2-31 幹部会議(3)王都支店と庶民
「その前に、一度、休憩を挟みましょう。王都で話題になっているお菓子をお持ちしたんですよ」
貴族層向けサービスが決まって安心したエトラ支店長が、笑顔で提案する。
「お? なんだこれ、ナッツが美味い。うん、エスタヴェリアあたりで流行りそうな噛みごたえしてんな」
ザイール副会長とエトラ支店長がお互いの情報交換を始めた。私は社員食堂でお菓子は確保済みなので、必要なリストをテオと相談しながら一気に書き出しする。副会長も支店長も、ソルディトにいる時間は短いのだ。
「アイリスさんも、休憩してください。薬草茶のおかわりはよろしいですか?」
本物の幹部達の雑談がひと盛り上がりした後、事務長が気を使って声をかけてくれる。
「事務長、これがフランチャイズ契約書に必要と思われる項目のリストです。法務的な確認をしていただいたら、草案を作ります」
「おいおい、アイリス、お前ヤバくね? 頭の中どうなってんだよ」
茶々を入れてくる副会長にもリストを渡す。
「副会長、これは取引先15カ国の商標登録情報です。5ヶ国は法整備されてますので、事務長と相談して早急に登録の手配をしてください。4ヶ国は法整備準備中なので、最新の情報を集めてくださいね」
「マジかよ……どこで手に入れんだよ、その情報はよ」
『アイリス様、現時点で優先登録する商標の一覧はこちらです』
その場で、『シルヴァークレスト』を始め10個ほどの単語を書き付けて渡す。
「副会長、これが優先登録するリストです。国際特許や追加登録分は、あとで届けますね」
「俺、すぐに買い付けに出っから、トバに渡しといてくれな? な?」
逃げるように、席に戻ってしまう。事務長は、小さなため息をついている。そう、これから事務作業が山ほど出てくるだろう。
「事務長、国際法務課を作らないと、私たちが倒れそうですね」
「法務部は前々から作りたかったのですが、信用できる人材が見つからないんですよね」
今度は、大きなため息をついている。
「私にもありますか?」
エトラ支店長が聞いてくる。
「大臣から大量発注されたおしぼりが揃いましたので、エトラ支店長自らお届けして会員に勧誘してください」
「お任せ下さい。お土産用にご婦人向けの薬草茶セットを用意してくださいね」
爽やかな笑顔の腹黒支店長の横で、レオン会長がソワソワしている。
「アイリス! 俺には?」
「えっと……そのお菓子、ビスコッティはコーヒーに付けて食べると美味しいですよ?」
しょぼんとされても、なんで私が会長に仕事の指示を出すと思ってるんだ、この人は。
「では、4章の庶民向け小売事業の展開について説明させていただきます」
私は店舗のイメージイラストをテーブルに広げる。
「特に力を入れたいのが、『シルヴァークレスト24』、略して『SVC24』という24時間営業の新形態の小売店舗です」
事務長が資料を凝視している。
「24時間営業。真夜中も開店するのですか」
「王都の調査によると、夜間の需要は予想以上に大きいんです。王立図書館は24時間開館していますし、劇場通りの飲食店は深夜24時まで営業しています。それなのに、夜遅くに開いている商店はほとんどありません」
「確かに支店でも、閉店間際にお客様が駆け込んでこられることがありますね。特にインクや紙などの消耗品は、夜遅くても需要があります」
「最初に、ライフスタイルの変化と言いましたが、アザランス帝国では夜でも街灯が明るく道を照らし、お店も夜遅くまで開いてました。王都でも、電気やガスのインフラ整備が進むに従って、人々は夜遅くまで外出することが予想されます」
私は4-8ページの人員シフト表を開く。
「従業員は4交代制を基本とし、夜間は最小限の人数で運営します。深夜帯の給与は1.5倍で計算しています」
『アイリス様、4-12の職種別人員配置表も説明されては?』
(うん。事務長が気にしてそうよね)
「職種別の配置については、4-12をご覧ください。レジ係2名、商品補充係1名、警備係1名を深夜の最低人数とし、繁忙期は柔軟に増員します」
「警備は必須だな。深夜となると一番心配なのは、その点だ」
レオン会長が頷く。事務長が計算を始める。
「人件費の総額は……ふむ、予想より低いですね」
「はい。商工会の雇用斡旋所で聞いてみましたが、夜勤手当付きなら働きたいという若手は多そうでしたね」
「若い衆は夜型の生活が好きだからな」
レオン会長が笑う。会長も若いはずなのに。
「ただし、この計画はうちには無理だ。わかってるだろ、アイリス。この販売商品一覧にある生鮮食品、飲料はうちでは扱ってない。それに、王都のインフラ整備もまだ1割程度だ」
痛い所をつかれた。前世のコンビニの売上のほとんどは食料品だ。でも、うちの商会では取扱っていない。まだ、契約できる食料品店までは探せていないのだ。
「でもよ、帝都を見てっと、王都の深夜が賑やかになんのも時間の問題だと思うぜ? 今から食料品の調達先を探して数年後にオープンならアリじゃね?」
「そうだな。アイリスの着眼点はさすがだ。可能性は大いにある計画だが、まだ時期尚早だ。5年後にオープンできるよう、企画を練り直してくれ」
「はい。商品のラインナップを見直してみます。王都支店とは切り離した、全く別の庶民向けの商売として考えていますので、また、イチから考えます!」
「アイリス、いきなり24時間はムズいと思うぜ。最初はよ、7時から23時くらいで始めたらいんじゃね?」
「え!?」
まさか、副会長ってほんとに透視できたりする? そのピッタリの時間って、まさに前世のコンビニ1号店……
『アイリス様、瓢箪から駒です。お気になさいませんよう。ただし、偶然とはいえ、副会長の商売センスは侮れませんね』
「では、6章のリスク分析に移りましょう」
私は資料を進めることにした。しばらく、副会長とは目を合わせたくない。
「最大のリスクは、貴族層の期待値に応えられない可能性です」
「確かにな。貴族層相手に一度失敗すると、商会の評判にも関わる」
レオン会長が腕を組む。
「その対策として、会員数は年間10名までと制限し、サービスの質を確保します。ただし、お連れの方は数名まで入店OKとします。また、開業前に1ヶ月のプレ営業期間を設け、招待客数名のみでサービスの改善を図ります」
「まぁ、お貴族様は自分たちだけの特別な場所だと思えば、文句は言わないだろ。あ、酒は出さなとしても、葉巻は種類豊富に高級品を揃えた方がいいぜ? 次の買い付けは、貴族フロアの什器も見てきてやるよ」
ザイール副会長が頼もしく見える不思議。
「投資回収も説明していただけますか?」
事務長が財務のページを開いている。
「5-12の収支計画をご覧ください。貴族専用フロアの会員権収入と、営業利益の増加見込みで3年での投資回収を見込んでいます」
「3年か……人件費の上昇は計算に入れた方が良さそうですね」
「その件について」エトラ支店長が口を開く。「私から補足を。王都では商業が拡大していて人手不足です。給与は、今後5年で2割増しを見込んでおいた方が良いでしょう」
「なら、余裕を見て、4年での回収ですかね。十分ペイするようですね」
みんなの顔を見回して、レオン会長が頷く。
「隣の物件には、すぐに話を通して手付け金を打ってくれ。来年になったら、すぐに改装に入れるようにデザイナーと資材の手配をしておこう。何か名前を考えないといけないな。エトラの名前をとってサロン・ド・ソリスにでもするか?」
「名前もデザイナーと一緒に考えますよ。また、定時報告に参ります。レオン会長、1つお願いがあります。アイリスさんを王都支店にください」
「待て待て! アイリスは、買い付けに連れていくんだよ。こんだけ語学と計算ができるんだから、もったいねーだろ。な? アイリス、珍しい薬草だっていっぱいあるし、一緒に行こうぜ!」
「何を言ってるんですか。天気予報システムの開発もありますし、開発中の新商品もたくさんあるんですよ? 本店から異動は考えられませんよ。そう言えば、新しい福利厚生で、運動できるジムを作るという話をされていましたね。アイリスさん、詳しく聞かせていただきましょう」
「うーん、商品開発室からも調薬室からも受付からもずっとアイリスの異動願いが出てるんだよな……じゃあ、アイリスは俺の秘書になるか? 商会を裏から動かすのも面白いと思うぞ」
「…………皆様、考える時間をください」
時間稼ぎ大事。逃げ一択だ。
ってか、ここって乙女ゲームの世界だったの? 攻略対象が、おしぼりで顔を拭くおじさんばっかりだけど。みんな、私をこき使うことしか考えてなさそうだけど。タイプ別に揃ってるけど、全くときめかない。
レオン会長が資料を閉じて、大きく息を吐いた。
「よし、とりあえず王都支店はこの計画でいこう。アイリス、エトラ、よく練られた計画書だ。事務長、最終的な収支はもう一度計算を頼む。ザイール、帝国でのフランチャイズ支店の根回しと情報収集を頼む」
みんなが頷く。
私は深いため息をつく。長い会議が、やっと終わった。窓の外では、夕暮れが近づいていた。
『アイリス様、明けない夜はありませんよ』
いや、夕暮れが始まったところなんだけど。今日の月ちゃんタイムも長くなりそうだ。はぁ……
今回はサクッと短めに! これからアイリスの進路が決まって2章が終わります。




