこちに行けてる。みんなと一緒に頑張れるのも魅力的。でも……今回を逃せば、次にいつ異動しやすい状況がくるかわからないし……なんか物足りない気もするのよね」


『それは、前世のコンサルタントとしての向上心の表れかもしれませんね。大変、アイリス様らしいです』


「4の本店内移動は専門性を深められるし、みんなと離れずにすむけど、他の部署の仕事がやりにくくなりそうよね。私って欲張りなのかも」


『はい。現在のように、複数の部署を横断的に支援する立場の方が、アイリス様の才能を活かせる可能性が高いと思われます』


深いため息をついてしまう。やっぱり、どれもメリットとデメリットがあって決められない。


『アイリス様、2つに絞るとしたらどれとどれが気になりますか?』


「全部、魅力的だけど、新しいチャレンジという意味で、②と③が気になってるかな」


『アイリス様、ひとつご提案がございます』


「何?」


『3の副会長同行については、実際の経験がないため、予測の精度が他と比べて低くなっています。スキル成長率は高く出ていますが、これは未知の可能性も含めた数値です』


「だから、ストレス値も高めに出てるのね。やってみたら、意外にストレスを感じない可能性もあるんだ。って、そんなこと言われると、余計に迷っちゃうじゃん」


『はい。ですから、テスト期間を設けて実際に体験してみることをお勧めします』


「テスト期間……インターンみたいな感じ? それ、いいかも!」


『まずは短期の買付旅行に同行させていただき、その経験を基に判断されてはいかがでしょうか』


「うん、レオン会長に相談して、今の籍のまま派遣してもらう。あーよかった、今日は寝られないかと思ってたよ。テオ、ありがと」


画面を閉じながら、気持ちが軽くなってきた。


「ねぇねぇ、テオ。この4つ以外は無いの? 前は研究者とか意外な選択があったよね」


『では、他の可能性も検討してみましょう』


画面に新しい選択肢が浮かび上がる。


『独立して自分の商会を開業する、世界を旅する薬草研究者になる、ヘルバに戻って露店と市場コンサルに専念する、引退して悠々自適な生活を送る、帝国に移住し──』


「え、待って待って。引退って、私まだ17歳よ? FIREにはさすがに早すぎない??」


『アイリス様の所持金なら十分可能かと。世界一周の旅費も確保できておりますし、ヘルバで立派な薬屋も建てられます』


「お金の問題じゃないでしょ。まだまだやりたいことが沢山あるし」


『では、薬草を求めて世界を旅するのは? 帝国の東にも珍しい薬草が──』


「テオ、旅行好きだっけ?」


『データの多さは正確な分析や判断に繋がります。データの豊富さは人生の豊かさに……』


「はいはい、終了終了。でも、他の選択肢を見たら、さっきのの4つの道が私に合ってるって、より確信が持てたわ。ありがとね」




翌朝、9時前に、私は会長室のドアをノックした。


「おはよう、アイリス! その顔は、決心がついたようだな」


レオン会長は、いつもの笑顔で迎えてくれた。ちょうど事務長もいた。


「はい。正直に申し上げますと、新しい場所で自分を試したいと考えています」


「そうですか……」


事務長が、眉を下げて悲しそうな顔をしている。


「じゃあ、王都支店か? それともザイと仕入れに行くのか?」


「どちらにするかは決心がついていなくて……図々しいお願いですが、まずは買付の仕事を体験させていただきたいです。ザイール副会長の買い付けに随伴させていただき、その経験を踏まえて、最終的な判断をさせていただければと……」


「ふむ。ザイは来週から帝国に2週間行く予定だよな? 仕入れ商品の打合せは今日の午後だったな……よし、決めた! 私も久しぶりに帝国に行くか」


「「えっ?!」」


思わぬ展開に驚いた私の前で、会長は事務長に向き直る。


「トバ、ちょうど帝国最大手のシュトラーゼ商会との打ち合わせもあるし、フランチャイズの下見も兼ねられる。俺も一緒に行けば、話が早いぞ。悪くないだろう?」


「それはいいアイデアですが、いきなりすぎますよ。そうですね……出発までに必ず決裁を終わらせてください。今日からここに泊まり込みです」


レオン会長は、一瞬、顔をしかめたが、気持ちはあっという間に帝国に飛んだようだ。


「帝国といえば、うちの最新の名刺が欲しいという注文も来ていたな。アイリス、印刷工房からサンプルを全部もらってきてくれ」


「アイリスさん、おしぼりのサンプルも全種類、帝国に持って行ってくださいね。念のためにティーバッグ式薬草茶とアロマオイルも全種類ですよ」


なんか、買い付けって色々な珍しい商品を見られると思っていたけど、面倒な出張になりそうな気がしてきた……少し行きたくなくなってきた私に対して、レオン会長は上機嫌だ。幻のしっぽが左右にフリフリ揺れている。


「久しぶりの仕入れだなぁ。あの痺れる商談が楽しみだ! な? アイリス!」


ううん。全然、全く。痺れなくていいです。事務長、羨ましそうな顔をしないでください。




「では、帝都滞在1週間の予定を確認いたしましょう」


午後の打合せで、事務長が書類を広げる。ザイール副会長は、予定をどんどん書き足している。


「商談が6件だったけど、アイリスいるなら17件だな。支店候補の物件の下見。印刷機械やエレベーターの保守契約の見直し、フランチャイズ方式について役所でヒアリング──」


「うわっ、密すぎませんか? たった1週間ですよ?」


事務長の手元を覗き込んで思わず声が出る。


「フォン・クラウス商会との契約更新は私が担当する。最新式の印刷機が欲しいんだ」


レオン会長がウキウキしている。


「アイリス、増やした11件の商談は通訳頼んだぜ!」


副会長が書き込んだ予定表を差し出してきた。


「ヴィルヴィラ語、バディス語、マーティエスト語……え、帝国語の商談は私は必要ないですよね?」


「いやぁ、帝国でも地方は訛りがきつくて大変なんだよ。しかも、あいつらめっちゃ早口なんだぜ?」


『アイリス様、以前呪いの調査に行った際に、方言まで完璧にデータベース化しております。自動翻訳にお任せください』


(テオも、私を翻訳マシーンと思ってない?)


「帝都中央市場の新店舗エリアも見て回らないとな! 新装開店したレストラン街は重要な視察ポイントだぞ」


レオン会長のウキウキが止まらない。


「会長、昼食は30分しかとれませんよ」


「なに? トバ、それは短すぎる! 昼食に2時間、市場調査に3時間は必要だ」


「会長、帝国工業省との打ち合わせも入ってるんですよ。フランチャイズ方式について説明しませんと」


事務長が日程表を指差す。


「特に3日目は、午前9時から最新印刷機のデモ、10時半からシュトラーゼ商会、昼食を挟んで3件の商談、夕方には不動産屋との打ち合わせが4件。その間に工業省にも寄らなければなりません」


『アイリス様、皇立図書館は──』


「図書館なんて、そんな暇ないわよ」


思わず声が出てしまった。三人が振り向く。


「あ、すみません。独り言です」


「図書館か! そういえば、侯爵家から引き続き依頼がきていましたね」


事務長が納得したようにうなずくと、副会長がスケジュールに書き込む。


「そうだよな。ここ、この4日目の夜、図書館の近くで商談が2件あるし、その間にアイリスを図書館に行かせてやろうぜ」


「おお、それはいい考えだ」


『素晴らしい提案です! 1年で新刊が3,823冊も増えて──』


(テオ、ハウス!)




最終的に、売れっ子アイドルのような過密スケジュールができあがった。


「よーし、これで決まりだな!」


会長が満面の笑顔で言い、副会長は「夜の部も予約しとくぜ」と笑い、事務長は「経費申請書が山のようになりそうです」と呟いている。


『アイリス様、荷物には図書館用の目薬とハンドクリームとエナドリも──』


(テオ……私の体力が持つかなぁ……)


楽しみではあるが、行く前から私は疲れ果てていた。


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